【14】天界の"ま、いっか♪"
倒れていた木こりを抱いて長者の屋敷に戻ったルシアンを出迎えたのは、イレイナだった。
「……イレイナ」
ルシアンが静かに告げる。
イレイナは小さく頷いた。
「――ええ、分かってる。
この異世界に危険が迫ってるのよね。水晶玉で確認したわ。
その木こりを屋敷に送ってやって。この瞬間のみ――結界を解く」
ルシアンは無表情のまま、イレイナを見た。
その刹那、木こりの姿がルシアンの腕から消える。
「イレイナ、私はこの災厄を封じる」
そう断言するルシアンの瞳に、イレイナの冷たい視線が突き刺さる。
「ここは私達がいた地球じゃない。
しかも神の命令も無く、あんたが動くの?
私達――アンジュ――も含めて五人を、元の世界に戻す完全な方法も分からないのに?
危険だらけだと思わない? 天使だけのやり方では……!」
ゴォォォ――
森から生き物のように黒雲が雷を無数にはらみ、屋敷へ伸びてくる。
その轟音の下、ルシアンとイレイナは中庭で対峙していた。
「大天使の私に、地獄の王と魔女と手を組み、災厄から人間を護るのは傲慢だと言うのか?」
「そうよ! 正にそう!」
イレイナのシルバーブロンドの髪が炎のように逆立つ。
「この際、大天使として、なんて言ってる場合じゃない。
魔術を使える三人が手を組まないと」
雷鳴にも負けぬ声で、イレイナは叫んだ。
ルシアンは“視る”。
長者の邸はイレイナの最強のまじないに守られ、外界から隔絶されていた。
全ての雨戸が下ろされ、固く閉ざされた屋敷の奥には、侍女たちに囲まれたアンジュの姿。
――アンジュさまは?
その間、0.3秒。
ルシアンは静かに言った。
「イレイナよ、邸に入れ。お前のまじないに籠もれ」
「……何ですって!?」
イレイナの瞳が怒りに染まる。
だがルシアンは動じず答える。
「私がこの厄災を封じ込めよう。
イレイナは生き残り、アンジュさまを元の世界に戻すのだ。頼んだぞ」
「あんた……死ぬ気?」
イレイナは冷たく問いながら指先を弾く。
途端に、ルチアーノとロクシーが中庭に現れた。
「ルシアン!」 二人の声が重なる。
その瞬間、雷が庭を裂いた。
飛び上がるルチアーノとロクシー。
「イレイナ! 何をしている!? 早く三人で邸に籠もれ!」
珍しく怒鳴ったルシアンの声を遮ったのは――
「ルシアンよ!」という、厳かで神々しい声だった。
雷鳴の合間、空が裂けるように白く光る。
その光の中に、ガブリエルが立っていた。
「アンジュ!?」
イレイナがカッと目を見開く。
「どうしてあんたがここに!?」
「先程、まじないが解かれた。その隙に私も邸を出た。
だが――そんなことはどうでも良い!」
ガブリエルの声が大地を震わせる。
「ルシアン、この私に許可無く殉教するとは何事だ……!」
ルシアンはパッと跪いた。
「アンジュさま……ですが、もうこの方法しかございません!」
「たわけ!
天使が殉教して厄災が収まるとでも!?
