【7】耳男は川で修行し、ギャルは録画し、大天使は再生ボタンを押す
まだ日も昇らぬ明け方。
長者の邸の隅に、絹を裂くような悲鳴が響いた。
「キャーーー!!」
叫んだのはロクシー。
その前に――バスタオル一枚のルチアーノが湯気と共にふわりと現れた。
「キャーーー!!」
再び悲鳴を上げるロクシーに、ルチアーノが鬱陶しそうに言い放った。
「う・る・さ・いっ!
俺様がお前の悲鳴を聞きつけて、ヨガタイムの後の癒しのシャワー中に来てやったというのに……!
いちいち叫ぶな!」
すると、顔面蒼白だったロクシーが真っ赤になって言い返す。
「……あのね!
おじさんがバスタオル一枚で現れたら誰だって叫ぶのッ!
ここがアメリカなら即逮捕だからね!」
そして、ハッとすると、小声で言った。
「ルチアーノ! あんたも見て!」
「何だ? 異世界の新たなる発見か?」
いそいそとロクシーの指先に視線をやったルチアーノは――
「ギャーーー!!」と叫んでいた。
ルシアンが、網いっぱいの蛇を傍らに置き、高速で川の水を頭から被っていたのだ。
朝霧の中、滝行のような光景が幻想的に――いやホラー映画の予告でしかない。
「ル、ルルルルシアンは何をしてるんだ!?」
「私に分かるわけないじゃん!
あんたこそルシアンのズッ友でしょ!?」
するとルチアーノが額に手を当て、へなへなと座り込んだ。
そしてポツリと、一言。
「……尊い」
川辺を吹き渡る風の音。
「……は?」思わず真顔になるロクシー。
「……ルシアンはアンジュちゃんに、この異世界で完璧な“耳男”としてアプローチしたいんだ……!
俺様の脚本を完全に読み込んでるんだよ……!
だからあれは耳男としての修業だな♪ リリカル♪
流石、ルシアン☆
ロクシー、お前、絶対にルシアンの邪魔をするなよ!」
「しないわよ!
つか、近寄りたくない!
じゃあ、あんたに頼むわ! これ、アンジュちゃんに届けて」
そう言ってロクシーは桐の箱をルチアーノに突き付けた。
「何だ、これは?」
途端につまらなそうに桐の箱を縦から横から眺めるルチアーノに、ロクシーが鋭く告げる。
「届ければ分かるから!
あと、アンジュちゃん以外が開いたら……イレイナの魔術が発動するからね!」
ロクシーのギラリと光る目つきに、ルチアーノは「お、俺様に任せろ!」と言うと、桐の箱ごと薔薇の花びらを散らし、ふわりと消えた。
バスタオルを残して。
その二時間後。
ロクシーはフラフラになって、イレイナの屋敷と化した長者の邸宅の離れに戻った。
イレイナはロクシーを見ることもなく、マリー・アントワネットが使っていたようなシリンダーデスクの前で、和紙に毛筆で書き込みながら訊いた。
「収穫あったの?」
「……収穫?」
ボソッと呟き、冷蔵庫から力なく栄養ドリンクを取り出すロクシー。
「そうよ!
長者の財産を絞り取る方法を偵察して来たんじゃないの?」
栄養ドリンクを一気飲みしてロクシーが言い返す。
「……イレイナ、水晶玉で見てなかったの?」
イレイナは毛筆を走らせながら、怒りの声を上げる。
「見てる暇なんてないでしょ!?
私はこの世界では織り女という身分!
いくら長者に招かれた最高の織り女でも、所詮は奴隷!
企画書を長者にどうやって渡すのが一番効果的か、熟考を重ねてるのよ!」
しかし、返事はない。
ロクシーはソファで爆睡していた。
その頃――。
ガブリエルは侍女から桐の箱を渡され、人払いをした。
「アナマロさまから、姫様に直接お渡しするようにとのことでございます」
アナマロ――つまりルチアーノからの伝言に違いない、とピンと来たガブリエル。
だが箱を開けると、中にはタブレット端末と充電器。そして一枚のメモ。
『アンジュちゃん! これからはこれで連絡を取ろう!
