第11話「identity――時から取り残された幽霊」 校歌が繋ぐ時間
練習終わり、グラブの手入れをしながら何となく口ずさんでいた。
♪桜ふぶく 桜が丘に…
なんか時々、無意識に校歌歌ってたりする。そして歌ってると甲子園で聞いた時のことも思い出すし、高校での初試合で負けた時、校歌聞きたかったな、って泣きそうになりながら思ったのとかも思い出すし。今は、新しい仲間との絆が少しずつ強くなってきたような気がするからかな。校歌ってやっぱり象徴だよな、気持ちの中で。
ふと目を上げると、ちょっと見慣れてきた姿が目に入る。
あれ、またあの人だ。紅白戦で一軍ベンチの隅に下を向いて座っていた人。この頃たまに見かけるんだよな。校歌を鼻歌に歌い続けながらそんなことを考える。
と、その人はなぜか怪訝そうに俺の方を見て、こちらへ歩いてくる。
「今歌ってた歌は? なんだか聞き覚えのあるメロディーだ… 」
斉唱、ってくらい声を張ってたとは思わないんだけど、耳がいいのかな。
「俺の母校の校歌っす。あの、知ってるんですか?うちの校歌」
「… っ、い、いや…」
その人は小さく首を横に振った後、下を向いた。一軍の人だ、鍛えてるはずだし、体だって小さいわけじゃない。だけど、その時何だか妙に儚げに見えた気がしたんだ。
「先輩、ですよね。紅白戦の時、一軍のベンチにいらっしゃるの見ました。」
「ああ、って言っても一軍半だ、ほとんど試合に出られないし、出ても結果が出せない。この頃は何のために野球をしていたのかも分からなくなっている」
「いや、こんなこと言うと失礼かもしれませんけど… ここにこうしていられる、それだけで恵まれてるんだと思いますよ。まして、先輩は一軍のベンチにいた。望んだら望み続けたら必ず来られるって場所ではないっす、プロっていうのは。だからなんていうか、もったいないっす。そう思います。」
「ああ、そうなのかもしれない… 君、名前は?」
「真田大成です。」
「おれは稲葉幸風」
「え? 稲葉? このグラブの⁉」
手にあるグラブを見る。入部して間もない頃に気付いた、部室に取り残されたように置かれていた古いグラブ、Y.Inabaの刺繡が入っていた。誰かの忘れ物かと思って先輩に訊いたら、「これはここに置いておかなきゃいけないものだ。」とだけ。そのあと縁あって俺の手元に来て、更にしばらくあとで、10年ほど前の県大会決勝前日に事故で亡くなられた先輩の物だったと知った。
……事故で、亡くなられた⁉ えっ?
驚いて(魂消るってのはきっとこんな時のことだ)グラブと先輩の顔を見比べてしまう。
「ああ… 懐かしいな。君が持ってくれていたのか」
「はい、お守りのようなものだと思っていました。甲子園に行った時も持って行ったっす。」
稲葉先輩はつと目元を押さえて上を向いた。掠れた声で言った。
「甲子園… ああ、おれは、手が届かなかったな…」
あの時、10年ほど前に亡くなられた、って聞いた。亡くなられたっていうのが間違いだったとしても、それからは10年以上時間が経っているはずなんだよ、でも、稲葉先輩は俺とそうは歳が違わないように見えて…
……稲葉先輩… 幽霊、なんだろうか。
to be continued
次回へ続きます…




