04
「ーーーーーー」
残念ながら、目の前の彼が何を喋っているのか、私にはさっぱり理解できない。
アルベルは私と意思疎通が出来るように自分に魔法を掛けていたが、彼はそうではないのだろう。
会話は望めなかった。
「あの、すみません。私には何を言ってるかさっぱりです」
できるだけ、あなたに害は無いですよ〜、とすまなそうな顔をして、頭を下げる。
その時に、手錠が目に入ってきて、これならば、危ない人間には見えないだろう、と少し安堵した。
どう見ても、凶悪な犯罪者や相手に危害を加えようとしている人間のナリではない。
まさか、この忌々しい手錠に感謝する日が来るとは。
目の前の男の人は、困ったように首を傾げてから、そっと私に手を伸ばしてきた。
絞め殺されるのだろうか?!
驚いた私は身を竦ませるが、彼の指は額をそっとなぞっただけで、すぐに離れていく。
「これで、言語が通じるか?」
耳に馴染むように染みわたる深い声に、私は目を瞬いた。
「あれ…なんで?」
「君に魔法を掛けた。これで、この国の言葉を理解できるだろう」
なんだ、私に魔法を掛けて、意思疎通を図ることも出来るんじゃない。
アルベルにも知らない魔法があるのかと、少し可笑しく思ってしまった。
「ありがとうございます」
「君、名前は?」
「遠藤 楓です」
「エンドウが名前か?」
「あ、えっと、楓が名前です」
「ふむ。我々とは逆なのだな。となると、やはり異国の民か」
目の前の金髪の人は、じろじろと私を上から下まで眺める。
そしてから、手錠に目を留めた。
「手錠と言い、泥だらけの格好と言い…奴隷商人から逃げて来たのか?」
「ど、奴隷?私が?」
ローマ時代じゃあるまいし、奴隷制度があるなんて思いもしなかった。
目を剥いた私に、目の前の人は哀れんだ視線を向けるだけで、咎めるようなことはしない。
「可哀想に。自分の境遇も分からなかったのだな」
「え、ま、待って下さい。私、別にそんなんじゃなくて…」
「商人の名前は分かるか?」
どうも話しの通じない人らしい。
決めつけで話しを進められれば、イラッとするのも仕方のないことだろう。
私の気が短い訳ではないと信じたい。
思わず、大きな声を出してしまう。
「あの!だから、私はそんなんじゃなくて、そこに住んでるんです!」
両手で小屋を指させば、目の前の男だけでなく、後ろで待機していた騎士団の人まで顔色を変える。
なんだなんだ。
私は何か、変なことを言ったのか?
「一人で住んでいたのか?」
「違いますけど…」
「では、誰と」
「アルベルって人」
その瞬間、男の眼の色が完全に変わった。
鋭く細められた眼光に、私は射すくめられて身を縮こませる。
白馬の集団の、全ての人の視線が私に注がれていた。
「アルベル・シャトーか?」
「そ、そうですけど…」
金髪の人が、私をじっと睨んでいる。
恐ろしくなって、息すらも止めて継ぎの言葉を待っていれば、ふと、その目が緩んだ。
「手錠をしているところを見ると、奴の仲間では無さそうだな」
ぽつりと、本当に小さく呟かれた言葉は私にしか届かなかっただろう。
どういう意味なのか、問いかける前に、目の前の人は後ろの軍団に指示を出した。
「一度、王都へ戻り、この少女を保護する」
どうやら、目の前の男の人はこの中で一番偉い人だったらしい。
白馬の軍団は敬礼の姿勢を取って、了承の意を示している。
「団長、アルベルの捜索は?」
「ここが奴の家だと知れた以上、どのような罠を張っているか分からない。わざわざ飛び込んでやる必要もないだろう」
疑問を口にした人は、納得したらしく、再び敬礼の姿勢を取る。
私は呆然と事の成り行きを見ていたのだが、有無を言わさず団長と呼ばれた男に抱えられ、馬に乗せられた。
その時に、鼻をひくつかせて、顔を引き攣らせたことは忘れないぞ。
やっぱり、アルベルにはフィルターが掛かっていたらしい。
とてつもなく、私は臭うようだ。
女性として、恥ずかしいことこの上ない。
「さぁ、もう大丈夫だ。すぐに風呂にも入れるようにしてやろう」
私の精神はガリガリと音を立てて削れている。
せめて、そういうことを口にしない配慮が欲しかった。
とにかく、このまま大人しくしている訳にはいかない。
私がいなくなったと知れば、アルベルはとても心配するだろう。
「ちょ、待って!待ってって!私、アルベルから勝手に離れるわけには!」
「心配するな。あいつは、逃げた商品をわざわざ探して追いかけたりはしない。新しいものに目を向けるだろう」
この男の話すアルベルは、果たして私の知っているアルベルと同一人物なのだろうか。
異を唱えて暴れるも、アルベルにすら敵わない私の力では、この屈強そうな人物に勝てるはずもなかった。




