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ワンコイン・オンライン  作者: 鷲野高山
1章 未来よりの誘い
26/33

26話 ダンジョン攻略作戦前夜 <ゲーム>

「と、いうことで。私達ヴァーミリオンは要請に応え、明日、ダンジョン攻略組の作戦に参加することとなったわ。ゼアン、エレーナ。それでいい?」


 俺が僅かながらも魔法を使えたことで、魔法特訓も一時終了。無理は禁物とのことで、俺達は赤の村にあるターナの家へと戻った。

 この家の名義人はターナとなっているが、ゼアンとエレーナも、ここで生活しているらしい。

 そして、二人で待つこと数分、帰ってきたゼアンとエレーナにむけて、ターナが一言。


「えっと……それは、ハヤトも参加する、ってことでいいのかな?」

「ふぇっ?」


 帰ってきて早々の一言。少々不意を突かれたのか、ゼアンは二、三度目を瞬かせて俺を見た。エレーナも同じように、言葉を詰まらせている。

 何も、玄関でそれを言わなくともいいだろう。そう思いつつ、ゼアンの問いに対して、俺はゆっくりと頷いた。


 ――ダンジョン攻略に参戦する。


 そう、決めた。

 なにも、ターナに強制されたわけではない。と、いうよりも、彼女はきっと無理強いはしないだろう。

 短い付き合いではあるが、なんとなくそう思った。……もっとも、やや強引なところはあるが。


 ターナにそのこと(参戦)を告げたのは、魔法訓練の後。さて、帰ろうかという話になった時だ。

 歩き出そうとした彼女を呼び止め、俺の決意を伝えると、彼女は少しだけ笑って、


「……うん、期待してる」


 そう言った。


 後悔は、していない。

 俺が、決めたのだ。一時の気の迷いでもなく、ターナ達に気を使ったわけでもなく。他でもない、自分が。


「そっか。……もちろん、僕はいいよ」

「私も、私もっ!」


 ゼアンとエレーナは、即座に肯定する。

 それを見た俺は、内心ホッとしていた。正直な話、彼らがどういう反応をするか、不安はあったのだ。

 チームのメンバーとして認めてくれたからといって、実力は劣り、現実での面識もなく、ゲーム内での付き合いも短い。

 暗殺者の遊び場、という前回のフィールドは、まだ二人にとっても何回も突破している場所。しかし、今度のダンジョンは、違う。

 未知数。この言葉に尽きる。

 だからきっと、賛成するにしろ、反対するにしろ、なんらかの素のリアクションがあると思った。

 ……もっとも、その心配は杞憂であったようだが。


「そういえばハヤトは、魔法、使えたのかい?」


 リビングに移動し、軽く雑談。

 ゼアンが、特訓の成果を聞いてくる。


「あぁ、使えたよ。炎属性だって」

「へぇ、よかったじゃないか」

「でも、まだまだこれからだけどね」


 ターナが、横槍を入れてきた。

 うっ、と俺は言葉に詰まる。


「ハヤトは、今日が初めてなんだろ? だったら、仕方ないさ」


 そんな俺を見てか、ゼアンは軽く笑うと、擁護する発言をした。


 ……ゼアン。お前って、いい奴だな。

 うん、その通り。これは、仕方ないことなんだ。初めてのことが上手くできるなど、それはもう天才の枠組みだ。だから、仕方ない。

 そう自分に言い聞かせ、何度も頷く。


「じゃあ、じゃあっ、今度はワタシが教えてあげよっか!?」


 そんな中。会話に参加してきたのは、エレーナだ。

 身を乗り出して、迫ってくる。その勢いに少々驚きながらも、俺は口を開いた。


「あー……エレーナも、魔法使えるんだっけか?」

「そうだよ! ワタシは弓兵(アルシェ)だもん」


 自信満々、といった風に、エレーナが胸を張った。


「あ、じゃあ――「ダメよ」――へ?」


 そう言ってくれるのなら、とエレーナの提案に乗ろうとした時、ターナが俺の言葉を遮り、しれっと言い放った。


「ハヤトは、私に教えてほしいって言ったんだから」

「いや、別に俺は……」


 教えてもらえれば誰でもいいんだが。

 

