とある魔法使いの手記
本当に何もない。
誰か暮らしているのかと疑問に思うくらい殺風景な部屋。
「鍋と机と、それから・・・このくらいあれば足りるかな」
ふわり、と低い机が浮かび上がって部屋の中央に移動した。和室にも似合うように高さと色を工夫してみたのだがどうだろうか。
殺風景だったこの家にも、だいぶ物が増えてきた。家、というよりは古びた神社を改装したようなものなのだが。
また物が増えている、と怒る彼女の顔が目に浮かぶようで思わず口元がニヤッとする。
出ていけと口ではいう割に、何もしないのはとても有難い。
まぁ、実力行使されても意地でも出て行くつもりはないのだが。
(それにしても・・・)
最近、やたら靴の中に物が入ってたり顔に何やら書かれたりしているのはなぜでしょうか。
とにかく、夜中寝室に忍び込むのはやめて下さい。そのうち誰かさんに襲われてしまいますよ。
「えっと、」
当の彼女は出かけました。
引きこもりが何やらかんやらと心の中で言っておられましたが、どういう意味なのでしょう。
悪趣味?お褒めに預かり光栄です。魔法使いですから、このくらいできますとも。もちろん、『狐さん』には内緒です。怒られるだけじゃ済まなさそうですから。
・・・いい加減、本当の名前教えてくれませんかね。
さて。お部屋の片付けも、掃除も終わりました。料理も机に並べておきましょうか。
暇になりましたね。夜もまだまだこれからですし、昔話にでも付き合って頂きましょうか。
* * * * *
昔々、とある世界に一人の魔法使いがおりました。
彼はずっと、ある魔法の研究をしておりました。国で一番優秀な魔法使いだった彼は、長い年月をかけ、ついにそれを完成させました。
彼の研究は完璧でした。だった一つを除いて。
完成した液体を瓶に移し変えるとき、手元が狂って飛び跳ねた液が彼の目に入ってしまったのです。
彼は鏡に映った自分の姿を見て絶望しました。
翡翠のような綺麗な緑をしていた瞳は真っ赤に染まっていました。
それの意味すること。「不老不死」と言えば聞こえはいいでしょう。ですが、想像してみて下さい。
彼はこれから、たった一人で生きていかねばなりません。愛する人の死を、何度も看取りながら。人とは一線を画す化け物になってしまったことを呪いながら。
耐えきれなくなった彼は、旅に出ました。魔法を使って時空を超え、様々な世界を巡る旅へ。
当てもなく、とある世界を彷徨っていたある日、彼は少女に出会いました。
まだ年端もいかぬ少女でした。
うずくまって泣いていた少女に訳を聞くと、一言怖いと言いました。
よく見ると体は傷だらけで、服にはところどころ血がついていて、一目で何かあったのが分かります。
聞けば、震える声で人間に襲われたのだと言いました。
さぞかし恐ろしかっただろうと言えば、彼女は違うのだと言いました。
襲ってきたのは人間だけれども、咄嗟に身を守ろうとして彼らを殺してしまった。怖いのは彼らではなく、自分の方だ、と。
---彼女は人間ではありませんでした。この世界に住む人間とは相反する種族で、人間とは仲が悪いのだそうです。
怯えないで、と少女に触れようと手を伸ばしたら彼女は瞬く間に消えてしまいました。
コトン、と音がしたのでそちらの方を見て見ると何やら白い物が落ちていました。拾い上げてみると、それは何かの動物を模った仮面のようなものでした。聞けば、その動物は狐という生き物だそうです。
その後、少女はいくら探しても見つかりませんでした。
ずいぶん探して、もう諦めようとしたとき---。
ガタン、ガラガラ。
ああ、彼女が帰ってきたようです。
では、この話はまた今度。