6話 火口都市、赤の村 <ゲーム>
『』でくくっているのが科学者の言葉ですが、それが多くなってしまってすみません。
地の文をもう少し多くしたかったのですが、主人公が何も知らず突然巻き込まれたため、科学者の語りでしか説明できないのです。
読みにくかったら申し訳ないです。
では、どうぞ!
言うなればそれは、本物の炎だった。
いや、それが炎ならば偽物も本物もないのだが、そうとしか言いようがなかったのだ。
台所にあるコンロや焚火など、目ではなかった。俺の眼前でその存在を激しく主張する、紅い揺らめきは。
「……おぉっ!?」
ようやく現状を把握し、慌てて飛び退く。
すると、少しの間そのまま揺らめいていた火柱は、段々とその大きさを縮め、やがては宙に散っていった。
残ったのは、亀裂。レンガ造りの道に残る、浅いのか深いのか全く不明な穴だ。
なんだこれ、と今しがた炎が噴き出していた穴を覗き込む。だが、周囲がどよめいたのに気づき、俺はそこから目を離し、顔を上げた。
瞬間、息を呑む。
数瞬前までは草原の中にいたはずなのだが、いつの間にか景色が様変わりしていたのだ。
レンガが敷き詰められた大地、そして、これまたレンガで造られた建物。殊更俺の目を引いたのが――道のあちこちから噴き上がる、紅い火柱。
『時間が惜しいのでね。こちらからテレポートさせてもらった』
俺が、しばしその光景に目を見開いていた時。
ゴホン、という咳払いと共に、再び姿無き男の声が響いてきた。
『ここは、先程君達がいた場所のすぐ側にあった門の中。そして、このゲームにおいて君達<赤の民>の拠点となる区域。火口都市、<赤の村>、その広場だ。……この意味、分かるかね?』
……火口都市?
そのどうにも嫌な響きに、俺はゴクリと唾を飲み込む。と同時に、ある一つの可能性に思い至った。
まさか、あの大地から噴き出る火柱は――。
『察しのいい者は気づいているかもしれないが、正解といこう。そう、この赤の村。この下には――火山がある』
「――は?」
嫌な予感がしていたとはいえ、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
それは周囲の人間も同じだったようで、皆一様に驚きの表情を隠せないでいる。
『だが、まあ心配しないでくれたまえ。火山といっても、噴火はしないはずだ。せいぜい、今も起こっているが、地上の一部からちょろっと噴き上がる程度だよ。それに――君達赤の民は、他の者と比べて熱、火への耐性が高いからね。なんら、問題はない』
言われてみれば、思い当る節はあった。確かに、さっきはもの凄く炎に接近していたというのに少し熱い、という程度だった。あれが現実なら、火傷は免れなかったかもしれないのに、だ。
『うむ、では赤の村の紹介も終わったことだし、そろそろ本題へと行こう。この実験でのルールだ』
だが、俺がそんな事を考えている合間に、話は重要な部分へと入っていた。聞き逃すまいと、思考を止め、耳を傾ける。
『ルールは、たった二つ。それに加え、さきほど説明した基礎知識さえ覚えていてくれれば、君達がどうしようと構わない。……それではまず、君達の目の前にある鏡を見てくれたまえ』
いつの間に現れたのか。
気づけば、俺の前には小さな鏡があった。小さいと言っても、顔の全体は映る程度の大きさ。
これがなんだ、と若干警戒しつつ覗き込む。そして、そこに映っていたのは――。
「……誰だ、これ?」
俺の顔があると思っていたそこには――全くの別人の姿があった。
黒、という日本人にとって一般的であった髪は、白銀に。ブラウンだった瞳は朱へと。顔の彫は深く、シュッとした鼻筋はまるで欧米人にでもなったかのよう。そして極めつけは――俺の左頬にあるはずの、傷痕が消えていた。傷痕といっても、そんなに目立つようなものではない。あまり大きくなく、少し目を引く程度だ。俺の顔ならばあるはずのそれが、綺麗さっぱり消えていた。
『それが、このゲームにおける君達の容姿だ。性別に関しては現実と変わらないが、その他は私がいじらせてもらった。髪の色、瞳の色、肌の色。顔の彫りや、目、鼻の大きさ、口元。その他にも、黒子、傷痕などの身体的特徴などをね。だが、完璧な別人となったわけではない。少しは、元の面影も残っているはずだ。よく見てみるがいい』
まじまじと、見つめる。
……確かに、言われてみれば、そうであるような、ないような。肌も、普段より若干浅黒い。
だが、指摘されなければ絶対に気がつかないんじゃ……。
『お分かりいただけたかね。しかし、君達はこう思っていないかい? なぜ、こんなことをするのか、と』
……確かに。
わざわざ、容姿を変える必要はないはずだ。そんな面倒なことをせずとも、元の顔のままで一体何が問題なのだろうか?
