何でも欲しがる妹に婚約者をねだられた
私の妹は、昔から欲しがりだった。
「お姉様、そのドレス素敵ね。私も欲しいわ」
「お姉様、その髪飾りを私にくださらない?」
「お姉様、そのぬいぐるみくださいな」
「お姉様、その婚約者……私のほうが似合うと思うの」
幼い頃は、微笑ましい妹のわがままだと思っていた。
だから私は、いつも譲った。
「彼シャツならぬ姉ドレスってか……爆裂にかわいすぎ……愛してる……愛らしさに滅される……」
お嬢様、お気を確かに、と侍女に叱られた。
「髪飾りが日の光を反射してまるでヘイローのようだわ……爺やッ画家をここに!!!」
お嬢様、爺やとは誰ですか?と乳母に医者を呼ばれた。
「かわいい妹がかわいいぬいぐるみを抱いている。私はいま、神への信仰を新たにしています」
お嬢様、いっそ出家されてはいかがです?と家庭教師が勧めた。
「私の婚約者がお似合い!??何を言うてんのやこの子は!!あなたは美しさの玉手箱、この世に舞い降りた天女、蓬莱の玉之枝、ドラゴンの逆鱗……誰もつり合う人はいないわッましてや私の婚約者なんて!!」
困惑顔の婚約者の横で妹が頭を抱える。あぁ顔を隠すなんて、天岩戸隠れかしら?わたくし、一肌脱いで踊ればよろしくて??
今は昔、というほどではないけど、バブバブしながらよっこいしょとつかまり立ちに励んでいたところ、思わず転倒し頭を殴打。その衝撃で自分が「エクストリーム☆ラブミラクル♡」の世界に生まれ変わったと気づいた。
「エクストリーム☆ラブミラクル♡」とはだれかが暇つぶしに作った、欲しがり妹モノのフリーノベルゲームである。ルートが無数にあり、基本は欲しがり妹が姉の婚約者を寝取るのを姉が防ぐ物語だが、姉が魔王を倒して勇者になるルートも、大怪獣を手なずけて国を興すルートもあるカオスっぷりであった。
その世界に主人公として生まれ変わった私は、数年後生まれてくる”妹”の存在に戦々恐々とし、来る破滅の刻をなすすべなく待っていた。
が、初めて会ったときの妹と言ったらーーーーー
すべすべのバラ色のほっぺ、ぷくぷくの手足。ふわふわのわたげのような金色の髪に、澄んだ湖のような青い瞳。新生児微笑。
自分、生涯かけてこの子幸せにしていいっすかーーーーー
そんなこんなで欲しがりな妹と何でもあげる姉となったのである。
誤算が一つあり、何でも欲しがる妹になんでもあげたらとんでもない仕上がりになるかと思いきや、私の愛情にドン引きさせる結果となり、まっとうなご令嬢に育ってしまった。
妹は、重い重い愛情にドン引きしつつも、適度に妹かわいがりたい欲を発散させる効率いい手法としてわざとおねだりをしている節がある。ほほえましい我がままではなかったね。気遣いできて賢くてかわいいね。
ドレスも、髪飾りも、ぬいぐるみも、くれと言われたから上げた。ほかにいくらでもあるし、なんなら手ずから作りたかったんだけれどね、そこまではなかなか時間がなくて。その後妹が満足したら返してもらえた。律儀でかわいいね。
そして十七歳になったある日。
妹は、私の婚約者を欲しがった。
伯爵令嬢の私、リリアーナには、王都でも評判の美青年、エドワードという婚約者がいた。
家同士で決められた婚約だったが、私は彼に好意を持っていた。
幼い頃から顔を合わせてきたこともあり、少なくとも私は、彼との未来を悪く思っていなかった。
ところが妹のセレナは、ある日突然こう言った。
「お姉様、エドワード様を私にください」
その瞬間、私は思った。ああ。また始まった。こればっかりはあげるあげないの範疇ではないけれど、なんでいきなり?