 そう続けようとした瞬間、ターナがぎろりと睨む。

 俺は、慌てて口をギュッと閉じ、視線を逸らした。


「むー、ワタシだって先生やってみたかったのに……」


 エレーナが、頬を膨らませてぶうたれる。


「あはは、まぁ、使えるだけいいよね、うん。僕のクラス(バーサーカー)だと、魔法は使えないからさ」


 そんなエレーナを見て苦笑しながら、ゼアンが俺に話を振った。


「……あ、あぁ。魔法が使えるクラスっていうのが判明しただけ、進歩だな、うん」


 焦りつつも、返答する。

 しかし、それは本音であった。進歩は、少し。だが、確実にしているのが実感できたから。


 ――無理にならなくてもいい。着実に、一歩一歩進んでいこう。


 彼らと会話を続けながら、俺はそう、決意した。




 そんなこんなで、時刻は流れ。

 気づけば、夜も近づいてきていた。

 会話の終わりは、ターナの一言。


「……じゃ、各々今日は早めに休むように。明日の朝、眠いなんて言ったら承知しないわよ」


 寝るには、いつもより少し早い時間。しかし、ただそれだけだ。

 身体を休めるに越したことはないだろう。


 ターナの言葉に頷き、俺は席を立った。


「じゃ、また明日な」


 そして軽く三人に手を挙げて背を向けると、自分の暮らす借家へと戻ろうとしたのだが――。


「あら? ハヤト、何処行くの?」


 それを呼び止めたのは、ターナの声。

 困惑しつつも、振り返ってみる。その先の光景を見て、いよいよ俺は混乱した。

 席に座ったままの三人は、疑問符を浮かべたような顔で、俺を見ていたのだ。


 ……な、なんだっ!?


 質問の意図も、三人の態度も、まったく分からない。

 俺はただ、自分の家に帰ろうとしただけだ。

 早めに休むよう、と言っておきながら、何処に行く、とはおかしな話である。

 まさか、呆けているわけでもあるまいに。

 内心で少々失礼な事を考えながら、俺は当たり前のように返答した。


「いや、何処って……帰るんだが?」

「「「へ?」」」


 ターナだけでなく、ゼアンとエレーナの声も重なった。


「え?」


 その反応に、俺も疑問の声を上げる。


「「「「…………」」」」


 沈黙。

 誰も、何も喋らない。

 三人は、席に座ったままこちらを見つめ、俺は立ったまま硬直。


 そんな中、不意にターナがぽんっ、と手を打った。


「……ああ、伝え忘れてたわ」


 瞬間、エレーナがテーブルへと突っ伏した。


「たーなぁー……」


 ターナを責めるようなくぐもった声が、突っ伏したエレーナから聞こえてくる。

 ゼアンは、納得した、といわんばかりの表情だ。


 ……はて、なんだろうか?


 今度はこちらが首を傾げる番となったわけだが、その疑問も次の言葉を聞いて氷解した。 


「ハヤト。貴方、今日からここで生活しなさい」

「……え?」


 彼女は今、なんと言った?


 ……ここで生活。ここ、つまり今いる場所であり、今俺がいるのはターナの家だ。

 生活っていうと、あれだ。日常的に暮らすってこと。暮らすっていうのは、住むってことだ。

 普段なら、考えることなく一発で理解できる内容であったが、予想していなかった言葉に、まるで連想ゲームのような思考になってしまう。


 ……そして、カチリッとピースが噛み合った。

 つまり……今日から俺は、ここに住め、とターナは言ったのだ。


 ようやく彼女の言葉が認識できたことで思わず、うんうん、と頷く。

 ――しかし。

 なるほど、なるほ……。


「ええぇぇええええーーーっ!?」


 当然、納得などできるわけもなく。

 ターナの家のリビングには、俺の絶叫が響き渡ることとなった。





「まったく、ターナの奴……」


 久しぶりの絶叫をあげてから、数分。

 布団の上で横になりながら、意味もなく暗い天井を見上げていた俺は、愚痴をこぼしていた。

 ここは、俺に貸し与えられた、ターナの家の二階の一室。

 装飾品もなにもない部屋だが、ターナ曰く、


「これからハヤトが買い揃えなさい」


 とのことだ。

 ベッドもないため、別の部屋から持ってきた布団を敷いて寝転がっている。

 なんでも、ターナがこの家を購入したのは、元々チームでルームシェアするためのものであったらしい。つまり、ゼアンもエレーナもここで生活しているから、俺もここで生活しろ、とのことだ。

