26話 ダンジョン攻略作戦前夜 <ゲーム>
「と、いうことで。私達ヴァーミリオンは要請に応え、明日、ダンジョン攻略組の作戦に参加することとなったわ。ゼアン、エレーナ。それでいい?」
俺が僅かながらも魔法を使えたことで、魔法特訓も一時終了。無理は禁物とのことで、俺達は赤の村にあるターナの家へと戻った。
この家の名義人はターナとなっているが、ゼアンとエレーナも、ここで生活しているらしい。
そして、二人で待つこと数分、帰ってきたゼアンとエレーナにむけて、ターナが一言。
「えっと……それは、ハヤトも参加する、ってことでいいのかな?」
「ふぇっ?」
帰ってきて早々の一言。少々不意を突かれたのか、ゼアンは二、三度目を瞬かせて俺を見た。エレーナも同じように、言葉を詰まらせている。
何も、玄関でそれを言わなくともいいだろう。そう思いつつ、ゼアンの問いに対して、俺はゆっくりと頷いた。
――ダンジョン攻略に参戦する。
そう、決めた。
なにも、ターナに強制されたわけではない。と、いうよりも、彼女はきっと無理強いはしないだろう。
短い付き合いではあるが、なんとなくそう思った。……もっとも、やや強引なところはあるが。
ターナにそのことを告げたのは、魔法訓練の後。さて、帰ろうかという話になった時だ。
歩き出そうとした彼女を呼び止め、俺の決意を伝えると、彼女は少しだけ笑って、
「……うん、期待してる」
そう言った。
後悔は、していない。
俺が、決めたのだ。一時の気の迷いでもなく、ターナ達に気を使ったわけでもなく。他でもない、自分が。
「そっか。……もちろん、僕はいいよ」
「私も、私もっ!」
ゼアンとエレーナは、即座に肯定する。
それを見た俺は、内心ホッとしていた。正直な話、彼らがどういう反応をするか、不安はあったのだ。
チームのメンバーとして認めてくれたからといって、実力は劣り、現実での面識もなく、ゲーム内での付き合いも短い。
暗殺者の遊び場、という前回のフィールドは、まだ二人にとっても何回も突破している場所。しかし、今度のダンジョンは、違う。
未知数。この言葉に尽きる。
だからきっと、賛成するにしろ、反対するにしろ、なんらかの素のリアクションがあると思った。
……もっとも、その心配は杞憂であったようだが。
「そういえばハヤトは、魔法、使えたのかい?」
リビングに移動し、軽く雑談。
ゼアンが、特訓の成果を聞いてくる。
「あぁ、使えたよ。炎属性だって」
「へぇ、よかったじゃないか」
「でも、まだまだこれからだけどね」
ターナが、横槍を入れてきた。
うっ、と俺は言葉に詰まる。
「ハヤトは、今日が初めてなんだろ? だったら、仕方ないさ」
そんな俺を見てか、ゼアンは軽く笑うと、擁護する発言をした。
……ゼアン。お前って、いい奴だな。
うん、その通り。これは、仕方ないことなんだ。初めてのことが上手くできるなど、それはもう天才の枠組みだ。だから、仕方ない。
そう自分に言い聞かせ、何度も頷く。
「じゃあ、じゃあっ、今度はワタシが教えてあげよっか!?」
そんな中。会話に参加してきたのは、エレーナだ。
身を乗り出して、迫ってくる。その勢いに少々驚きながらも、俺は口を開いた。
「あー……エレーナも、魔法使えるんだっけか?」
「そうだよ! ワタシは弓兵だもん」
自信満々、といった風に、エレーナが胸を張った。
「あ、じゃあ――「ダメよ」――へ?」
そう言ってくれるのなら、とエレーナの提案に乗ろうとした時、ターナが俺の言葉を遮り、しれっと言い放った。
「ハヤトは、私に教えてほしいって言ったんだから」
「いや、別に俺は……」
教えてもらえれば誰でもいいんだが。
そう続けようとした瞬間、ターナがぎろりと睨む。
俺は、慌てて口をギュッと閉じ、視線を逸らした。
「むー、ワタシだって先生やってみたかったのに……」
エレーナが、頬を膨らませてぶうたれる。
「あはは、まぁ、使えるだけいいよね、うん。僕のクラスだと、魔法は使えないからさ」
そんなエレーナを見て苦笑しながら、ゼアンが俺に話を振った。
「……あ、あぁ。魔法が使えるクラスっていうのが判明しただけ、進歩だな、うん」
焦りつつも、返答する。
しかし、それは本音であった。進歩は、少し。だが、確実にしているのが実感できたから。
――無理にならなくてもいい。着実に、一歩一歩進んでいこう。
彼らと会話を続けながら、俺はそう、決意した。
そんなこんなで、時刻は流れ。
気づけば、夜も近づいてきていた。
会話の終わりは、ターナの一言。
「……じゃ、各々今日は早めに休むように。明日の朝、眠いなんて言ったら承知しないわよ」
寝るには、いつもより少し早い時間。しかし、ただそれだけだ。
身体を休めるに越したことはないだろう。
ターナの言葉に頷き、俺は席を立った。
「じゃ、また明日な」
そして軽く三人に手を挙げて背を向けると、自分の暮らす借家へと戻ろうとしたのだが――。
「あら? ハヤト、何処行くの?」
それを呼び止めたのは、ターナの声。
困惑しつつも、振り返ってみる。その先の光景を見て、いよいよ俺は混乱した。
席に座ったままの三人は、疑問符を浮かべたような顔で、俺を見ていたのだ。
……な、なんだっ!?