『これについての答えはすでに説明したね。ゲームの世界だけでなく、現実でコインを破壊されても、肉体の欠損に関わらず君達は死ぬ……と』
男がそう言った瞬間、ピシッと鏡にヒビが入ったかと思うと、陽光をキラキラと反射させながら崩れていく。まるでそれが、お前の、浅堂隼斗の人生だと暗示するかのように。
その破片一つ一つがこの世界での俺の顔を写し。そして、ついにはその原型を完全になくした――その時。今まで以上に大きな宣告が、世界を震わせた。
『ルールその一。現実世界において、自分以外の被験者のコインを破壊した者には――その数に応じて、私から褒賞を進呈しよう』
その宣言を受け、広場からどよめきがあがる。
『ただし、これは現実においてのみだ。ゲームで他の被験者のコインを破壊しても、なにもないから気をつけたまえ。そして、褒賞を活用すれば、このゲームにおいてその者は他の被験者よりも優位に立てることを、ここに約束しよう! そう、つまりこのゲームでの死亡確率を減らすことができるわけだ!』
内容を聞いて、俺は言葉を失った。
そして、きっとそれは俺だけではない。
それはそうだ。なぜならそれは――現実において、他の被験者から狙われ、死の危険が付き纏うということに他ならないからのだから。
だが、そんな状況において、一つの声が上がった。
「被験者に殺されなければ、生き返るのではないか」と。
その言葉に、広場が色めきたった。
四肢が温かみを帯びていく。そうだ、そうだった。
ゲームでは有利に立てるかもしれない。が、現実でそんなリスクを負う必要があるだろうか。いや、恐らくない。
つまり、わざわざ被験者同士で戦い合う必要など何処にも――。
『――ならば、ここで一片死んでみるかね?』
今までの愉しげな声色から打って変わり、冷水のような声があびせられた。
『生き返るといっても、痛覚はそのままだ。モンスターには残虐性が高いのもいる。例え四肢をもがれていても、死ぬまでは生き返らない。なぜなら、まだ死んでいないからだ。その身は朽ちるまで激痛に苛まれるだろう。それでもいいと言うなら、私は一向に構わないがね』
男は、淡々と言葉を続ける。
『君達には、安息の場などない。現実にも、この世界でも。この赤の村とて、弱いモンスターの侵入は防げるが、強力なモンスターはそうはいかない』
広場が、完全な沈黙に覆われた。
『以上が、一つ目のルール、その理由だ。……では、もう一つ。これが、君達の目指すものとなるわけだが、この実験の終了条件だ』
バッ、と皆が一斉に顔を上げた。
俺とて例外ではない。この理不尽な状況。それから抜け出す術があるのなら。
それは絶対に聞き逃せない。
『ボスを倒す――という、よくある王道なものではない。私は、そんな普通は求めていない。だが、シンプルだ。実に簡単』
『ルールその二。君達には、この世界のどこかに存在する、あるものを探し、集めてもらう。そして、君達赤の民が探すのは――<紅蓮の璧>というアイテム。そしてそれは、赤の民しか手にいれることができない』
「……紅蓮の璧」
誰かが、ポツリと呟いた。
……紅蓮の璧。
その名を、脳内で反芻する。
『しかし、それだけではない。気づいている者もいると思うが、被験者はここに集まっている君達だけではない。この世界のどこかに、後四ヶ所。君達と同じ境遇の人間が集まっている。彼らを含め、5個のアイテム。その全てが一ヶ所に集まれば、その時点でゲームクリア。実験は終了し、君達はめでたく解放されるわけだ。どうだ、簡単だろう?』
簡単なものか! 俺は、思わずそう叫びそうになった。
この場以外にもそういった人間がいるのには驚いたが、確かに、目的は単純明快。アイテムを5個集めることだ。その言葉だけ聞けば難しくはない。
だが、そう簡単に行くわけが――この男が実験を終わらせるわけがない。
そう、確信があった。
『では、説明はこれで終了。君達にはここで一度、現実に戻ってもらうとしよう。この世界の扉が開く前兆は、急激な眩暈だ。といっても、それを感じた数秒後にはこの世界に来ているから、知っててもあまり意味はないがね』
ひとまず、ホッと息をつく。
正直言うと、未だに実感がない。
当たり前だ。こんな荒唐無稽な話、体験しなければ、絶対に信じない。それほど、眉唾ものの話なのである。
もしかするとこの中には、まだ信じていない人間がいるのでは、とも思う。
実際俺とて、まだ頭のどこかには、これは自身が生み出した妄想なのでは、という考えが渦巻いている。
だがしかし、ようやく現実に帰れる。
そのことに俺が胸を撫で下ろした時――男は最後の爆弾を落とした。
『ちなみに、君達の身に起きたのがまやかしではないことを証明するために、最後に情報を与えよう。私が招待した人物――つまり君達被験者は、世界各国からランダムで選ばれている。それこそ、世界中からね。そして、この世界に招待されたにも関わらず、あの空間でコインを入れなかった者。その者には、人質となってもらった。彼らは、ゲームクリアをするまで解放されることはない』
まるで、それが大したことではないかのように、男は衝撃の事実を語った。
『つまり、彼らを救うにはゲームをクリアするしかないわけだ。人質になった者は、現実世界では、唐突に消えたように見えるだろう。少し時間が経てば、失踪事件としてニュースが世界を駆け巡っているかもしれないね』
「「「「なっ!?」」」」
『では、また会おう!』
男の言葉が聞こえた瞬間、光が、全身を包んだ。その眩しさに、その冷たさに、俺は思わず目を瞑る。
だが、しばらくすると、それが消えた。
「……戻ったのか?」
そろそろと、目を開けていく。
そこには、いつもの通学路の姿が――なかった。
「……はっ?」
景色は、なんら変わっていない。レンガの道も、建造物も、噴き上がる火柱も。
いや、ただ一つだけ。たった一つだけだが、大きく変わっていた。
「……俺だけ……か?」
そう、先程までは人で溢れていたこの広場に、俺だけしかいなかったのだ。
まさか手違いがあったのでは、と一筋の嫌な汗が背中をつたった、その時。
『はじめまして……となるかね? 浅堂隼斗君。私は、君みたいな面白そうな人間と話すのを心待ちにしていたよ』
あの男の声が、すぐ真後ろから聞こえた。
ちなみに、<璧>というのは、中国の玉器の一種です。和氏の璧が有名ですね。
ちなみに、完璧の璧は、これが由来と言われています。