【12】ジッパーポリ袋の仏は知るのか?―ふんどしの朝から始まる終わり―
それから三日間――異世界の森には、カブトムシの羽音と、ルシアンのノミの音が響き続けた。
だが――
ロクシーが、この異世界"夜長姫ワールド"の木こり達が木を伐採する時間に合わさせたので、ガブリエルにはルシアンの"奇行"は伝わっていない。
それに、ロクシーの命令により、ルチアーノが30分おきに、水晶玉でルシアンの様子を観察することになっていたのだ。
ルシアンのどんぐりの木を裂く行為が終わった夜、ロクシーはイレイナの館と化した長者の離れで、ポーランドのウォッカ「スピリタス」(アルコール度数98%)をジンジャーエールで割りながら、ブツブツ言っていた。
「どんぐりの木から樹液を取る!
そして没薬を作りたい!
丸っきりズレてるけど、ルシアンならそう考えても仕方ない!
だけどさあ……」
ロクシーの座った目がギラリと光り、正座しているルチアーノがそのままピョンと跳ねる。
「そ・れ・を!」
数秒の沈黙。
ルチアーノの喉がゴクリと鳴る。
「恩寵で作り上げた、ジッバー付きポリ袋に保存するのはどうなの!?
そこで、恩寵を使うなら、樹液も恩寵で採取しろっ!!」
ルチアーノが冷房庫から素早く氷とジンジャーエールを持って来る。
「ロ、ロクシー先生……!あれは……ルシアン的に耳男になり切った修業では…ないかな〜……なーんて!」
ガンッ。
ロクシーがグラスをテーブルに音を立てて置く。
「……だったら!
樹液を貯める桶とかもさあ…自分で作るべきでしょ!?
違う!?」
「そ、その通りでありますッ!」
再び正座したルチアーノが即答する。
すると、イレイナがホホホと笑った。
「もう、ルシアンのことは忘れましょ!
長者に企画書を渡せたし♡
しかも最高の場面でよ?
何と長者から私を招いたんだから!
長者は感動してたわ……!
絶対にサイン…じゃなくて押印するわ…!!」
「イレイナ!!」
ロクシーが叫ぶ。
「じゃあ次は、この異世界からハリウッドに帰る方法を考えることに、専念してよ!?
仏像と厨子が出来上がろーと、帰る方法が分かれば、即帰るからね!」
イレイナがピンクのドンペリをシャンパンフルートに注ぎながら、「ハイハイ」と答える。
ロクシーは小さく息を吐き、グラスの氷を見つめた。――この異世界……誰が先に壊れるか、勝負かも。
「……つか、ハンコ文化ってまだ生きてたんだ…」
ロクシーは遠い目をして呟いた。
ルチアーノの朝は早い。
5時半起床。
さっと洗面。魔術で作り出した、元の世界でも愛飲している富士山から湧き出るミネラルウォーターをコップ一杯。
壁に飾ってある純白のふんどしに一礼。
そして30分のヨガタイム。
軽くシャワーで汗を流し、一息ついたところで、高タンパク・低カロリーの野菜とフルーツ中心の朝食。
そこで大体6時なので、水晶玉でルシアンの小屋周りを観察、日誌に記録――
だが、その日は違っていた。
水晶玉を覗くと、ガブリエルがたった一人でルシアンの小屋の周りをウロウロしているのが見えた。
長者の腹心の部下『アナマロ』に転生したルチアーノには、その重大さが分かる。
夜長姫ともなれば侍女の数百人余り!
常に侍女頭が夜長姫に仕え、夜長姫は決して一人になることは無い。
「……アンジュちゃん……!? どうやって侍女の壁を突破して来たんだ!?」
眉を寄せ、真剣に観察。
だが、次の瞬間。
「……あーーーッ!!」
ルチアーノが水晶玉を抱きしめる。
「尊い!!!
アンジュちゃんは高貴な夜長姫ゆえ、ルシアンに自由の会えない!
だから、会いに来たんだ……!!
恋のパワー❤️❤️❤️」
だが次の瞬間、気付く。
あのルシアンの小屋には、外部から人が入れないように、扉に特殊な仕掛けがあることを。
そして、今はルシアンが大天使の本気を出して恩寵で小屋を守っている!
地球最強魔女イレイナすら、その中を見ることは不可能!
つまり、アンジュが扉に手を触れた途端、弾かれるか、扉の罠に掛かってしまう!
「……ロクシー先生から、勝手な行動は固く禁じられているが……アンジュちゃんの安全が最優先!
俺様は行きます!ロクシー先生!
先生の教えと共に……!リリカルーーー!!」
そう叫ぶと、ルチアーノはルシアンの小屋へと飛んだ。
ガブリエルは――覗けそうで覗けないルシアンの小屋を、イライラしながら見回っていた。
だが、大天使ガブリエルとして、自分からは訪問するのはプライドが許さない。
――ルシアンめ!
私がここに来るのにどんなに頑張ったと思う!?
床板を外して……地面を這って来たんだぞ!!
たわわな身体が、まあ邪魔なこと!
早く気づかんか!!
お前は真面目を発揮する場面がいつも間違ってるんだよ!!