質問の意図も、三人の態度も、まったく分からない。
俺はただ、自分の家に帰ろうとしただけだ。
早めに休むよう、と言っておきながら、何処に行く、とはおかしな話である。
まさか、呆けているわけでもあるまいに。
内心で少々失礼な事を考えながら、俺は当たり前のように返答した。
「いや、何処って……帰るんだが?」
「「「へ?」」」
ターナだけでなく、ゼアンとエレーナの声も重なった。
「え?」
その反応に、俺も疑問の声を上げる。
「「「「…………」」」」
沈黙。
誰も、何も喋らない。
三人は、席に座ったままこちらを見つめ、俺は立ったまま硬直。
そんな中、不意にターナがぽんっ、と手を打った。
「……ああ、伝え忘れてたわ」
瞬間、エレーナがテーブルへと突っ伏した。
「たーなぁー……」
ターナを責めるようなくぐもった声が、突っ伏したエレーナから聞こえてくる。
ゼアンは、納得した、といわんばかりの表情だ。
……はて、なんだろうか?
今度はこちらが首を傾げる番となったわけだが、その疑問も次の言葉を聞いて氷解した。
「ハヤト。貴方、今日からここで生活しなさい」
「……え?」
彼女は今、なんと言った?
……ここで生活。ここ、つまり今いる場所であり、今俺がいるのはターナの家だ。
生活っていうと、あれだ。日常的に暮らすってこと。暮らすっていうのは、住むってことだ。
普段なら、考えることなく一発で理解できる内容であったが、予想していなかった言葉に、まるで連想ゲームのような思考になってしまう。
……そして、カチリッとピースが噛み合った。
つまり……今日から俺は、ここに住め、とターナは言ったのだ。
ようやく彼女の言葉が認識できたことで思わず、うんうん、と頷く。
――しかし。
なるほど、なるほ……。
「ええぇぇええええーーーっ!?」
当然、納得などできるわけもなく。
ターナの家のリビングには、俺の絶叫が響き渡ることとなった。
「まったく、ターナの奴……」
久しぶりの絶叫をあげてから、数分。
布団の上で横になりながら、意味もなく暗い天井を見上げていた俺は、愚痴をこぼしていた。
ここは、俺に貸し与えられた、ターナの家の二階の一室。
装飾品もなにもない部屋だが、ターナ曰く、
「これからハヤトが買い揃えなさい」
とのことだ。
ベッドもないため、別の部屋から持ってきた布団を敷いて寝転がっている。
なんでも、ターナがこの家を購入したのは、元々チームでルームシェアするためのものであったらしい。つまり、ゼアンもエレーナもここで生活しているから、俺もここで生活しろ、とのことだ。
……まったく、暴論である。
「……あっちの家、返してこなきゃな」
元々、俺が生活していた家は、借家である。だから、ここに住むことが決定した今、必要ないため返さなければならない。
「ま、得したからいいけど」
住む場所を強制。それは確かに暴論ではあるが――いいこともあった。
まず、お金。
懐の寂しい俺は、恐る恐る家賃のことを切り出した。なかなかにいい家であるため、高額であれば、全力で拒否したいところだったためだ。
しかし、蓋を開ければ――いらない、とのことだった。聞けば、これもリーダーの務めとのこと。
……その一瞬だけ、ターナが女神のように見えたのは、秘密だ。
もっとも、ターナとエレーナも食費や生活費などを多めに支払っているというから、俺もそんな感じでいいとは思う。
あとは、三人との交流か。共同生活をしていれば、仲もよくなるだろうし、何かと役立つだろう。
もっとも、不安や懸念がないわけではない。
この世界の第一ルールともいえる――自らの命である、コインの存在。
これだけは、忘れてはならない。平和ボケ、というよりもここ最近は、その存在が疎かになりつつあるのは、自覚していた。
現代でいえば、自分だけは事件に巻き込まれることはない、などといったそういう感覚。
共同生活であれば、まず間違いなく隙を晒すことになる。あまり信じたくはないが、三人が俺のコインを狙う、というのも可能性の一つとしてあげなければならない。