 ……まったく、暴論である。


「……あっちの家、返してこなきゃな」


 元々、俺が生活していた家は、借家である。だから、ここに住むことが決定した今、必要ないため返さなければならない。


「ま、得したからいいけど」


 住む場所を強制。それは確かに暴論ではあるが――いいこともあった。


 まず、お金(ジルク)。

 懐の寂しい俺は、恐る恐る家賃のことを切り出した。なかなかにいい家であるため、高額であれば、全力で拒否したいところだったためだ。

 しかし、蓋を開ければ――いらない、とのことだった。聞けば、これもリーダーの務めとのこと。


 ……その一瞬だけ、ターナが女神のように見えたのは、秘密だ。

 もっとも、ターナとエレーナも食費や生活費などを多めに支払っているというから、俺もそんな感じでいいとは思う。


 あとは、三人との交流か。共同生活をしていれば、仲もよくなるだろうし、何かと役立つだろう。


 もっとも、不安や懸念がないわけではない。


 この世界の第一ルールともいえる――自らの命である、コインの存在。


 これだけは、忘れてはならない。平和ボケ、というよりもここ最近は、その存在が疎かになりつつあるのは、自覚していた。

 現代でいえば、自分だけは事件に巻き込まれることはない、などといったそういう感覚。

 共同生活であれば、まず間違いなく隙を晒すことになる。あまり信じたくはないが、三人が俺のコインを狙う、というのも可能性の一つとしてあげなければならない。


 だが、それは極僅か、1割にも満たない可能性。

 なにせ、機会は多々あったのだ。あっちがその気なら、こんなまどろっこしいことをせずとも、すでになんらかの形で決着はついているはずだ。


 それより、と俺はごろんと布団の上で転がった。

 今大事なのは、明日のことだ。

 ――ダンジョン。

 どんなモンスターが犇(ひし)めき、どんな罠が仕掛けられているだろう。そして、強大なモンスターとはいったい――。


「……ハハッ、これじゃ、身体を休めるどころじゃないなぁ」


 自嘲する。

 明日のことを考えるだけで、不安が増し、目を閉じてみるも、とても眠るどころではない。


 こうして、どのくらい経ったか。三人は、もう寝ているのか。

 それが気がかりになり、ふと身体を起こした。


 ゆっくりと、部屋の扉を押し開ける。

 電気の灯っていない、暗い二階の廊下。

 隣の部屋はゼアンで、向いはターナ、斜め前がエレーナの部屋。

 ひたすらに、静寂とした空間。これでは、誰が寝ているかなど、分かりはしない。


 ――ヒュウッ、と風が通り抜けた。


 左方から、右方へと通る風。

 つられて左を見れば、朧にみえる外の明かり。どうやら、バルコニーから風が入ってきているようだ。


 どうせ、このまま戻っても、眠れまい。


 そう思った俺は、バルコニーへと歩を進めた。

 網戸に手をかけ、躊躇することなく開ける。

 カラカラ、と静寂とした空間に響き渡る音。それを後ろ手に閉め、一直線に手すりに向かう。

 そうして、手すり越しに外を見た。

 暗くなった建物の合間合間にある、ポツポツとした光。

 どうやら、微かに見えた明かりは、未だ開店している店の明かりのようだった。


「……俺も、フィールド出るのやめて、店でも始めようかなぁ」


 何の気なしに、そんなことを呟く。

 本心ではない。ただ、そういう未来もありえるだけの話。

 もちろん、反応など期待していなく、また、返ってくるはずもない。そんな呟き。

 しかし――。


「あら、なんのお店を始めるのかしら?」


 カラカラ、と網戸が動かされる音。凛とした、声色。

 振り向けば、そこにはターナの姿があった。


「……ターナ」


 驚きで、僅かに目を見開く。

 しかしターナは、そんな俺に気にすることなく、ツカツカとこちらに近づいてきた。


「あ……いや、冗談だよ」

「ふぅん。ま、ちょっと私も興味あるわね。だって、現実じゃそんなことできないもの」

「まぁ、そうだな」


 そんな軽口を叩きあい、沈黙が広がった。


「「…………」」


 しかし、それも一瞬のこと。


「……寝れない?」


 唐突に、ターナが口を開いた。


「い、いや、そういうわけじゃ……」


 正直に話すのも恥ずかしかったため、最初は否定しようとした。

 しかし、ターナの瞳は真剣にこちらを見つめており。


「……あぁ、寝れない」


 つまらない見栄を張ったってしょうがない。 

 そう考え、正直に告げる。


「今だけ……今だけなら、言いたいことがあれば受け付けるわ。明日で最後かもしれないしね」

「おいおい、そんな縁起でもない……」


 苦笑いするが、ターナの目は本気だ。

