【13】羽根を抜いたら世界が揺れた――大天使、敬愛と樹液の境界線――
燃える小屋を背に、ルシアンは歩いた。
華やかな柄on柄のスーツは、ところどころ破れ、焦げている。
だがその姿に、敗北の影は微塵もない。
長者の使用人が仏像と厨子を運ぶと申し出たが、ルシアンは首を横に振った。
――それは大天使としての誇りだった。
昨日の朝、ガブリエルが去った後。
ルシアンはルチアーノを追い払い、ただひとり考え続けた。
自分の仏に、まだ“足りないもの”は何か。
どんぐりの樹液に浸したジッバー付きポリ袋の中の仏像。
巨石の重みのお陰か、樹液は確かに染み込み始めていた。
だが――明朝までに“耳男”として納得のいく形に仕上げるのは、到底不可能。
ならば、まずは厨子を作る。
その形と模様は、夜長姫――すなわちアンジュさまの調度にふさわしく、可憐で美しくなければならない。
そして、扉を開けた瞬間に現れる像の凄みを引き立てるためにも、外装はあくまで“優雅で柔らか”でなければならない。
ルシアンは、無我夢中でノミを振るった。
そう――ヴァチカン総本山に仕えたエクソシスト、ガブリエーレ・アモルト神父のごとく。
その姿はまさに祈りと狂気の融合――エクソシズムそのものだった。
「厳かに問いかける……あるいは、勧告する……
私は大天使ルシアンとして――」
呟きながら、ノミを打ち込む。
あえて細工を凝らさず、扉には花鳥を軽くあしらうだけ。
豪奢ではないが、質素の中に“神の品格”が宿る。
それでこそ、真なる厨子だとルシアンは満足げに微笑んだ。
そして――静かに大天使の翼を広げ、羽根を一本抜き取った。
ドンッ――。
轟音とともに、大地が揺れた。
イレイナの離れでは、次々と悲鳴と怒号が飛び交う。
ロクシーが顔を上げ、「今の音……ただの地震じゃない!」と叫ぶ。
「魔力の揺れ……!? まさか……!」
イレイナが水晶玉に手を翳した瞬間、ルチアーノが「俺様のズッ友センサーが反応してる!!」と叫び、勢いよく扉を開けようとして――
ドンッ。
次の瞬間、反対側の壁に叩きつけられた。
「イ、イレイナ……!」
呻くルチアーノを、イレイナが一喝する。
「うるさいッ! この異世界で魔術を使えるのは三人――私、お前、そしてルシアン!
つまり、ルシアンが何かしたのよ!
今、安全なのはこの“空間”だけ!
絶対に扉を開けるな! 次にやったら、あんたを消す!!」
「アンジュちゃんは……!?」
ロクシーの絶望混じりの声に、イレイナが振り返る。
「あのね! ルシアンはアンジュに恋してるの!
大天使が付いてるんだから、一番安全でしょ!?
あんた、頭いいんでしょ!?」
ロクシーが言葉を失う中、イレイナは水晶玉に向かって低く呪文を唱えた。
十秒後――
イレイナは沈黙し、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「アハハハッ!! イヤだーもう! 大天使って本当に馬鹿ばっかり!!
アンジュに振り向いてもらいたいからって……そこまでする!?」
「イ、イレイナ……質問しても……いいですかー……?」
ルチアーノが情けない声で言うと、イレイナが手をひらひらさせる。
「許す!」
「ルシアンが……何かしたのか!?」
イレイナがくるりと振り返り、にやりと笑った。
「ええ、したわ。
自分の“大天使の翼”から羽根を一本抜いて――あの“ジッバー付きポリ袋の仏像”の樹液に浸けたのよ!」
笑いが止まらないイレイナ。
ルチアーノも「……えっ……ズッ友……!? 恋じゃない! 愛しちゃったんだ!」と目を丸くしている。
「どういうこと?」とロクシーが眉をひそめると、ルチアーノがピョコンと正座をして解説を始めた。
「ロクシー先生! 大天使の羽根には“天の恩寵”が詰まっております!
それを神が“落とす”のではなく、大天使自らが引き抜くとなると――
その無限のパワーが解き放たれるのですッ!
ですがルシアンは、本気の恩寵でジッバーポリ袋に封じた……!
だからこの程度の被害で済んでいるのです! ラブ❤️」
ロクシーが頭を抱える。
「だからーーーッ!
ルシアンはなんで、どんぐりの木の樹液にあんなに拘るの!?
そこまでできるなら、ジッバーポリ袋いらないでしょ!?
恩寵で仏像をヒタヒタにして、羽根をくっつければいいじゃない! ビール!」
「ハイッ!」
ルチアーノが瞬時に冷蔵庫を開け、瓶ビールをロクシーの前に差し出す。
それは『アルファ・フォニケーション:IBU2500』――驚異的な苦味を誇る、カナダ・フライングモンキーズ社製のビールだ。
ロクシーは一気に飲み干すと、ぷはっと息を吐いた。
そして――俯いて肩を震わせているイレイナに、不思議そうに声を掛ける。
「……何してんの?」
「だって……!!」
イレイナが立ち上がった瞬間、ショッキングピンクの薔薇の花びらが舞い、
ゴールドの煌めきが空間を満たした。
「大天使が、人間に本気で恋して――愛したのよ!?
