マカロニとシチューと、バッジの講義。
彼女はやたらと芝居がかった動きでシルクハットを外し、机のはしに掛けた。
それから、目の前のシチューにスプーンを挿し、おどけた調子で語り出す――
「神とは何か、って聞かれて、答えられるかい?」
返事をするものはいない。というよりも、この狭いレストランにいるのは彼女だけだ。給仕も、シェフも誰一人としていなかった。
「ああ、ひとつ前置きをしとこう」思い出したように肩を竦める。「あくまで俺が主眼に置きたいのは『この世界』だ。どっかの神話だとか遠い別の世界について議論したい訳じゃない」
少し話に意図的に間を置いているようだ。クリームシチューを一口、ゆっくり時間を掛けて頬張った。
「辞書を引いてみれば簡素な説明があるよな。えー、『人知を越えた力を持つ隠れた存在』だそうだ」
彼女はそう諳じた。
「ところがだ。こんなファンタジーの世界じゃ、別にそういうわけでもない」
手を前に突きだし、指を3本たてて見せる。
「まず、神は確かに強いが、別に特別すごい力を持ってる訳じゃない。無敵の全知全能だったら神殺しなんて起こりうるはずがないだろ? 少なくとも、人間にだって十分手の届く領域なんだ」
指を一本閉じて、残り二本。
シチューをもう一口食べたが、苦手な野菜でもあったのか軽く顔をしかめた。
「それから、神は隠れていない」
彼女は笑顔を見せているが、どうやら少し自嘲が混じっているようにも感じられる。
「神はときたま表に出て、直接その力を振るうんだ。加護を授けたり、逆に荒らして回ったり……」
何かを言いかけて、やっぱりやめる。
微妙な間をごまかすようにもう一口シチューを食べた。
「まぁそんなとこだ。そして最後」
残りの指は人差し指のひとつだけになる。
「そもそも神と人間の境目はなんだ?」
彼女の目が、鋭く細められた。どことなくその瞳には強い気迫がこもっている。
「たとえば『神界』という陣営がある。ここにはいろんな世界を司る神が所属していて、それらの無数の世界を組織的に管理しているんだ」
自分もその一員だけど、と彼女は呟いた。
「ここに所属してるのは確かに『神』だ。だけど逆に、『神界』にいないなら神じゃないのか? いいや、まったくそうじゃない」
多数の異世界では、悪意を持った邪神もいるし、『神界』とは関係なく支配を行ってきた神もいる。
少なくとも、『神界』を『神』の基準にするには無理がある。
「ならば、逆にさまざまな支配を行っているなら神なのか? 世界を手中に収めていれば神?」
再び彼女は首を振った。
「女王アリは大きなアリの巣を支配してるけど、別に神じゃないしな」
シチューはいつの間にかだんだん減ってきている。
「俺たちはもっと広い視点で世界を見れてるが、アリたちにとっちゃ世界なんてのはせいぜい巣の回りくらいしかない……。逆に考えてみろ、お前も知らないだけでもっと強大な存在がすぐそこにいるのかもしれないぜ」
ただ強い権力を持っているだけでは神たりえない、と彼女は結論付けた。
「なら、信仰を集めていれば神なのか? 少し難しい問題だけど」
彼女は肩を竦める。
「そうだな、仮に俺がここで、マカロニを信仰する宗教を作ったとしよう。マカロニは世界の根元、第一元素。そして信者ができたとする」
ぽん――とコミカルな音を立てて、ふわふわと浮かぶマカロニがテーブルの上に現れた。
「じゃあ、マカロニは神なのか? あははっ、ギャグかコントにしか見えないな」
信仰も、神を神足らしめるには足りないようだ。
「そもそも『神界』では、人間その他が昇格――この言い方は少し偉そうだが――して神になることもある。神は種族名じゃないし、人間でありながら神である、なんてこともザラだ、ザラ」
まあその場合、たいていは寿命が伸びたりなんだりするけど、と彼女は補足する。
「さて、ここで俺の仮説だ」
不敵な笑みを浮かべ、腕を組む彼女。
「この世界には、他の基準とは別に『神である』という独立したバッジがあるんじゃないか、ってな」
消えてしまったマカロニのかわりに、キラキラした3Dレンダー風のバッジが出現した。
その安全ピンを外し、服にそっとつける。あまりに安上がりな『神の証』だ。
「ま、この辺はまたいつか。他のやつらが駆け回って、答えを探してくれるだろう」
どうやら彼女は、この答えにそう興味はないらしい。あれほど熱弁していたのに。
「暇があるんだったら、お前もそのバッジをつけて、いろいろ見て回らないか?」
そっともうひとつのバッジを机に置く。
「まあいいさ。シチュー、うまかったぜ。ごちそうさま」
読んでくれてありがとうございました。なんか自分でもなに書いてるのかよく分からない……。
とりあえず、Mの謎の神様談義です。ちょっとメタいひとです、こいつ。