 退くなら、今しかない。そう目が告げているように錯覚させられる。


 ……参加をやめるなら、今ってことか。


 試しているのか、俺を。


 確かに、行きたくないという迷い(自分)があるのも事実。

 危険よりは、安全。それは、当然の帰結。


 でも決めたんだ、俺は。

 今更、何も言うことはない。


 ――そうだな、あるとすれば、一つ。知りたいことがあった。


「――そういえば、俺とお前ってさ、昔どこかで会ったか?」


 一瞬だけ、ターナが大きく反応した気がした。

 だがそれは、俺の思い過ごしだったようで、


「……どうして?」


 と聞いてくる。


「いや、もしかしたら、と思ってな」


 ポリポリ、と頭を掻く。

 無論、俺に覚えがあるわけではない。

 しかし、不可解なのだ。今までの彼女の行動が。

 それは以前から思っていたこと。

 ターナ(柊)が、俺を誘ったことである。


 ……現実で俺の正体が一方的にばれただけなのに、自らもばらすか、普通?


 俺だったら、そんなリスクは冒さない。それが知らない奴ならば、尚更だ。だというのにコイツはそれをばらし、その上チームにまで誘った。

 たかだか学校が同じだから。そんなのは、絶対理由にはならない。

 そして時折、ターナの言動の節々からは、俺を知っているかのような表現があった。

 初対面の人間を信用するのもおかしな話。

 ゆえに、俺と彼女が知り合いであった、という可能性が浮上する。


 もっとも、これは消去法にすぎない。

 確証はないから、俺の思い過ごしかもしれない。それに、知り合いだからといって、俺を誘う理由にもならない。

 要は、ターナの今までの行動、全てが謎なのだ。


「さぁ、どうでしょう?」

「……そっか」


 含み笑いをするのは、何を馬鹿なことを、とでも思っているのか。

 ……ま、やっぱりないかな。


 なにしろ、俺に記憶がないのだ。

 多分会ったのなら、忘れない――と思う。

 記憶が薄れるほど、遠い昔に会っていたとしても、成長した姿じゃ分からない。実際、自分のアルバムを見ても、予め自分の幼少の写真だと分かっていなければ、誰だコイツ、となる。


「じゃ、なんで俺なんかチームに誘って……」

「それは、秘密」


 ……ああ、そうかい。

 ま、いずれ分かる時がくるかもしれないな。

 俺は、そこで質問を止めた。


 そうして、再び会話は途切れた。


「「…………」」


 無言。

 ふと、ターナの顔を盗み見れば、彼女は夜になった赤の村を、眺めている。

 そんな中俺は、この状況にどこか懐かしいようなものを感じていた。


 なんだっただろう。さほど昔でもなかったような気が……。

 数瞬考え込み、思い出す。


 ――ああ、そうか。ゼアンの時に似ているんだ。

 中継地点。小川のほとりで偶然に出会い、彼と語った夜。

 人物、場所は違えど、似通った状況。


 そう思うと、自然に笑みがこみあがってきた。


「なに、どうしたの?」


 それを見咎めてか、ターナが口を開く。


「ん? ああ、前に中継地点でもゼアンとこうして話してたなって思ってな」

「中継地点で? ……なるほど、翌朝であんなに仲良くなってたのは、そういうわけね」

「ま、そういうことだ」


 町の景色に飽き、空を見上げる。

 造りものの空。だけどやはり、現実より美しい。


「ゼアン、ターナってなると……次にこうなるのはエレーナか?」


 さすがにそれはないか、と思いながらも、口に出す。


「残念ながら、それはないわね。エレーナは、一度寝たらなかなか起きないから。私だって、バルコニーに近い部屋だから、網戸の音が聞こえたわけだし」

「ん、そっか」


 まぁ、エレーナとも話してみたいと思うが、わざわざ夜でなくともいいだろう。


「じゃ、俺はそろそろ部屋に戻るよ」


 夜風に少しだけ当たるつもりだったが、ちょっと長居しすぎた。だが、ターナと話したことで幾分か気が紛れただろう。今なら、寝れるかもしれない。

 踵を返し、バルコニーの入口へ向かう。

 そして、網戸に手を掛けた、瞬間。


「……いいのね?」


 ターナの声。

 恐らく、最終通告。本当にダンジョンに行っていいのか、という問いだろう。


 俺は、躊躇なく、網戸を引き開けた。


「あぁ、大丈夫」


 これが、最後の答え。

 そう、と呟いたターナを背に、部屋の扉に手をかける。


 ふと、バルコニーに佇んでいるであろうターナを見た。

 月明かりに照らされたのは、その背中。もう、彼女は俺を見ていなかった。

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