【4】耳男の家を見た悪魔が言った「俺様もな☆」
長者と夜長姫の住む豪奢な屋敷の離れ。
渡り廊下で屋敷に繋がるその建物は、外観こそ古風だが――中身は完全にイレイナの趣味だった。
その中では――
イレイナが真紅の革張りの一人掛けソファに座り、シャンパンを飲んでいた。
天井から吊り下がる眩いシャンデリア。
ロココ調に統一された室内。
そう、イレイナが魔術で作り上げた『空間』である。
ロクシーは、イレイナが用意してくれたお気に入りのアメリカのカフェチェーンのカフェオレを、ずずーっと飲みながら言った。
「アンジュさん、大丈夫かな?」
イレイナがホホホと自信たっぷりに笑う。
「大丈夫よ!
私がアンジュに“身体を保つ”最高のまじないを掛けておいたんだから!
これでアンジュは、この日本の昔話の世界でも身体は汚れないし、怪我もしない!
アンジュにはあの美貌を保って、ハリウッドに帰り、私の広告代理店のミューズになるのよ〜!」
ロクシーがふうっと息を吐く。
「まあ、身体は安心だよ?
でもさあ……あのルチアーノの脚本、やり過ぎじゃない!?
アンジュさんの心が折れない?
こんな異世界に転生させられてるだけでも驚いてるだろうし……。
顔面蒼白で固まってたよ!?
侍女の人達に引きずられて退場してたじゃん!」
「見解の相違ね」
バッサリと言い放ち、イレイナはシャンパンフルートを傾け、一口飲む。
「確かにルチアーノの、ルシアンの初恋作戦とやらは馬鹿馬鹿しいわよ?
第一、大天使が恋に落ちる訳ないじゃない。
――ったく、あのボンクラ!」
そして、イレイナがコホンと咳払いして続ける。
「でも、あんたに耳男の……ルシアンの耳を切り落とさせるのは良いアイデア!
これでアンジュは“異世界転生したんだ”という事実を受け入れるわ。
嫌でもね。
ショック療法よ」
「……まあ、確かに。
突然、日本の昔話的な世界に来ちゃったアンジュさんは、混乱よりも事実を受け入れるよね。
でもな〜……」
イレイナがギロッとロクシーを見る。
「でも、何よ?」
「イレイナは女の子の気持ちを分かってない!
アンジュさんは全米NO.1ランジェリーモデルだけど、まだ22歳で、中身もとっても良い子なんだよ!?
あんな流血沙汰見て、『ここは、どこ?私は誰?』から『あ!私がここに居るのは現実!まずは生き抜こう!』なんて思えないよ!
ショック療法じゃなくて、普通にショックを受けて立ち直れなくなるかもよ!?」
「でもね!
あの鬱陶しいルチアーノも追っ払えて、アンジュに現実を認識させるには、あれがベストでしょ!?」
「……イレイナ……長生きしすぎじゃない?」
ロクシーのボソッとした呟きに、イレイナが眉を釣り上げた。
「……何ですって!? じゃあ反論してみなさいよ!」
………幸せってなんだっけ???
ガブリエルは三重に積まれたふかふかの布団の中で思った。
あれから数時間が経過しているのは分かる。
何故なら外は真っ暗だからだ。
だが、あの場面が繰り返しガブリエルの脳内に再生される。
――そっと、ルシアンの大きな左耳をつまんだロクシーが、懐剣で削ぎ落としたのだ……!
飛び散る鮮血……!
……いや、待て。何の儀式だ、これは!?
――分からん……!!何度考えても分からん!!
そしてロクシーは――
「これが馬の耳のひとつですよ。
他のひとつはあなたの斧で削ぎ落として、せいぜい人の耳に似せなさい」
と、棒読みで言った……。
それからロクシーは、ルシアンの血の滴る左耳を酒杯の中へ落として立ち去った。
――分からん……!!
本当に何度考えても分からん!!