イレイナにもこの回線は見破れない!
まずはフォルダーの【ルシアン/1】を観て! ロクシーより』
「流石、ロクシー……! 有能で思いやりもある!」
安堵したガブリエルは録画を再生する。
しかし、それは――覗いてはならぬ禁忌の儀式だった。
川で高速で水を被り続けるルシアン。延々と一時間以上。
やがて網から蛇を取り出すと――真っ二つに裂き、その血を一滴残さず飲み干していく。
何度も、何度も。
さらに皮を剥ぎ取り、大切そうに網へ戻す姿。
録画はそのまま闇に消えた。
「な、何だこれは……!」
脂汗を滝のように流しながらも、ガブリエルは目を逸らさなかった。
震える手で、最後まで見届けた。
最初は怒りしか無かったが、次第に表情は確信に変わっていく。
「……そうか!
この奇行こそ、ルシアンが見つけた新たなる神の儀式……!
私は恩寵を失った身ゆえ気付けなかったのだ!
早急にルシアンを呼び、全てを報告させねば……!」
窓辺に立ち、祈りの姿勢を取る。
「神よ……私は理解しました…!ご安心下さい!」
そして、異様に爽やかな午後の日差しを浴びながら、声を張り上げた。
「ルシアン……耳男を呼べ!!」
しかし。
待てど暮らせどルシアンは来ない。
ロクシーにタブレットからメッセージを送っても、返信は来ない。
通話もしてみたが、ロクシーは出ない。
そこで、ガブリエルはふと気が付いた。
ロクシーからのタブレットに、ロクシーが出ないということは……今はロクシーはまたもやルシアンの撮影をしているのではないかと…!
「神よ、私は待ちます……御心に従い」
そう心中で祈ったガブリエルは、ロクシーの邪魔は出来ぬと判断し、ロクシーからの連絡を待つことにした。
ゆさゆさと身体を揺すられて「……んあ?」とロクシーは目を覚ました。
「……ロクシー、大変よ!」
珍しくイレイナが青ざめて立っていた。
「何よ〜? 企画書を渡す方法でも決まったの……?」
ロクシーがふああと大あくびをして答える。
「ちがーう!
あんたの為に水晶玉でルシアンを見たの!
あんたは大事なビジネスパートナーだからね!」
ロクシーがカバッと起き上がる。
「えっ! マジで!? ありがとう、イレイナ!
ルシアンはどうしてるの!?」
「……小屋に籠もってるわ……!」
思わず、ずっこけるロクシー。
「そんなの分かってるってば! それでルシアンは何してるの!?」
「それがね……強力な天使の恩寵で小屋を護ってるから、この私でも中は見られなかったの!
つまりルシアンは本気で大天使の恩寵を使ってるの!
だから、ルチアーノの頭の中を覗いたのよ……!」
ゴクリと喉が鳴るロクシーに、イレイナが深刻な顔で続ける。
「大天使ルシアンは本気よ!
本気でアンジュに恋してる!
これは神に消されるわね……!」
「……は? ……え!? じゃあ……あのルチアーノの茶番は、私達がこの異世界で生きやすくする為じゃなくて……」
イレイナが重々しく頷く。
「……そう。元の世界でアンジュと両想いになれば、ルシアンは神に消されてしまう……!
だから、この異世界で、ルシアンとアンジュを結びつけたくて、馬鹿なりに必死に脚本を書いて実行しているのよ!」
ロクシーが立ち上がり、叫ぶ。
「でも! アンジュちゃんにとって、ルシアンは“何か無理な男”なんだよ!? ……あっ! だからか!」
「……何よ?」
イレイナがギロッとロクシーを睨む。
「……言葉より見た方が早いかも」
そして――ロクシーは再生ボタンを押した。
その直後、イレイナの笑い声が凍りつく音がした。
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