物事はよく考えてから言いましょう
狐視点
あれから随分と時間が経った。
人間の時間で・・・そうだな、百年くらいだろうか。
「・・・ずいぶん、荒れたな」
すっかり荒れ果てた部屋の真ん中で膝を抱えて座り込んでいた彼女は、その姿勢のまま顔だけ上げて辺りを見渡す。
---ああ、やっぱり拭き掃除だけじゃ綺麗にならなかった。・・・なぁ。「そうじき」ってどうやって使うんだっけ?
私一人ならしても仕方ないと。
結局、掃除も辞めてしまった。
--ーあんなに美味しかった油揚げにも飽きてしまった。やっぱりあったかいご飯の方が美味しい。
そう思って、自分で「はんばーぐ」を作ってみようと思ったけど上手くいかないんだ。
そうだ。私は、別に食べなくたって生きていけるのに。そんなことも忘れてしまっていたのか。
あいつに貰った本も、何度も読み直した。求婚者も、育ててくれたおじいさんとおばあさんも捨てて月に帰っていくかぐや姫はずいぶん非常識で酷いヤツだと思った。
・・・ひどいのは私も一緒か。
あんな勝負、しなければよかった。ズキリ、と胸の奥が痛む。
彼はどうしたのだろう。百年と言えば人の寿命とちょうど同じくらい。諦めたか、死んだか。できれば、前者であってほしい。
「・・・私も、探しに行こうか」
何でも願いを叶えてくれる鏡。
たぶんこれ一枚きりで、代わりなどあるはずもないのだけれど。・・・どうしても、叶えたい願いがあるんだ。
それに、ここに閉じ籠っているより、外へ出てみたら心が少しは晴れるかもしれない。
(・・・いや、ダメだ)
ふるふると首を振る。私は神様に貰った面をなくしてしまった。面がないと外に出られない。
それなら、いっそ。
(もう、ただの狐に戻ってしまおうか)
まるで、そんな考えを見通したように。ふわりと誰かに後ろから抱きすくめられた。
流れ込んでくるその体温の主を知っている。信じられない、と離れようとしてもきつく巻きついた腕はそれを許してくれなかった。
「・なん・・・、で・・」
前にも言った。人間の寿命は長くても百年と少しくらい。では、なぜ。なぜ彼はあの時の姿のままで立っているのだ。
「遅くなってごめんなさい。・・・待っていてくれてありがとう」
触れた手も、その紅い瞳も。そのすべてが、彼以外はあり得ないと告げている。
「俺は訳あって普通の人間より寿命が長いんです」
もう言葉は聞こえない。
後から後から溢れてくる涙。理由は分からなかったけど、頬に添えられたその指先は、とても暖かかった。