人生を変えた出会い
海斗は夢を見ていた・・・それはまだ海斗が中学生だった頃。
校内放送が流れる。
「生徒会役員選挙の結果、三年三組の松本海斗君が今期生徒会長に選ばれました!」
クラスで放送を待っていた海斗を含めクラスメイトは歓喜した。
「海斗!生徒会長おめでとう!!」
「流石、まっちゃん!これから頑張れよ!」
「俺まっちゃんに票入れたんだぜ。感謝しろよ。」
「松本君が当選するのは最初からもう分かってたけどね。松本君に匹敵するような候補者がいなかったもんね~」
「松本!学校の生徒代表として頑張れよ。先生は応援してるぞ!お前ならきっとうまくやってくれる。」
クラスメイトからそれぞれ十人十色の祝福の言葉を受け海斗はとても清々しかった。
「任せとけ~イノベーションしてやる!イノベーション!!」
「まっちゃん"イノベーション"って言いたかっただけでしょ。」
「ばれた??」
海斗が微笑むとクラスが沸いた。笑いに包まれた。とても暖かいクラス、居心地がよいクラスだと海斗はつくづく感じていた。
松本海斗は誰にでも優しくて、頭もよく面倒見もよくて気が利くので生徒は勿論、先生からも全幅の信頼が寄せられていた。
海斗を嫌っている人はいないと言ってもいいほどで特にクラスメイトからは慕われており、クラスが団結して取り組む音楽祭や文化祭などの時には必ず代表委員になり、三年になってからはずっと学級委員長も務めている。
また二年の時は生徒会執行部の一員として学校の為に尽くしてきた。実際、海斗の努力で学校の渡り廊下に自動販売機二台が導入された。それに加え、かねてからの念願でもあった文化祭2日開催にもこじつけた。
先生からも全幅の信頼を寄せられている海斗の発言力はとても大きなものだった。
海斗が何かを提案すると生徒が動くし、先生も動く。大げさに言えば学校全体が動く。
海斗のお陰で学校は生徒の住みよいリベラルな校風に、でも風紀はしっかりしており何の文句のつけようもないような学校に成長していったといっても過言ではない。
そんな海斗だったからみんなが友達、親友のようなものだった。
海斗が困っているような素振りを見せると必ず誰かが助けてくれる。
ちょっと柄の悪いような反抗的な生徒も海斗が一言言うと先生が言うよりも素直に聞くことが多かった。
海斗が一人でいることはなく必ず傍に誰かがいて、笑顔に溢れていた。
そんな男子達のリーダー的存在であり頼もしい海斗を女子たちは放置するわけもなくとてもモテていた。
中学生になってから、特に生徒会執行部で活躍し始めると毎週のように違う女子から告白されていた。
普通中学生だと「誰々が誰々に告ったらしいよ」と茶化すようにクラス、学年、学校中で噂になる。
でも海斗の場合は違った。
みんな海斗がイイ奴でモテることを知っていたから。始めは茶化す奴もいたが海斗を茶化すと周りからの目が厳しくなるようで茶化す奴はいなくなった。茶化すといつもよくしてくれる海斗に悪いから。
話題に出ても海斗を応援するスタンスの生徒が殆どだった。
そんなモテモテの海斗には実は小学生の頃から好きだった女の子がいた。
その子の名前は沙織。
沙織は特に目立つ存在でもなかったし海斗ともあまり接点はなかった。
委員会が同じになった時は多少事務連絡をするくらい。
廊下ですれ違った時挨拶をすると必ず返してくれた。
海斗はそれだけで嬉しかった。沙織の中に自分、海斗という存在があることを。
挨拶をした一瞬でも沙織と時間が共有できたことを。
ただ沙織は顔は中の中だけど女の子らしくてスタイルもよく可愛らしいこともあってか一部の男子からは人気があった。一言で表すと清楚。
海斗はそんな沙織のことが気になっていた。
正直一目ぼれに近い感じだったが、沙織のことを知っていけばいくほど好きになっていった。
沙織の存在もあってか、毎週のように告白されても何かしらの理由を付けて断っていた。
中には泣き崩れる子もいて悪い気がしたが、好きでもない子と付き合うこと自体がその子の為にならない、その子に悪いといういかにも海斗らしい考えからきたものだった。
でも本当のところは沙織が告白してくれるのを待っていたのだろう。
しかし、沙織が告白してくることはなかった。
海斗はあらゆる可能性を考えたが一番強く思ったのは、実は沙織には彼氏がいるのではないか?という思いだった。
考えれば考えるほど心配になり、特に海斗と仲の良い男子達に打ち明けて極秘に調べてもらったことがあった。
すると海斗の心配は杞憂で彼氏はいないとのことだった。
そこで海斗は一大決心をする。後に人生を大きく変えてしまう・・・。
「沙織に告白しよう。」
小学生の頃から好きだった沙織、こんな俺ならきっと沙織からはよい返事が貰えるはず。
海斗には自信しかなかった。絶対に成功する!
