1話 巻き込まれた男の独白 <ゲーム>
どうも、お読みいただきありがとうございます。
サブタイトルにある<>ですが、これはゲームサイドか現実サイドかということを表しています。
で、戦闘面に期待されている方には申し訳ありません。今話でちょっとした戦闘があるにはあります。ですが、今話を除いた次の戦闘シーンが、「15話 暗殺者の遊び場」からと、かなり先になってしまいます。
序盤は主に、登場人物との掛け合いになっていますが、よろしくお願いします。
こんな話を聞いたことがある。
俺の命を刈り取らんと、怒涛の勢いで迫る強固な牙。それをぼんやりと見据えながら、俺はふと、そんなことを考えていた。
『仮に、今より1000年前の人間が、1000年後であるこの現代に、時を越えてやってきたとする。そうしたならばその人間は、この時代に、この生活に、適応できないだろう』
一字一句完璧に覚えているわけではないが、おそらくはそんな内容。
なるほど、その通りだと思った。
今から1000年前といえば、日本は平安時代。そんな時代を生きる人間が、この科学技術の進歩した世界において適応し、無事に生活できるだろうか。
答えは、否である。とてもではないが、正常な思考を保てていられるとは、露程も思えない。
「……まあ、人によっちゃ、案外のんびりと生活できるのかもしれないな」
そう、例えば、よほどぶっとんでいる人間とか。
そんな面白おかしい光景が脳内にありありと浮かんだ俺は、僅かばかりの苦笑を浮かべると共に――ヒラリ、と小さく右に跳んだ。
ブォォオオ!!
刹那、今まさに俺の身を突き刺さんと振り上げられた、研がれた刀身の如き牙――その本体である、朱の体色をした猪が、すぐ脇を通り抜けていく。その勢いに風がぶわっ、と舞い上がるが、俺の肉体に損傷はない。
猪突猛進、猪武者とはよくいったものだ。
俺は後方へと振り返り、この身を狙う猪を視界に収めた。
ズザザッ、土煙を上げながら急停止して、再度こちらへと向きなおる朱き猪――名を≪ニースボア≫というこのモンスター。こいつは突進するしか能がなく、弱くはないが、大した強さをもっているわけでもない。
その巨体から繰り出される突進の威力はなかなかのものがあるが、この単調な攻撃、慣れてしまえば躱すのは簡単なのだ。実際、若干の上の空であっても、無意識の内に、己の体は回避行動をとっている。
そう、つまりこいつは――他の被験者よりも劣る点を持つ俺でも、倒すことのできるモンスターなのである。
そんな俺の内心に反応したかのように、鼻息荒く、突進の構えに入るニースボア。そんな状況下にあってなお、しかし俺は思考を止めることはしなかった。
余裕がある、というのもあったが、先程の話には、続きがあったからだ。
『だが、今、この21世紀を生きる人間が、1000年後の世界へと行くことになったとしても、混乱こそすれ、その状況に適応できることだろう』
これが、その続き。
これにも、なるほど、と俺は納得した。有り体に言えば、携帯電話や、テレビ、インターネット。その他にも様々現存する、現代の技術。それらの存在、使用方法などは知っているが、正直言って俺は、それらの構造や使用されている技術、専門知識などを詳しく知っているわけではない。しかし、その完成品を作れぬとも、そういったものが存在している、という知識はあるわけだ。
ゆえに未来、いかなる技術があろうとも、その説明を受け、なおかつ衣食住さえあれば俺は、混乱しながらも、社会に適応でき、なんやかんや現実を受け入れられるはず。……そう考えていた。
――だが。
くぐもった唸り声を上げ、引き絞られた弦から放たれた矢の如き勢いで突進してくるニースボア。それを迎撃しようと、俺は腰を少しだけ低くした。
みるみると縮まっていく、俺とニースボアの距離。
生涯、このような状況に相対するなど、想像したこともなかった。
だが俺は、こうしてここに立っている。こうして、非日常的な日々を過ごしている。つまり俺は、有り得ないと思いつつも、この事実を、現実を、受け入れているのだ。
――それは、認めよう。
「……だけど」
――俺は。浅堂隼斗というこの身体は。
「――こんな未来、絶対に認めねぇ!」
地に映し出された、俺と、ニースボアの影が交差し、重なる、瞬間。
万感の思いを込め、すれ違いざまに俺は――ニースボアの眉間へと右の拳を叩きこんだ。
ビクッ、と全身を大きく震わせ、声もなく大地へと倒れ込むニースボア。
失神し、ピクリとも動かなくなったニースボアの巨躯。それを確認した俺は、ふぅっ、と小さく息をつく。
最初は抵抗のあったこの行動も、すでに慣れてしまった。……いや、慣らざるをえなくなってしまったといったほうが正しいか。
俺は視線を下げると、眼下に横たわるニースボアの、その無防備な腹へと、拳を突き刺さした。
ドスッ、という鈍い音。右手の先から伝わる、生物特有の生々しい感触。
音もなく、姿が半透明になっていくニースボアの骸。やがてそれは、光の粒子となって空へと消えていった。
当然だ。ここは、現実であって――現実ではない世界。
「なんとか、まだ生きてるな……」
ニースボアとのとの戦闘を振り返り、今更ながら身震いする。だが、と俺は頭を振った。
確かにモンスターという存在は、総じて俺達被験者に危害を与える存在だ。こちらの姿を認めれば、否応なしに戦闘を仕掛けてくる。しかし、それ以上に警戒しなければならないのは、俺と同じ境遇にある、被験者達なのだ。
彼らだけが、俺を完全なる死へと至らしめることが可能。そしてそれは、この世界だけの話ではなく、現実においても適応される。
つまり、どちらかというと俺の生殺与奪権を握っているのは、モンスターの方ではなく、同じ人間であると言えるわけだ。
「……そろそろ時間か」
視界の右下隅、淡々と時を刻む数字。これがゼロとなった瞬間、俺は現実へ、元の日常へと戻ることができる。しかしながら、この世界との繋がりは切れない。切るわけにはいかない。
再び、俺はこの世界へと送られることだろう。己の意思ではなく、半ば強制的にだ。
「そういや、そろそろ一ヶ月……か」
ぐにゃり、と目に映る光景が歪んでいく。見れば、右下の数字は、とうにゼロとなっていた。
照りつける太陽、風そよぐ草原。その美しくも、俺にとっては苦にしかならない景色が漆黒に染められていく。
遠のきはじめる意識。その最中、俺の思考は、自然と過去を辿っていた。
全てが変わってしまった日。自らには到底無縁のことだと思っていた、生命の危機。
それを意識させらざるをえなくなってしまった、ひと月前の一日のことを。
文中でもありますが、『』の部分は、本当にどこかで耳にした程度で、あまり覚えていません。
確か、誰かが言った言葉だった気がするんですが……どなたかご存知の方いらっしゃいましたら、教えて頂ければ幸いです。
興味をお持ちいただけたでしょうか?
まだ序章ですが、今後、宜しくお願いします!