第一、ロクシーという人間は、あんな残酷なことはしない。
それになぜ、ロクシーまでもルシアンと同じく意味が不明過ぎる棒読みの言葉を発するのだ!?
まだ、あのリアル過ぎるルシアンの大耳の方が理解出来るわ!
あれはきっとこの世界での、ルシアンの神の儀式に欠かせぬ物……!
だけどーーー!!
それをなぜ、ロクシーが切り落とすのだ!?
大天使の神の儀式を邪魔するとは大罪!
ならばルシアンが止めれば良いではないか!
例え、恩寵が使えずとも、体格差があるだろう!?
――あーもう……幸せを思い出したい!
神に仕える幸せ!
次の瞬間、ガブリエルがガハッと布団から起き上がる。
たわわな身体を揺らし、ガブリエルは涙を零した。
「この過酷な試練こそが、この私、選ばれし大天使ガブリエルに下された使命なのですね……!!
神よ!
ご安心を!
私はこの異世界からでも、聖人誕生を見届けます……!!」
一方、その頃。
邸内の隅の小屋では、ルチアーノが最高級の赤ワインを口にしながら、小屋の中を見回していた。
「見た目は掘っ立て小屋だが、中々良く出来てるな!
高窓は二重造りに仕掛けられてるし、戸口にも特別な細工を施して、仕事場を覗くことが出来ない!
これを自力でやるとは……“耳男”という人間は本物の天才だったらしい……! 素晴らしいな!」
そう言うと、ルチアーノは肩を竦めた。
「だがな〜!
こんな一面に雑草が生え繁り、蛇や蜘蛛の棲み家に何で小屋を建てるんだ!?
もっと良い場所があるだろ!?
俺様なら絶対嫌だ!
ルシアン!
お前、恩寵を使ってもうちょっとマシな場所に建て替えろよ!
イレイナはもうやってるぜ?
人間には見えない空間で豪勢に、な!
俺様もな☆
ワインセラーも揃ってるぞ♪」
ルシアンが静かに答える。
「この“耳男”は、人々が恐れて近付けぬ場所であるからこそ、ここを選んだのだ。
ならば私はここで“耳男”としての神の儀式を行うまで」
ルチアーノが即座に言い返す。
「この小屋に通う俺様が嫌なの!!
不潔な場所はリリカルな俺様には合わないのっ!」
「ルチアーノ? 何が言いたい?
ならば通わずとも……」
ルシアンがそこまで言いかけた時、ルチアーノがガッシリとルシアンの肩を掴んだ。
「ルシアン! お前と俺様はズッ友❤️
だから今度こそお前の初恋を成就させてやる!
しかもここは異世界……!
最高にロマンチックだろ……?
しかも今回の俺様の脚本でアンジュちゃんはきっと今頃……
『ルシアンってあんなことをされても動じないの?素敵!』
『異世界転生しても堂々と匠として生きる覚悟をしてるのね……!素敵……!』
ってウットリして、お前の似顔絵でも書いて枕の下に置いてるだろうなーーー!!
もう、俺様のリリカルな感性が辛い〜!」
「つまり、アンジュ様はご満足されていると?」
至極冷静なルシアンの問いかけに、鼻息荒く答えるルチアーノ。
「そうだよ!
しかも……お前とロクシーに覚えさせたあのセリフ……!!
あれは、この日本の昔話の世界で、あの時あの場所に一番相応しいセリフなんだ……!!
アンジュちゃんに、さぞ響いてるだろうな……リリカル♪
日本の昔話の世界に入り込むには、この俺様の頭脳とセンスと感性が必要ってことだ!
ほら!
第2弾の脚本だ! 頭に刻めーーー!!」
ルチアーノが、和紙に毛筆で書かれた紙の束をルシアンに突き付けた。
そして、翌朝――。
長者の奥の庭で、ルシアンはムシロの上に斧を片手に座っていた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
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