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異世界の犯罪者  作者: りきやん
こちらの世界
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02

アルベルは、他の世界から来たと言う割には、冷蔵庫や電子レンジ、テレビやパソコンの説明に対して、感動したり驚いたりすることは無かった。

借りた漫画の登場人物は、テレビに対して、箱の中に人が!とか言って、まごついていたはずなんだけどなぁ。

アルベルは一貫して、にこにこと微笑んで、相槌を打っているだけだった。

妙に落ち着いている態度が、多少気にかかるが、これが彼の性格なのかもしれない。

物怖じしない、図太くて、のんびりとした性格なら、こういうこともあり得るだろう。


「あ、とんかつ」


数日なら、とアルベルを置くことを了承し、ひと通り家の中のものを説明し終えたところで、私は大事なことを思い出す。

慌てて玄関のドアを開けて、無残に放り出されたビニール袋を回収し、中身を覗く。

良かった。プラスチックパックに守られたとんかつは、無事だったようだ。

コンビニで買った千切りキャベツの袋も破れた様子はない。

不安があるとすれば、投げ出されたビール缶くらいだろう。

開けた瞬間に、噴水が目の前に現れたなんてことになったら、掃除が大変だし、何より勿体無い。


「それ、なぁに?」


ひょい、という効果音と共に、アルベルが手元を覗きこむ。

そういえば、夕食は私の分しか買っていない。


「夕飯なんだけど…アルベルの分も考えたら少ないよね」

「いいよ、大丈夫。僕、お腹空いてないから」

「そうは言っても、目の前で一人だけ食べるなんて出来ないよ」


そこまで、気の使えない人間ではない。

ひもじいかもしれないが、とんかつもキャベツも、ビールも、全部半分こにしよう。

玉ねぎと卵があったはずだから、カツ丼にしても良い。

少しはかさ増し出来るはずだ。


「カエデって、お人好しだねぇ」


てっきり、お礼でも言うかと思えば、あまり褒めているとは思えない言葉を零したアルベルを軽く睨んでおく。

相変わらず、にこにこと笑っている表情に、毒気を抜かれてしまうのだが。


「私がお人好しじゃなかったら、今頃警察のお世話になってるわよ」

「出てきたのがカエデの部屋で良かった」

「そうよ、感謝しなさい」


少しばかり尊大な態度で言ってみれば、アルベルは可笑しそうに笑った。

釣られて、私の口角も思わず上がる。

最近は、取り憑かれたように学校とバイトの往復しかしていなかったから、このように誰かとゆっくり話す機会などなかった。

気づいていないだけで、随分とストレスが溜まっていたのかもしれない。

どことなく和む空気に、ほっと息をついている自分がいることを否めなかった。

だがしかし、得体の知れない初対面の男と和んでいる時点で、いろいろおかしいのだけれども。


「さ、夕飯にしましょう。お腹すいて死にそう」


玄関までついてきたアルベルを部屋に追い立てながら、夕飯を作る間、大人しくしているように言い聞かせる。

魔法で手伝ってあげようか、というよく分からない申し出は丁重にお断りしておいた。

万が一、包丁が宙に浮かんで玉ねぎを切り出すようなことがあれば、理解を越えたことばかり起きた今日、脳みそが煙を出してしまうだろう。

よく分からない出来事は、毎日1つずつで良い。


炊飯器のタイマーの残り時間を覗き込みながら、手早く材料を用意する。

肉にありつけるのは、今日が最後になるに違いない。

ここから数週間、給料日まではベジタリアンもびっくりの、もやし料理が並ぶ予定だ。

アルベルの体格がそこまで良くないのは、とてもありがたかった。

もし、ガチムチの筋肉だるまのような男が来ていたなら、私は破産していたに違いない。

置いてあげるとは言ったものの、正直、どこまで面倒を見れるのかは怪しかった。

世の中の逆トリップ設定の漫画や小説の被害者ヒーローもしくはヒロインたちは、随分とお金に余裕があるのだなぁ、と妙に関心してしまう。

とてもではないが、アルベルのために服を買い揃えたりすることはできない。

フライパンに火を入れながら、世知辛い世の中を嘆いてみた。




「これ、美味しいね」


見るからに量の少ないカツ丼を頬張りながら、アルベルは笑う。

ご飯と玉ねぎ、そしてキャベツでかさ増ししているとはいえ、一般の成人男性には物足りない量だろう。

幸せそうな顔を見て、申し訳ない気持ちになったが、突然押しかけて来た方が悪いのだから、私が縮こまる必要は無いはずだ。

冷えたビールを半分ずつグラスに分けて飲みながら、私達は向かい合って食事をしていた。


「悪いけど、最後の晩餐だと思って」

「え、どういうこと?」

「お金無いから、明日からはちゃんとしたご飯、出せないよ」

「カエデはそれで、大丈夫なの?しっかり食べないと、身体に悪いよ?」


そうは言われても、お金が無いものは無いのだ。

小さい頃に両親が他界し、親戚の家で肩身狭く育った私には、頼れるものは奨学金とバイト代しかない。

将来、良い会社に勤めようと勉強を頑張った甲斐はあり、都内の有名大学に進学できたが、立地が問題だった。

家賃はもちろん、食費も光熱費もかさむ、かさむ。

寮があれば良かったのだろうが、そんなご大層なものは併設していないらしい。

泣く泣く毎月7万を大家に上納するしかないのだ。


「私はいいのよ。大学入ってから、3年近く同じような暮らししてるし。たぶん、アルベルの方が辛いと思うよ」

「僕なら平気。しばらく食べなくたって、生きていけるから」

「…まぁ、線も細いみたいだしね」


体型が隠れるような服を着ているにも関わらず、細いと感じるのだから、脱いだらきっと凄いのだろう。

主に、枝のように折れるんじゃないかという意味で。


「それより、アルベルがどうやって、ここに来たのか教えてよ」

「どうして?」

「どうして、って…。元の世界に戻る手掛かりになるかもしれないでしょ?」


当然、帰りたがっているはずだと思い、私は発言したのだが、アルベルは驚いたように目を丸くする。

何か変なことを言っただろうか?

