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異世界の犯罪者  作者: りきやん
あちらの世界

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13

気が狂う程に苦痛を訴えていた左腕が、嘘のように軽くなる。

最早、腕が吹き飛んでどこかへ行ってしまったのではないかと錯覚するくらいだ。


「くっ…!」


私を押さえつけていたアルベルの手が緩み、離れていく。

そして、がやがやと大勢の人々が部屋になだれ込んでくる気配がした。

眩しくて、何も見えない。

ただ、その中で、アルフレドの声を聞いた気がする。


「抑えろ!」


いつか、アルベルと住んでいた家の前で、団員に指示を出していた姿を思い出す。

キィン、と何かがぶつかり合う音がしたが、すぐにそれは止み、怒号が飛び交った。


「魔封具を最優先しろ!もたもたするな!」


恐る恐る目を開けてみれば、ネックレスの光は収束していた。

まだ視界は白くチカチカするが、周囲の様子が分からない程ではない。

ゆっくりと顔をあげれば、数人に取り囲まれたアルベルが、抑えこまれながら拘束具をつけられていた。

目元を覆う真っ黒な布に、口を封じる轡、そして両手は厚い鉄の塊に覆われている。

そして、よく見れば、アルベルの腹は真っ赤に染まっていた。

あの一瞬の内に、何が起きたのか全く理解ができない。

ただ、アルベルが捕まった。

その事実だけは、すとん、と胸に落ちてきた。


「カエデ、大丈夫か?」


剣の切っ先から何かを振り払いながら、アルフレドが近づいてくる。

滴る赤い液体に、その刃がアルベルの腹を貫いたのだと理解した。

私は呆然と彼を見上げることしかできない。


憐れな姿で引きずられて行くアルベルを、良い気味だと思う一方で、彼が今まで私についてきた嘘に酷く傷ついていた。

全て、自作自演だったのだ。

アルベル・シャトーが欲しいものを手に入れるために打った、芝居だった。

粗末なご飯を分けあって食べながら笑ったことも、2人で並んで朝までテレビを見たことも、夜遅いと危ないからと迎えに来てくれたことも。

真実であったはずのものまで、全てが、嘘で、偽りと化していく。


「アル」


口の中で、小さく名前を呼ぶ。


「アル、アル…」


ぐっと前に手を伸ばす。

憤りと、悲しみと、憎悪と、悔しさが綯い交ぜになって、私の中で暴れている。

ともすれば、醜い喚き声が口を突いて出てきそうだった。

その時、ふと、震える指先が暖かさに包まれる。


「俺はここにいる、カエデ」


ぎゅ、と強く手を握られる。

視界がはっきりして、目の前の、金色の髪と翡翠の瞳を捉えることができた。


「よく頑張ったな」


子供をあやすように、頭を撫でられる。

その手がするりと頬に滑り、唇をなぞった。

そっと近づいてくるアルの顔に、私もゆっくりと目を閉じる。

最初は軽く重なっただけの唇が、だんだんと深く相手を求め、何度も何度も角度を変えて口付けを交わす。

ようやくお互いに離れたと思った時、アルは思い切り私を引き寄せて、抱きしめた。


「カエデ、これからも、俺の側に居てくれ。そして、どうか、支えて欲しい。愛している」


なんで、どうして、いつから。

突然の告白に、頭が真っ白に染まった。

周囲に人がいるにも関わらず、妙にしっかりとした、大きな声。

その力強い言葉に、浮き上がった疑問符は一瞬にして霧散した。

断る理由など、あるはずが無い。


なぜなら、私は、アルベルではなく、アルフレドのことが好きなのだから。


返事をする代わりに、アルの服を握り締め、その胸の中でこっくりと頷く。

一瞬の沈黙の後、ハッとアルが息を呑んだのと、周りから大歓声が上がったのは同時だった。

窓の外では、祝福するかのように、真っ白な綿雪が、ひらりひらりと降り始めていた。




警備団の皆様の目前で公開プロポーズを受けた私は、その1年後に婚約を行い、アルと結婚した。

アルベル・シャトーという極悪犯を捕まえた彼は、その腕を買われて、今では王宮の警護にあたるようになっている。

凄いね、と褒めたら、カエデのおかげだ、とアルは苦笑した。

その実、アルベルが油断して防御魔法を食らったのは、私だからこそだと言われた。

どうやら、アルはアルベルが私のところに来ると確信していたらしく、罠を張っていたのだ。

正直、どこまで会話を聞かれたのかと不安に思ったが、あんまりにもケロリとしているものだから、実際は指示を出すのに忙しく、彼自身は聞いても見てもいなかったのかもしれない。


そして、アルベルは海の要塞と言われる、未だに脱獄の成功者が存在しない、孤島の監獄の地下深くに閉じ込められているらしい。

この世界には、死刑制度が無いらしく、どんな極悪な犯罪者でも無期懲役となるのだ。

光も届かず、手足を拘束され、満足に食事も取れないとなれば、死んだ方がましと言うものだろう。

天才の凶悪魔術師の一生は、こうして幕を下ろした。


あの信じられないような出来事から、今では10年が経っている。


「母さま!」


とてとてと駆け寄ってくる我が息子を両手に抱きしめ、そのまま立ち上がれば、嬉しそうにはしゃいでいる。

私と同じ黒い髪に、アルと同じ翡翠の目。

私に似ず、綺麗な顔立ちをしているので、将来が実に楽しみだ。


「エリス、あんまり暴れないで」

「えー!もっと高い高いしてー!」


我儘を言う息子に眉を八の字にして困っていれば、ソファで新聞を読んでいたアルが見兼ねて近寄ってくる。


「ほら、こっちに来い。父さまが遊んでやろう」

「やー!母さまがいい!」


ぎゅー、と私に抱きついて離れない我が子を、にやけた顔で抱きしめ返す。

私たちを見て、大人げなく不機嫌な顔をしたアルが面白くて、ついつい笑いを零してしまった。


「なんて顔してるの、アル」

「…カエデは俺の妻だ」

「その前に、エリスの母親よ」


返す言葉が見つからなかったのか、黙り込んだアルは踵を返して再びソファに腰を沈めてしまう。

それを見ていたエリスがきゃっきゃとはしゃいだ。


「父さま、おこりんぼ!」

「ねー、おこりんぼね。後でご機嫌とってあげなくちゃ」


うんうん、と頷いて笑っていたエリスの手が、私の左手にかかる。

手首から覗いていた刺青に目が行ったのか、息子はそのまま袖を引っ張った。


「母さま、きれいな模様、見せて!」

「ダメよ」

「お風呂入った時の、きれいだったの!」


そう、アルベル・シャトーにつけられた刺青は、今でもはっきりと跡が消えることなく残っている。

最後の邂逅の時、成長を遂げたのか、左の上腕ほどまで伸びてしまっていた。

一緒にお風呂に入れば、嫌でも目に入ってくるのだろう。


「母さまのお花、いつ咲くの?」


だから、刺青が蕾の模様であることも知っているのだ。

エリスは、ただただ無邪気に私に尋ねる。


「さぁ、いつかしらね?母さまにも分からないわ」


咲くことなど、一生無いだろう。

ずっと蕾のまま、この刺青は私の左腕に在り続ける。

私の、アルベルへの思いが花開かなかったように。

ずっとずっと、蕾のままで。

カエデ視点のお話はこれで終わりです。

次からは、アルベル視点のお話になります。

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