殉教者とは聖人であらねばならぬ! つまり、人間である!」
ルシアンは静かに息を吸い、瞳を閉じた。
「……御意に」
「よいか。お前は大天使として成すべきことをせよ。
イレイナ、ルチアーノ、ロクシーを邸に閉じ込め、
あのやさしい人間共を大天使の恩寵で包み込め。
これからどんなことが起ころうとも!」
ルシアンが頷くと、三人の姿が光に包まれ邸の上段へ移る。
ガブリエルはそっと地面に座り、祈りの姿勢を取った。
青い瞳に涙を浮かべながら、静かに告げる。
「さあ、ルシアン。私を天使の剣で刺せ。
この身を捧げよう」
邸の中では――
イレイナは言葉を失い、ロクシーが叫ぶ。
「どういうこと!? アンジュちゃんが犠牲になるの!?」
ルチアーノが重々しく答える。
「ロクシー先生……大天使の剣で刺され、殉教するのは……最大のパワーを発揮します。
きっとこの厄災も吹き飛ぶでしょう。アンジュちゃんは自らを犠牲に……ッ」
ロクシーが頭を抱える。
「そのアレヤコレヤを知りたくないの!?」
ルチアーノは前髪をかき上げて余裕の笑みを浮かべる。
「ロマンとは、秘すれば花なり」
その瞬間、ルチアーノの足の指の間にシャンデリアの一部がブスッと落ちた。
ルシアンは剣を掲げ、ガブリエルの胸に突き刺す。
流れる血。
仏像に落ちる涙と鮮血。
――そして、大地が揺れた。
世界が反転するように、光が消える。
ロクシーが覚えているのは、高らかなラッパの音だけだった。
目を開けると、そこはハリウッドのアンジュの屋敷のリビング。
「………へ?」
思わず間抜けな声を出すロクシーに、ルチアーノが飛びかかる。
「ロクシー先生……! 我々、ハリウッドに戻ったであります! イェーイ☆」
薔薇の花びらとクラッカー。
イレイナが怒鳴る。
「う・る・さ・い! アンジュの犠牲の上に私達は帰ってこれたのよ!? 黙れ!」
ルチアーノがしょぼんとして寝室を指さす。
「だけど……アンジュちゃんは無事だぜ?」
一瞬、全員の思考が止まる。
「ルシアンの恋心が爆破しちゃったんだよな……分かる!
愛する人を犠牲には出来ない……例えそれが大天使の約目であっても!
だから、アンジュちゃんもルシアンがアレヤコレヤして無事だったんだよ! 尊い❤️」
寝室では――
「なぜ、私はベッドに寝ていなくてはならないのだ?」
不機嫌なガブリエルがルシアンを睨む。
ルシアンは恭しく答える。
「他の者共は、人間のアンジュさまが殉教し、奇跡的に助かったと思っております。
その方がベストでは無いかと。でしたら休息を取るのが当然でしょう?」
理詰め! 確かにそう! だけどね!
ガブリエルは唸りながら考える。
(私の身体にはイレイナが“身体を保つ”まじないを掛けていた。
だからルシアンは自分の聖なる血を剣に込め、刺す振りをし、
その血で世界を救った――)
……だが、あの瞬間。
私の涙とルシアンの血が仏像に触れた時――奇跡が起きた。
――戦闘専門のミカエルが来たんだよ……!?
なぜ!? どうして!?
これはお礼事案!? でも何を贈れば!?
……受胎告知の絵をミカエルで描かせるべき……?
うーんうーんと唸っている間に、ガブリエルはふっと姿を消した。
天は静まり返り、御座を囲むのは無窮の光。
大天使ガブリエルは神の御前にいた。
「ガブリエルよ、良くやった。見事、聖人の誕生を見届けた」
「身に余るお言葉……大天使ガブリエル、恐悦至極に存じます」
「これからも聖なる仕事に励め」
「御意にございます。この身を呈してでも……!」
神の御前を退いたガブリエルは考える。
――聖人……誕生……見たっけ?
どんなに思い返しても、聖人が誕生してないッ!!
でも神がおっしゃるなら、きっとそうなのだ!
「……ま、いっか♪」
天は静まり返り、羽音だけが響いていた。
〜fin〜
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
これにて完結です!!
途中体調不良により、更新が大幅に滞り申し訳ございませんでしたm(_ _)m
よろしければ【エピローグ】を次ページに書いてありますので、読んでみて下さい☆
もっとこの物語が楽しめます!ミカエルが来た理由と聖人の正体も…。
明日からはこの爆笑メンバーがNYで難事件に挑みます!(笑)新たな人間のキャラクラーも登場します☆
ファンタジーと現実世界の融合をお楽しみに♪
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