【迸る妄想力で】ヤンデレのすゝめ【書いてみた】
福沢諭吉は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言っている。これは、産まれながらにして貴賎上下の差別はないが、学問を学ぶ者と学ばない者で差が出てくるという意味である。
これは私たち学生にも同じことが言える。
恋愛を勤めてよく知るものはリア充となり、無学な者は非リアとなるのだ。
私、高杉鏡花は言うまでもなくリア充に分類される人間であった。
そして自他ともに認めるほどのヤンデレである。
好きな人のことは全部知りたいし、好きな人が友達と話しているだけでも嫉妬するし、好きな人と片時も離れず側にいて触れていたいと思うし、その人以外を好きになることは一生ないと確信しているからである。
つまりヤンデレとは恋愛を勤めて学び、極めた者の行きつく先であると確信している。
そして私は自分が美しく、スタイルが良く、頭が良く、運動神経が良いことを知っている。
告白だって男からも女からも数え切れないほどされているし、先生からの信頼も厚い。
この容姿の所為か、時折とちくるった変態野郎に襲われそうになることもあったが、護身術を習っていたので手厚く撃退してやったら過剰防衛だといわれた。犯罪者相手に過剰も何もあるか。
しかしそんな私にも唯一の欠点があった。
それは未だかつて好きな男ができたことがないということである。
もし好きな男がいれば私の人生は薔薇色になることだろう。
毎日尾行するし、こっそり盗聴器とか盗撮器を仕掛けて見守るし、もしその男に近づくような愚か者がいれば物理的にも精神的にも撃退できる自信はある。
なんて幸せな日々だろう。想像しただけで涎が出そうだ。
「鏡花の彼氏になる男は幸せなんだか可哀想なんだか良く分からないね」
などと言って笑うのは親友の永瀬理沙である。
「いや、どう考えても幸せでしょ?私と付き合えるだけでその他全てを犠牲にするだけの価値はあると思うよ」
「確かにスペックはあるけどさぁ。逆にそのスペックがプレッシャーになって幸せなんて感じる暇がないかもしれないんじゃないかな」
「う……」
ぽわぽわしているように見えて痛いところを容赦なく突いてくる理沙。
言われてみると確かにその通りだ。客観的に見て私のスペックは生半可なものではない。
艶のある長い黒髪に、凛々しくも日本人形のように整った顔。絹のように白く綺麗な肌。身長は165cmほどで、高校生にしては抜群のスタイルを誇る。
さらに学業では常に学内トップを譲らず、親は弁護士である。
性格は……うん、多分この世界で私ほど相手に尽くす女はいないので最高と言ってもいいだろう。
というわけでメンタルの弱い男では逆に潰れてしまいかねないのも事実である。
「も、もう!私のことはいいでしょ!好きな男ができたらそのとき考えるから!」
「好きな男かぁ。私も欲しいなぁ」
私がこの話はこれでおしまいとばかりに声を上げると、理沙がしみじみとした声で言った。
「あんたこの前まで長井のことが好きとか言ってなかったっけ?」
「そうなんだけどね~」
と理沙は机に突っ伏してため息をついた。
ちなみに長井とは隣のクラスの男子である。優しい印象を受ける眼鏡男子だ。
「優しそうな人だなぁって思ってたんだけど、たまたま後ろを通ったとき携帯が見えてね。待ち受け画面がヤミリアちゃんだったんだよね」
「ヤミリアちゃんって何?」
「知らない?鏡花は知らないかぁ。魔法少女ヤミリアって言う、有名なエロアニメなんだけど」
「エ、エロ!?」
「エロはいいのよ。男の子だし。でもね。そのアニメっていうのが、どう見ても小学生くらいにしか見えない女の子が無理やり陵辱されちゃうアニメなんだ」
「うわー……」
「私乱暴な男の子ってダメなんだよねー」