だが、それは極僅か、1割にも満たない可能性。
なにせ、機会は多々あったのだ。あっちがその気なら、こんなまどろっこしいことをせずとも、すでになんらかの形で決着はついているはずだ。
それより、と俺はごろんと布団の上で転がった。
今大事なのは、明日のことだ。
――ダンジョン。
どんなモンスターが犇めき、どんな罠が仕掛けられているだろう。そして、強大なモンスターとはいったい――。
「……ハハッ、これじゃ、身体を休めるどころじゃないなぁ」
自嘲する。
明日のことを考えるだけで、不安が増し、目を閉じてみるも、とても眠るどころではない。
こうして、どのくらい経ったか。三人は、もう寝ているのか。
それが気がかりになり、ふと身体を起こした。
ゆっくりと、部屋の扉を押し開ける。
電気の灯っていない、暗い二階の廊下。
隣の部屋はゼアンで、向いはターナ、斜め前がエレーナの部屋。
ひたすらに、静寂とした空間。これでは、誰が寝ているかなど、分かりはしない。
――ヒュウッ、と風が通り抜けた。
左方から、右方へと通る風。
つられて左を見れば、朧にみえる外の明かり。どうやら、バルコニーから風が入ってきているようだ。
どうせ、このまま戻っても、眠れまい。
そう思った俺は、バルコニーへと歩を進めた。
網戸に手をかけ、躊躇することなく開ける。
カラカラ、と静寂とした空間に響き渡る音。それを後ろ手に閉め、一直線に手すりに向かう。
そうして、手すり越しに外を見た。
暗くなった建物の合間合間にある、ポツポツとした光。
どうやら、微かに見えた明かりは、未だ開店している店の明かりのようだった。
「……俺も、フィールド出るのやめて、店でも始めようかなぁ」
何の気なしに、そんなことを呟く。
本心ではない。ただ、そういう未来もありえるだけの話。
もちろん、反応など期待していなく、また、返ってくるはずもない。そんな呟き。
しかし――。
「あら、なんのお店を始めるのかしら?」
カラカラ、と網戸が動かされる音。凛とした、声色。
振り向けば、そこにはターナの姿があった。
「……ターナ」
驚きで、僅かに目を見開く。
しかしターナは、そんな俺に気にすることなく、ツカツカとこちらに近づいてきた。
「あ……いや、冗談だよ」
「ふぅん。ま、ちょっと私も興味あるわね。だって、現実じゃそんなことできないもの」
「まぁ、そうだな」
そんな軽口を叩きあい、沈黙が広がった。
「「…………」」
しかし、それも一瞬のこと。
「……寝れない?」
唐突に、ターナが口を開いた。
「い、いや、そういうわけじゃ……」
正直に話すのも恥ずかしかったため、最初は否定しようとした。
しかし、ターナの瞳は真剣にこちらを見つめており。
「……あぁ、寝れない」
つまらない見栄を張ったってしょうがない。
そう考え、正直に告げる。
「今だけ……今だけなら、言いたいことがあれば受け付けるわ。明日で最後かもしれないしね」
「おいおい、そんな縁起でもない……」
苦笑いするが、ターナの目は本気だ。
退くなら、今しかない。そう目が告げているように錯覚させられる。
……参加をやめるなら、今ってことか。
試しているのか、俺を。
確かに、行きたくないという迷いがあるのも事実。
危険よりは、安全。それは、当然の帰結。
でも決めたんだ、俺は。
今更、何も言うことはない。
――そうだな、あるとすれば、一つ。知りたいことがあった。
「――そういえば、俺とお前ってさ、昔どこかで会ったか?」
一瞬だけ、ターナが大きく反応した気がした。
だがそれは、俺の思い過ごしだったようで、
「……どうして?」
と聞いてくる。
「いや、もしかしたら、と思ってな」
ポリポリ、と頭を掻く。
無論、俺に覚えがあるわけではない。
しかし、不可解なのだ。今までの彼女の行動が。
それは以前から思っていたこと。
ターナが、俺を誘ったことである。
……現実で俺の正体が一方的にばれただけなのに、自らもばらすか、普通?
