02
私の手首に掛かった手錠をゆっくりと検分してから、アルベルは小さく首を横に振った。
「ごめん、僕の力じゃ外せない」
「えー!?魔法でパッとできないの?」
「手首ごと吹っ飛ばすなら」
そう言われては仕方ない。
私は大人しく諦めるしかなかった。
これからもずっと手錠をして生活するだなんて、不便極まりないけれど、アルベルに外せないのなら、私にはどうしようもないのだ。
「心配しないで。その内、外す方法を見つけるよ」
アルベルが、ぎゅっと私の手を握り締める。
そして、宥めるようにつむじにキスをした。
この世界に来てからというもの、アルベルのスキンシップの激しさは元に戻ってしまった。
いや、以前よりも酷くなったかもしれない。
抱きしめる、髪を乾かすに留まらず、唇にはされないが、つむじや手、頬にキスしてくる始末。
最初は抵抗していたものの、数日経った今では諦めの境地に達していた。
何を言っても、アルベルは笑うばかりで取り合わず、自分のしたいようにする。
いちいち注意するのも疲れてしまい、まぁ、減るものでもないし、と無駄な努力をすることを放棄した。
慣らされているとしか、言い様がない。
そして、数日経った今、手錠があると着替えすら出来ないことに、いい加減苛立ちを覚え、アルベルに相談したのだが、答えは芳しくなかった。
一生、上の服を着替えない訳にもいかないし、どうしたものかと悩むしかない。
お風呂にすら未だに入れていないのだ。
気持ち悪くて仕方がない。
もちろん、アルベルに入りたいと訴えたのだが、その手錠では無理だろうから、自分が入れてあげると言って頑なに許可をして貰えなかった。
ふざけるな、変態が。
と罵り、当初は完全拒否の姿勢を貫いていたが、どうしても我慢できなくなり、髪だけならば、と今はアルベルに洗ってもらっているのが現状である。
この分では、羞恥心を忍んで身体を洗って貰う日も近いかもしれない。
「脱ぐのは破けばいいとして…でもなぁ」
「肩が出るタイプの服なら大丈夫じゃない?」
「冬は寒いでしょ」
「肩掛けあれば、平気だよ。外に出るわけじゃないし」
「まぁ、ねぇ」
ふと、視線を外へと向ける。
青々と茂った葉が窓いっぱいに広がり、優しい木漏れ日が差し込んでいる。
どうやら、ここは森の中らしい。
らしい、と言うのは、私が一歩も外に出ていないので、確かめようがないのだ。
アルベルは、絶対に私を外へ出そうとしなかった。
「アルベルと一緒に外に出るのもダメなの?」
「言ったじゃない。森は危険だから、我慢してって」
こればっかりだ。
危ないから、外に出ないで。
そんなに危険な場所に、何故私を連れてきたのかと疑問で仕方がない。
アルベルと一緒にですら出て行かせてくれないだなんて、あの言葉は嘘だったのだろうか。
「守ってくれるって言ったのに」
愚痴っぽくそう零せば、アルベルがきょとんと目を瞬かせる。
そして、意味が通じたのか、あぁ、と嬉しそうに笑った。
「もちろん、守るよ。森の危険からだって、カエデを守ってあげるよ」
「じゃぁ」
「でも、今はダメ。今は、まだ、家でじっとしていて」
ぎゅうぎゅうと、アルベルに抱きしめられる。
感極まってしまったのか、執拗に顔中にキスを浴びせられるが、やっぱり唇には触れられない。
ぼんやりとした頭で、何故だろうか、と疑問に思った。
「アルベルは、絶対に口にキスしないね」
「して欲しいの?」
嬉しそうに顔を輝かせた彼には申し訳ないが、私は即座に否定する。
「全然。ただ、疑問に思っただけ」
途端に悲しそうな表情を浮かべるものだから、もう少し物言いを考えれば良かったと後悔する。
アルベルは、私が本気で嫌がることを絶対にしなかった。
寝台が一つしかないため、一緒に寝てはいるが、彼が手を出してきたことはない。
その鉄壁の理性に、ただひたすら感謝するばかりだったが、本人は相当キツイだろう。
自分で言うのもなんだが、アルベルは、私のことが好きなのだ。
「カエデに嫌われたくないから、しない。それだけだよ」
「魔法で私の行動や心を操ることだって、出来るでしょう?」
「それってさ、人形遊びと変わらないんだ」
例えば、と言いながら、アルベルは手近に転がっていたペンを手に取る。
「このペンをカエデだとするよ」
「うん」
「アルベル、大好き!」
そう言いながら、ペンを自分の口元に近づけて、ちゅ、とキスをした。
その光景に私がどん引いたのは言うまでもない。
アルベルから距離を取ったのだって、仕方のないことだろう。
「ほら、それ」
ごほん、とアルベルは咳払いをして、ペンを元の場所に戻す。
「僕だって、そんなことしても虚しいんだよ。だから、カエデにはカエデとして僕を好きになって欲しいし、依存して欲しい」
「そっか」
今の私には、アルベルしかいない。
スキンシップは激しいけれど、私の意思を尊重してくれて、優しくしてくれて、こんなにも求めてくれる人に惹かれない訳がないのだ。
私の世界にいた時とは状況が違う。
アルベルは、絶対にいなくならないし、私だって、あの世界に帰るはずがない。
受け入れても、良いのかもしれない、そんな気持ちが心に芽生え始めていた。
けれども、臆病で踏ん切りが付かない私は、アルベルに意地悪をするしかない。
「私が好きになる保証なんて無いのに、良くやるよ」
「そうかな?カエデには僕しかいないじゃない。それに、時間もたっぷりあるし。ゆっくりでも、構わないんだ」
いつものように、アルベルがにっこりと微笑む。
どうにも心の内を見透かされているようで、居心地が悪かった。