「まぁでも、優しそうな男に限ってそういう凶暴な一面を秘めているものなのかもね。ほら、よくテレビで言ってるじゃない。『普段大人しくて、とてもそんなことをするような人には見えなかった』とかって」
「あー、あるある。やっぱり現実には優しい人なんていないのかなぁ」
「まぁ、男は狼って言うしね」
「もう私はゲームで恋愛するからいいや」
「は?何?あんた恋愛ゲームなんてしてるの?」
「違うよ~。ネットゲーム。ヴァルキリーヘイムっていうの。そこにね。すっごく優しい人がいるんだ」
「へ、へぇ……」
「ちょっと鏡花。引いてない?」
「引いてない引いてない」
「その人ね。すっごく優しいのに頼りがいがあって凄く大人なんだぁ」
「そうなの?でもゲームでしょ?」
「ゲームはゲームなんだけど画面の向こうには人がいるんだよ」
「まぁネットゲームだしね」
「だから私今度その人と結婚するの」
「はいはい。どうせゲームのイベントでしょ」
「もぅ、酷いよ。ゲームだけどゲームのキャラクターはもう一人の私なんだよ」
「じゃあこれで理沙には結婚歴がつくわけね」
「なんでそんな夢のないことばっかり言うかなぁ」
そう言って理沙は頬を膨らませた。
まるで口いっぱいに食べ物を頬張っているリスである。
「冗談だって。ほら、拗ねないでよ。帰りにパフェ奢ってあげるから」
「えへへ、やった」
そう言いつつも支払いになったら理沙は自分の分を出すんだよね。本当に律儀な子だわ。
「でも気をつけなさいよ。理沙みたいなぽやぽやした子がネットゲームのオフ会なんかに行ったらすぐに食べられちゃうんだから」
「あの人に食べられるならそれもありかなぁ」
「理沙!」
「えへへ、冗談だよっ!」
全く理沙は困った娘である。
私は約束通り、学校の帰り道に理沙とカフェに寄って、パフェを食べた。
私の分をフォークですくって食べさせてあげると、理沙はほんとうに幸せそうな顔をする。なんて無防備な……この顔は男には見せられないな。
パフェは本当に美味しかった。理沙も自分の分を私に食べさせてくれたし、やっぱりカフェには親友と来るに限る。
しかし食べた分はしっかりと運動しなければならない。
理沙と別れて家に帰ると、私はジャージに着替えてイヤホンを耳に入れ、カロリーを消費すべくジョギングを開始した。
美しい肉体を保つことは相手を虜にする武器となることを私は知っているからだ。
そしてジョギングを終えた私はシャワーを浴びて自分の部屋に入った。
両親ともに弁護士で忙しく、この時間に家にいることはない。
机に座ってヘッドフォンをセットし、マウスを動かすと、モニターが点灯した。
パソコンがスタンバイモードから立ち上がったのだ。
アイコンをダブルクリックしてゲームを起動する。
ゲーム名はヴァルキリーヘイム。私は自分のキャラクター「鑑」を選択。
防御力に優れたハーフエルフのタンカーだ。
装備、レベル共に課金アイテムを駆使して強化しつくしているため、並みのアタッカーよりも攻撃力がある。
見た目もセンス溢れる聖騎士の青年で、優しい印象を与えるようなアバターにしている。
ゲームに入って友人リストを開く……ようなことはしない。
そんなことしなくても分かるから。
左のモニターを見ると別のプレイヤーの画面が移っていた。
キャラクター名は『リース』。可愛らしいフェアリーの女の子である。
右のモニターを見るとプレイしている本人が映っている。
学校から帰ってすぐにゲームを起動したのだろう。制服のままだ。
他にも私を取り囲むように4台のモニターがあり、それぞれ『部屋全体』『ベッド』『トイレ』『浴室』が映し出されている。
ヘッドフォンから「あっ、鑑さんが入ってきた」と、彼女の可愛らしい声が聞こえてきた。
そして彼女のキャラクターから私のキャラクターへと『ささやき』が飛んでくるのだ。
そう、私には好きな男がいない。
この先も一生できることはないだろう。
なぜなら、私はヤンデレなのだから。