「お、お姉さまはわたくしが誰と見合いしても認めてくださらないではありませんか!先日だって、侯爵家のアルノルド様のことを貧弱と言って追い返して…だから、エドワード様をくださいませ!エドワード様がいかに素晴らしいかいつもおっしゃっていますよね。エド様ほどのかたはいらっしゃらないと!」
妹の隣でわが婚約者が顔を真っ赤にして乙女のように照れている。こっちもこっちでかわいいね。
「いやでもそれとこれとは違うのよねぇ」
「違いませんわ!大体、魔王を倒し、リヴァイアサンを手なずけ、異界への扉を開くほどの魔術師であるお姉さまからすればどなたも路傍の小石ではありませんか」
「だって”私”という存在が現にいるのに”それ以下”にかわいい妹を任せる”意味”……なくない……?それに、エド様は私が魔王を倒して片腕を失った際に、治癒魔法で新しく腕を生やしてくれたり、良きサポーターではあるけど、あなたを”守る”力はないのよ」
同室にいる両親も困った顔をした。様々な功績でアルティメットゴールデン紫樹褒章をいただいている私は好き勝手やらせてもらっているのである。もともとおっとりした人たちなので、原作では妹が増長したし、現実では私も増長しているのである。
私は妹を見つめ、一つ思案した。
「分かったわ」
両親が首を傾げた。
えっ、とセレナの顔が輝いた。
「あなたももう、お年頃だもの。あなたを預けるに値する人間がいないのであればーーーーー」
私は腕を鳴らす。この手一本で海を割り、山を割いてきた。エドワードの瞳にもきらりと光が宿る。
「”あなた自身”が、”私”を越えてみなさいッッッッッッッ」
屋敷の屋根を飛ばし、中庭に降りる。両親はあらまぁ、と身を寄せ合っていた。
「かわいい妹よ、あなたの実力をこの姉に見せてごらんなさい。何、わたくしの屋敷一棟分の重し入りのドレス、魔力負荷3000倍の呪いのかかった髪飾りを身に着けることができるあなたなら、瞬殺にはならないわよ」
「お姉様、ーーーーーありがとうございます!」
セレナは嬉しそうだった。
「これまで溺愛してくださった分、お返しして差し上げますわ!」
そういうと、いつか渡したぬいぐるみを繰り出しながら応戦体制をとる。ははぁーん、呪具を媒介としたサモナーか。渋いチョイスね。
「ではマイスイートと将来の義妹の決闘の立ち合いは私が務めさせていただくよ。死ななければ治癒してあげられるからね」
エドワードが要領よく審判の位置につく。
私と妹は、一つ瞬きをすると、次の一瞬、撃ち合い始めた。
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三日後。
「ハァッ、ゲフっ、おねえさま、みとめてくださいませ……」
キューティースウィーティな妹は、さすが私の妹なだけあり、どこまでもくらいついてくる。
「うぅん、でもまだ私の”間合い”に入れてないわよねぇ、せめてそれくらいはね」
汗にまみれ泥にまみれても愛らしい妹を前に、腕を組む。
その瞬間、後ろから風が吹くとともに、自分の黒い髪が散らばるのを視界の端にとらえた。
「セレスッ」
「アルノルド様ッ」
気づけばいつの日か追い返した妹の求婚者が荒れ地と化した伯爵家の庭に下り立った。やべ、改めてみると荒れ地ってやばくない?枯山水にでもしますか。ちらりと両親を見るとのんきにお茶を芝居ているが家令の目が怖い。
「君が姉君に挑戦していると聞いていてもたってもいられずに来てしまった。大丈夫か?」
「ええ、まだ大丈夫よ。絶対にお姉さまに認めてもらって結婚するんだから!」
私は軽くなった髪を手で漉き、目の前で抱き合う二人に声をかける。
「うふふ、面白いわね。全然気づかなかったわ」
「リリアーナ殿、決闘に乱入して申し訳ない。だが、どうしても妹君との結婚を認めていただきたいのだ!」
「うーん、いいわよ」
「セレスのためなら何でもささげる!だからどうか……えっ?」
「だから、いいわよ」
切られた髪を整えなおしながら答える。妹もぽかんとして、立てずにいた。
「私の髪……急所近くに攻撃をあてられたのは初めてだわ。魔王でさえ手足にかすったくらいだったのにね。だから、二人の婚約を認めるわ。お父様とお母様もいいわね?」
振り返ると、屋敷の窓の向こうでお茶を飲んでいる両親が笑顔で手を振る。エドワードも一緒だ。それを見た妹とアルノルドは、思わず抱き合って喜んでいる。
歓喜に震える若い恋人を置いて、湯の準備の指示をしつつ、エドワードに声をかける。
「あなたの仕込みね?」
彼は一瞬虚を突かれたような顔をして、すぐにっこりと笑う。
「だって。妹ばかりじゃなくて、僕との関係も深めてほしかったからね」
そう言い、土ぼこりにまみれたドレスを引き寄せられて、抱きしめられた。
「ふふ、寂しがらせてしまったかしら?でも、あなたのこともちゃんと愛しているのよ」
二人で顔を見合わせて笑いあう。
両親はあらまぁ結婚式の予定が一気に二組決まりそうねぇ、とほほ笑んでいた。




