募る想い
― 場所はカラオケ店。
隣の部屋からは盛り上がっている声が漏れてきている。
そんな中、こっちはただひたすら交代しながら歌っているだけ。時間だけが過ぎていく。
結局、電車の中では海斗なりに頑張ったが打ち解けた感じはなかった。
別に女性恐怖症というわけでもないが、沙織が何を考えているのか何を感じているのかが全く分からない。
海斗は相手の思っていることを察して行動するのが得意な方だったが沙織の場合は全く何を考えているのか分からない。特に今日、公園で集まって今までの間。
いつもの沙織ではないような気はしたが、沙織に原因を聞く勇気はなかった。
沙織に自分自身を全否定されるのが怖かったから。今傷ついたら立ち直れないような気がしたから。
でもひょっとしたら今の沙織がいつもの沙織なのか?
どうして好きになってしまったのだろう・・・顔なのか、体なのか。外面ではなく内面に惚れたはずだった。堂々巡りするばかりだった。
すると突然、沙織が口を開いた。
「私とどうして遊ぼうと思ったの?そんなに話したことないし、私といても楽しくないと思うよ?」
沙織は怪訝そうに海斗に聞いた。
海斗は驚いた。今日、初めて沙織から話しかけてきてくれたから。
「そりゃ、お前と仲良くなりたかったから。なんか同じ委員会の時、お前と話してて他の女子とは違う何かを感じたんだよね。しゃべりやすいというか、仲良くなれそうというか。」
早い話、海斗は委員会で沙織と接するうちに沙織に惚れていった訳だがその話をするのはまだあまりに早すぎだと感じていた。
沙織は口を開かない・・・・何か腑に落ちないような顔つきをしていた。
「別にお前といて楽しいか楽しくないかは俺の決めることだけど少なくとも今俺は楽しいよ。こうやって二人でカラオケに来て色んな曲歌って。学校では見られないような新しいお前の姿を見ることが出来て。」
海斗は言っている自分が恥ずかしかった。沙織に告白しているようなものだったから。
すると今まで口を開かなかった沙織が口を開いた。
「正直私、松本君に遊びに誘われているのを友達から聞いて驚いた。何で松本君が私なんかと休日遊ぼうとしているのかって。あとクラスの子から羨ましがられた。それで私、松本君にただ持て遊ばれているだけじゃないかって。それか何かの罰ゲームとか、ドタキャンされるとか。もし本当に遊ぶとしてもヒエラルキーの低い私とヒエラルキーの高い松本君じゃ釣り合わないなって心配してた。」
それを聞いた海斗は何とも言えない胸の締め付けられるような気分だった。
どうして気づいてやれなかったんだ。
どうしてそんなにペシミストなのか?
どうして同じ人間なのにヒエラルキーの差を感じているんだ。
でも安心したこともあった。この感じがいつもの沙織だから。
決して自分を飾らない。主張はするけどあくまでも低姿勢。守ってやりたくなるようなオーラ。まるで子犬や子猫を守ってあげたくなるような、そんな感じ。
刹那、様々な思いがこみ上げてきた。
海斗は自分に言い聞かせるように優しい口調でゆっくりと口を開いた。
「まぁさっきも言ったことだけどお前と今こうして遊んでいて楽しいよ。ただ純粋な気持ちで。あと俺はヒエラルキーなんて全然意識したことない。だからお前も意識しなくていいし、俺としては一人の"友達"として遊んでほしい。"これからも"。」
やはりまだ告白するには早いと感じていた。
今告白しても、絶対に沙織は困るしオッケーだとしても自分が押し通して付き合うことになったみたいで嫌だった。
だからひとまず、友達として沙織と関わっていきたかった。お互いその方が気が楽だと思うから。急に彼氏になれたとしても怪訝がるのは目に見えていたから。
「松本君さえよければ私はいいよ。本当、友達になれるとは思っていなかったよ。別世界で生きてる人だって思っていたから。」
少し沙織と打ち解けたような気がして海斗は嬉しかった。
「別世界ってなんだよ。パラレルワールドってやつ?」
「そうかもね。私もパラレルワールド行ってみたいな・・・」
「"私も"って。第一俺、パラレルワールドなんて行ったことないから。」
「そうだったの?松本君クラスになると行ったことがあるのかと思っちゃったよ。」
楽しい、沙織との会話。他の女の子達との会話とは違った。時間潰しの会話ではなく、ご機嫌取りの会話でもない、ただ話して楽しい、時間を忘れそうな会話。
気の合う友達との会話とはまた別の楽しさがある会話。
今まで沙織と二人っきりで長い時間会話をしたことがなかった。
海斗にとって大きな前進だった。例え告白出来なくても友達になれたし最後は自然に会話ができた。
「じゃあ次歌うね。」
「うん。」
今までとは違い、自然体で歌うことができた。
こうして時間は過ぎていき、フリータイム終了。
勿論、代金は海斗が全額出した。
沙織が自分も出すと言ってきたが友達になった記念に奢らせてと言って言いくるめた。
彼氏彼女にしろ友達にしろ男女で遊びに行ったら男が代金を出すのが当然という奴もいるみたいだが、そういうことを言う奴は好きになれなかった。
"男なんだから"とか"女なんだから"とか言いだす奴にろくな奴がいなかったような気がする。
都合が悪くなると男女平等[参画社会]とか言いだし、また別の意味で都合が悪くなると"男なんだから"と言い出す奴・・・色々な人を見てきた。
そんなことを言い出さない沙織の謙虚さも俺が好きになった一つの要因だった。
帰りの電車の中、行きとは打って変わって話が弾んだ。こっちからも話題提供し沙織からも話しかけてくれるようになった。
まだ完全に心を許してくれているとは思わないけど、今日一日で大分仲良くなれたような気がして誘ってよかったなと改めて感じていた。
次の駅で沙織が降りてしまう。
最後に海斗はどうしても沙織に言っておきたかったことがあった。
「今日は楽しかったよ、有難うね。」
海斗は沙織が俺の発言が嘘だと勘違いさせないよう笑顔で沙織の目を見て話した。
「私も松本君と初めて遊べて、色々お話して楽しかったよ。有難う。」
「また遊びに誘ってもいいかな?」
海斗は勇気を振り絞った。
「勿論だよ。私でよければいつでも誘って。」
ただただ嬉しかった。また沙織と遊べる。時間を忘れるような会話ができる。同じ時間を共有できる。
大げさだが、これから生きていく目標が出来たような気がした。
今まで様々な面で人に尽くしてきたが、これからは特に沙織に尽くしてやりたい。そして沙織に尽くされたい。将来はそんな関係を築けたらいいなと勝手に思ってしまった。
名残惜しいが沙織と別れ、自宅に戻った。
自宅に戻っても高揚した気持ちは収まらなかった。
心臓の鼓動を直に感じる。運動した後のような。
夢だったのではないか、何回も思った。
沙織は家に帰ってどんな気持ちでいるだろう。少しでも俺と遊んだ時間に思いを馳せていてくれればいいなと思った。
そして今日の日のことを絶対に忘れないと誓った。
まだ付き合っている訳ではないが好きな人と同じ時間を過ごすってことはこんなことなのか、と一人納得していた。
そして次はいつ何処に沙織と遊びに行こうと考えている自分もいた。
まだ今沙織から手も引いておけば大火傷することはなかったが、海斗は目の前の幸せであろうものに突っ走っていくだけだった。今も、そしてこれからも。