俺だったら、そんなリスクは冒さない。それが知らない奴ならば、尚更だ。だというのにコイツはそれをばらし、その上チームにまで誘った。
たかだか学校が同じだから。そんなのは、絶対理由にはならない。
そして時折、ターナの言動の節々からは、俺を知っているかのような表現があった。
初対面の人間を信用するのもおかしな話。
ゆえに、俺と彼女が知り合いであった、という可能性が浮上する。
もっとも、これは消去法にすぎない。
確証はないから、俺の思い過ごしかもしれない。それに、知り合いだからといって、俺を誘う理由にもならない。
要は、ターナの今までの行動、全てが謎なのだ。
「さぁ、どうでしょう?」
「……そっか」
含み笑いをするのは、何を馬鹿なことを、とでも思っているのか。
……ま、やっぱりないかな。
なにしろ、俺に記憶がないのだ。
多分会ったのなら、忘れない――と思う。
記憶が薄れるほど、遠い昔に会っていたとしても、成長した姿じゃ分からない。実際、自分のアルバムを見ても、予め自分の幼少の写真だと分かっていなければ、誰だコイツ、となる。
「じゃ、なんで俺なんかチームに誘って……」
「それは、秘密」
……ああ、そうかい。
ま、いずれ分かる時がくるかもしれないな。
俺は、そこで質問を止めた。
そうして、再び会話は途切れた。
「「…………」」
無言。
ふと、ターナの顔を盗み見れば、彼女は夜になった赤の村を、眺めている。
そんな中俺は、この状況にどこか懐かしいようなものを感じていた。
なんだっただろう。さほど昔でもなかったような気が……。
数瞬考え込み、思い出す。
――ああ、そうか。ゼアンの時に似ているんだ。
中継地点。小川のほとりで偶然に出会い、彼と語った夜。
人物、場所は違えど、似通った状況。
そう思うと、自然に笑みがこみあがってきた。
「なに、どうしたの?」
それを見咎めてか、ターナが口を開く。
「ん? ああ、前に中継地点でもゼアンとこうして話してたなって思ってな」
「中継地点で? ……なるほど、翌朝であんなに仲良くなってたのは、そういうわけね」
「ま、そういうことだ」
町の景色に飽き、空を見上げる。
造りものの空。だけどやはり、現実より美しい。
「ゼアン、ターナってなると……次にこうなるのはエレーナか?」
さすがにそれはないか、と思いながらも、口に出す。
「残念ながら、それはないわね。エレーナは、一度寝たらなかなか起きないから。私だって、バルコニーに近い部屋だから、網戸の音が聞こえたわけだし」
「ん、そっか」
まぁ、エレーナとも話してみたいと思うが、わざわざ夜でなくともいいだろう。
「じゃ、俺はそろそろ部屋に戻るよ」
夜風に少しだけ当たるつもりだったが、ちょっと長居しすぎた。だが、ターナと話したことで幾分か気が紛れただろう。今なら、寝れるかもしれない。
踵を返し、バルコニーの入口へ向かう。
そして、網戸に手を掛けた、瞬間。
「……いいのね?」
ターナの声。
恐らく、最終通告。本当にダンジョンに行っていいのか、という問いだろう。
俺は、躊躇なく、網戸を引き開けた。
「あぁ、大丈夫」
これが、最後の答え。
そう、と呟いたターナを背に、部屋の扉に手をかける。
ふと、バルコニーに佇んでいるであろうターナを見た。
月明かりに照らされたのは、その背中。もう、彼女は俺を見ていなかった。