不審に思いながらアルベルを見つめていれば、彼はへらりと笑いを浮かべた。


「うん、そうだね。どうやったら帰れるんだろう?」

「だから、来た時の状況を教えてって」

「あんまり覚えてないんだよねぇ。来る前に、特別に何かしていた訳でもないし。気がついたら、カエデの部屋に立ってたんだ」

「そうすると、こっちに慣れてきたあたりで、突然帰る、という可能性もあるわね」


大きく切ったカツを口に運び、咀嚼しながら私は考える。

参考知識が漫画というのが悲しいが、かつて読んだ中では、しばらく一緒に過ごして、お互いを意識し始めた辺りで、突然消えて帰ってしまったはずだ。

元の世界に帰すためには、多少、心を開く必要があるかもしれない、という結論に達したところで、眉を顰めた。

目の前に座る、アルベルをちらりと眺める。

確かにイケメンだし、栄養の心配なんかをしてくれることからも、そうそう悪い人間では無いだろうと思う。

けれども、恋愛対象としては無いな、と見切りをつける。

私の好みは、クールでちょっとだけ意地悪で、大人の余裕を醸し出しているような体格の良い男性だ。

間違っても、柔和で優しい、子供のように笑顔の絶えない、ひょろひょろの男性ではない。


「ないな」

「なにが?」


きょとん、とお箸の代わりに渡したスプーンを咥えているアルベルに、なんでもない、とお茶を濁す。

友達として、仲良くなれば、彼も帰れるかもしれない。

難しいことは、また今度考えようと、頭の隅に追いやった。

とりあえず、相手の素性を知ることから始めよう。


「アルベルは、向こうでは何をやっていたの?」

「職業のこと?」

「まさか、学生じゃないよね?」


少なくとも、私よりは年上に見える。

年齢は不詳だが、20代半ばくらいだろう。

アルベルは笑いながら首を横に振った。


「学生ではないよ。そもそも、学校に行けるような身分でもなかったし」

「身分が無いと、学校に行けないの?」

「うん。学術を学べるのは、貴族だけだから」

「身分階級のある世界なのね。不思議な感じ」

「ここには無いの?」

「人類皆平等」


面白いね、とアルベルはご飯を頬張りながら言う。

話が反れて、職業が何かは分からなかったが、もう一度聞き直すのも妙だろう。

どうせ、フリーの魔術師だったり、宮廷魔術師だったり、貴族護衛の魔術師だったり、その辺の関係に違いない。テンプレだ。

それに、いくら向こうで立派な職についていたとしても、こっちではニートなのだ。残念ながら。

あまり関係ないだろう。


「平等かぁ、良い世界だね」

「階級制度が目に見えないだけで、実際は差別の名残もあったりするけど」

「そうなの?」


親戚間という小さなコミュニティでも差別なんてものは平気で存在するのだ。

両親がいないだけで、どれだけの苦労を強いられたか、切々と訴えてやりたかったが、とんかつと一緒に言葉は飲み込む。

そんな話をアルベルにしたところで、どうしようもないだろう。


「まぁ、しばらくは外に出るのを控えてもらいたいけど、慣れてきたらいろいろと遊んできたらいいんじゃない?人生の休暇だと思ってさ」


せっかく、こちらに来たのだ。

例え、短い間だったとしても、差別や何だらのマイナス面ばかりではなく、良いところをしっかり見て帰ってもらいたい。

そう思いながら話題を変えれば、アルベルはぴくりと耳を動かした。


「外に出るのを控える?」

「だって、私が案内しないと、右も左も分からないでしょ」

「そうだけど…」

「明日にでも案内してあげたいけど、私も大学とバイトがあるし、しばらくは予定が開かない」

「えー。子供じゃないんだから、カエデがいなくても大丈夫だよ」


それもそうか、と言われてから考え直す。

道に迷って帰って来れないことを懸念していたが、そのまま帰って来なくても、私には何の支障もないのだ。

そもそも、戸籍も持っていないのだし、例え警察の御用になって私が呼び出されても、知らぬ存ぜぬを通せば問題ないだろう。


「そうね。でも、魔法を使うなら、バレないようにね」

「あぁ、ここの人たちが使えないから?」

「うん」


私の驚きようを見て、この世界の人間が魔法を使えないと判断したのだろうか。

へらへらと笑っているだけのように見えて、意外と細かいところまで気を配ってる人なんだな、と感心してしまった。


「数日だけって約束だし、早くここに馴れるように頑張るよ」

「そうしてくれると、助かる」


どうやら、思っているよりも自立心が旺盛なようだ。

この分なら、もやし生活はそう長く続かないかもしれない。

数日後には、面白い経験をしたなぁ、なんて笑っているだろう。


「アルベルが、大人で良かったわ」

「どういうこと?子供にでも見えた?」

「そうじゃないけど、人に依存して生活の基盤を任せる心づもりの人じゃなくて良かったなって」

「カエデは自分の生活が大変そうだもんね」


随分と嫌味のように言ってしまったのだが、アルベルは笑って受け流してくれる。

きっと、本人も年下の女のヒモになるような生活は御免被りたいのだろう。


私は最後のとんかつの一切れを箸に乗せる。

そして、その肉厚な豚の有り難みをゆっくりと噛み締めながら、今後のことを随分と楽観的に考えていた。

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