クラスメイト達もそれを聞くと海斗の為ならと様々な場面で協力してくれた。
友人伝いで二人で会う約束にまでこじつけた。
クラスメイト達は頑張れよと海斗の背中を押してくれた。
いつもは背中を押す側だっただけにクラスメイト達の応援がとても有難かった。励みにもなった。
そして、約束の公園。
まだ待ち合わせ時間の三十分前。
「ちょっと早く来すぎたかな。まぁ待たせるよりかは待つ方がいいし。」
すると女の子の影が近づいてきた。沙織ではないか?まだ三十分前なのに。
海斗の心拍数は急上昇した。自分でも顔に熱を帯びてきたことに気付いたくらい。全校生徒の前で演説するよりかの何百倍も緊張する・・・
「待った?」
沙織が透き通るような声で海斗に話かけてくる。でも何かに脅えているような感じもする。
「いや、俺も今来たところ。どっか遊びにいこっか!?」
「松本君に任せる。」
松本君っていう他人行儀な呼び方に若干落ち込んだがまだ始まったばかり。
それよりもちゃんと沙織とぎこちなく話せているだろうか?
沙織と話したのは委員会が同じになった時以来。
当分話していないので、急に俺に遊ぼうと誘われて沙織は怪訝に思っているだろう。
果たして今告白してよい返事が貰えるのか・・・
今この状況で告白しても沙織は確実に戸惑うだろう。皆には告白すると言ってここまで来たがやはりまだ告白するのは早くないだろうか?
海斗は急に弱気になった。沙織を目の前にして。こんなことでは駄目だと思いつつも。しっかりしないと背中を押してくれたクラスメイトに顔向けできない。
「じゃあ、俺カラオケ行きたいんだけどいい?」
「分かった。行こっか。」
沙織は表情一つ変えず答えた。
海斗は予め沙織が行きたい場所がなかった時の場合、任せると言われた場合はカラオケに行くと決めていた。
それはただ単に海斗が歌がうまい、自信があるから。
カラオケは密室だからいきなりは無理かも、嫌われるかもと思ったがやはり初めて遊びに行くのである。かっこいいところを見せたかった。
まだ中学生なので足は公共交通機関か自転車、徒歩しかない。
今回は隣町にある大きなカラオケ店に電車で行くことにした。
海斗は電車の中でも積極的に沙織に話題を振り、沈黙が訪れないよう努力した。
当然ながらまだ沈黙も楽しめる、気にならないような関係性にはなっていない。早くそんな関係性になりたいが。
沙織はまだ警戒しているのか緊張しているのか、自分から話を振ってくることはないし話題を振っても最低限の会話しかできなかった。話が広がらなかった。
ひょっとして俺に問題があるのか?答えづらい質問をしただろうか?単発的な答えしか返ってこないようなつまらない質問をしただろうか?yesかnoかでしか答えることの出来ない質問をしただろうか?
だが海斗は沙織と打ち解けたい一心で話した。
趣味のこと、学校関係のこと、最近のはやり、食べ物のこと、家族のこと、将来のこと、休日のこと、地域のこと。
たとえ企業の採用面接みたいな会話になったとしても海斗に沈黙を耐えられるだけのメンタルはなかった。
沙織は基本的に聞き役で時々愛想笑いのようなものをするだけ。
やはり俺といて楽しくないのだろうか。俺は一瞬でも沙織と同じ時間を過ごせるだけでこんなにも嬉しいのに・・・
不安が募るばかりだった。