感情を持たないはずの天使が!
しかも、そのアンジュは私の広告代理店のミューズ!
ランジェリーだけじゃないわ! 香水も、ドレスも、世界中で売れる!
この瞬間を見られたなんて……感動するぅ〜〜!!」
ロクシーは呆れ顔で「ハイハイ。じゃあ安全なのね? 寝ていい?」とだけ言い、
イレイナと――なぜかルチアーノがそろってウンウンと頷くのを確認して、
ビール片手に寝室へと消えていった。
そして――翌朝、運命の日。
ルシアンは、昨夜から燃えさかる小屋を後にし、自ら台車を引きながら、長者の屋敷へと向かった。
その姿を見た使用人たちは、驚きのあまり声を上げ、慌てて風呂へ入るよう命じる。
ハッ……!!
私はなんということを……!
これから夜長姫に転生された大天使ガブリエル様に、“耳男”としての神の新たなる儀式の成果をお見せするというのに……!
ガブリエル様からの教え――“ルッキズム”を失念するとは……!!
そして考える。
私は“耳男”。ならば人間の前で恩寵を使うべきか?
否。
私は風呂場で恩寵を使い、“ルッキズム”を遂行するまで……!
そうしてルシアンは、「台車に誰も触れるな」と厳かに言い残し、屋敷の風呂場へと消えた。
――そして一分後。
ルシアンは完璧な光沢を放つ姿で、何事もなかったかのように台車のもとへ戻って来た。
――その速さ、まさに大天使クオリティ。
そうして導かれた奥の間。
長者が“夜長姫”――ガブリエルを従えて姿を現した。
上段の椅子に並んで座る二人。
やがて、ガブリエルがゆるやかに口を開く。
「珍しい弥勒の像をありがとう。
他のものの百倍、千倍も気に入りました」
――と、棒読みで。
その瞬間、ルシアンは畳に額を擦りつけ、歓喜に震えた。
「ガブ……いえ、夜長姫さま!
この耳男、身に余るお言葉を頂戴し、至極光栄に存じます……!」
ロクシーから教わった脚本に、
大天使としての祈りと荘厳な所作を重ねる。
すると長者が、やさしく語りだした。
「耳男よ、顔を上げよ。
この短期間で、よくぞここまでの作を仕上げた。
お前の弥勒は皮肉の作でありながら、彫りの気魂は凡手の業ではない。
ことのほか姫が気に入ったようだから、それだけで私は満足だ。
よく、やってくれた。」
そう言って、長者とガブリエルは、
ルシアンへ数々の引き出物を与えた。
そして――ガブリエルが立ち上がろうとした、その時。
長者が穏やかに告げる。
「そなたほどの匠、これにて手放すのは惜しい。
夜長姫の姿を刻み、残してくれぬか?」
「は?」
ガブリエルがガハッと長者を見る。
一方でルシアンは、歓喜のあまり立ち上がり、天に祈りを捧げた。
「これは私が“耳男”としての――新たな試練!
ありがたくお受けいたします!!」
脂汗を浮かべるガブリエルに、長者が視線を送る。
「姫はどうじゃ?」
「……えーと……あの……」
モゴモゴと返すガブリエルに、長者がにっこりと笑った。
「姫はお前に完成を急がせた。
姫はお前の腕前を見抜いておったのだ。
夜長姫は美しいだけでなく、教養深く、審美眼もある。
なんと素晴らしき日……!
姫も同意じゃ。耳男よ、頼むぞ。」
「……はい……!」
ルシアンの声には、再び大天使としての決意が満ちていた。
ルシアンが屋敷から出ると、待ってましたとばかりに、ルチアーノとロクシーがいた。
ルチアーノは両手を広げ、満面の笑みを浮かべる。
「も〜!! ズッ友の照れ屋さん❤️ 恩寵で奥の間を囲うなよ〜! それで!? アンジュちゃんはお前の仏像と厨子を選んだよなっ!? なっ!? ラブ❤️」
浮かれきった声が響く中、ロクシーは冷ややかな視線を向けた。
「……で? 詳しく」――それだけ。
ルシアンは無言のまま、ウサイン・ボルトの速度を保って走り去った。
そして、森の奥深く――。
ルシアンは、ガブリエルの等身大の姿を刻む木を探すべく、一本一本を吟味して歩いていた。
大天使ガブリエルに相応しい、神聖なる木。
その器――“アンジュ”の黄金比にふさわしい、大きく気高い木を。
やがて、木こりらしき人間が倒れているのを見つけ、ルシアンの無表情がわずかに揺れる。
「イナゴの大群が来る……!」
確信に満ちた声で告げた瞬間、森の上空を覆う黒雲が渦を巻いた。
イレイナの離れでは、シャンデリアが激しく鳴り響く。
ロクシーが叫んだ。
「まさかまた……ルシアン!?」
その横で、ルチアーノが呆然と呟く。
「……ズッ友が……また愛の奇跡をおこす……❤️」
次の瞬間、イレイナは無言でルチアーノを壁に叩きつけ、水晶玉を睨みつけた。
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