そうガブリエルの怒りが頂点に達した時だった。
「アンジュちゃーん!アンジュちゃーん!」というルチアーノの叫び声が聞こえた。
どうやら川の方角。
ガブリエルがクリスタルのピンヒールに足を取られながらも、何とか川に近づくと……。
……そこにいたのは――純白のふんどし一丁で、水を被るルチアーノだった。
高速で。何度も、何度も。
――何をしているの???
ガブリエルがポカンとルチアーノを見ていると、ルチアーノが嬉しそうに川から上がって来る。
「良かった〜!アンジュちゃんを呼ぶベストな方法はこれしか無いと思って……!」
キラッと微笑むルチアーノ。
ガブリエルが無言でルチアーノの姿を上から下まで見ていると、パッとルシアンが現れた。
「アンジュさま…!ここで、何を!?」
跪くルシアンの頭を――ピンヒールで思いきり踏み抜きたくなる衝動を、
ギリギリで抑え込むガブリエル。
――ルチアーノのふんどし姿を私に見せたいの!?
お前は!!
もっと早く気付く瞬間があっただろ!!!
「……仏像の製作の進捗状況は?」そう厳かに問うガブリエルに、無表情なルシアンの顔に僅かに影が差す。
「……それが…!未熟な私をお許し下さい!
私は"耳男"の天賦の才を再現できぬ、愚か者…!
神の儀式は未だ遂行されておりません……!!」
だからーーー!!
一言で良いだろうが!
「まだ完成に至りません」で良いのッ!!
お前はこの異世界の耳男にどんな感情を持ってるの!?
この世の終わりみたいな顔をするな!鬱陶しい!
「……では、私に見せよ。私の導きを与えよう」
ルシアンの大天使の翼が出現し、神々しく煌めく。
そして、自然と開く、ルシアンの小屋の扉。
「…なんと!
アンジュさま、自らお導き下さるとは!
私の感謝の祈りを捧げます……!!」
………。
しばしの、間。
い・ら・な・い!!
ガブリエルは心で叫ぶと、開かれた小屋の扉へと歩き出した。
ガブリエルは叫ばなかった。
だが――
今までに無い……そう、大天使ガブリエルとして持ってはならぬ最高の"怒り"で満ちていた。
天井から、無駄に美しく揺れる――無数の蛇の皮のカーテン。
そして……
何かのドロッとした液体に漬けられた、ジッバー付きポリ袋に入れられた仏像……。
その上には重しなのか、ストーンヘンジの親戚級の巨石が乗せられていた。
ふんどし一丁のルチアーノの悲鳴も、ガブリエルの耳を素通りするだけ――
ここまで……イミフ!?
"耳男"って……ここまで意味不明な仏像作りの天才なの!?
いや――違う!
これは……絶対に…あのクソ真面目大天使ルシアンの解釈違い!!
大体、分かるでしょ!?
仏像に"重し"を乗せる匠なんて存在しない!
どの世界でも…!!
すると、ルシアンの感激に満ちた声が響いた。
「アンジュさま…!
アンジュさまの、そのようにご感動するお姿……!
初めて拝見いたしました…!
大天使ルシアン…感激の極み…!
この身は震えております…!」
――勝手に震えてろよ!!
ガブリエルが美しい額に青筋を立てていると、ルチアーノがわっと泣き出した。
「アンジュちゃんにルシアンの想いが刺さってるーーー!!
……これってもう恋が始まってる!?
ルシアン…!!良かったな…!
恋をしても賢くいるなんて、不可能なんだよな!!分かる〜❤️❤️❤️」
片手で薔薇の花びらを撒き、片手でクラッカーを鳴らす起用なルチアーノを見る、殺気立ったガブリエルの視線――は、誰にも届かない。
フランシス・ベーコンの名言をパクるな!
………あーどうしよう……
何から説明したらいいの…?
まず、仏像から???
だが私は、今は完全に人間の器のみにいる。
もし、あのポリ袋のジッバーを開けて……悪臭がしたら…!いやっ!絶対するッ!耐えられん……!!
そして――ガブリエルは決断した。
「ルチアーノよ。そなたはこの異世界では、長者の腹心の部下アナマロ。
長者に伝えよ! この私、夜長姫は、明日の朝一番に仏像と厨子が欲しいとな!」
ルチアーノが「ハハッ…!仰せの通りに!」と答えると同時に深くお辞儀をし、純白のふんどし一丁で去って行く。
ルシアンは――絶望に満ちた目でガブリエルを見上げていた。
「ガブリエルさま…!
私は"耳男"として、明朝までに"耳男"としての完璧な仏像と厨子を造り上げることは叶いません!」
――うるさいッ…!!
お前の解釈違いの耳男理論は聞きたくないの!!
これで……お前の奇行からも解放される……
私って本当に優秀♪
神の第一のしもべと言ったら、大天使ガブリエル〜♪
そして「姫様じゃ!」「姫様が見つかった…!」「誰ぞ!長者さまに伝えよー!」という叫ぶ侍女達に囲まれ、ガブリエルは去って行った。
――だが、この時の誰も知らなかった。
森に満ちていたのは、神々しき光ではなく――静かに広がり始めた“異変”の気配だった。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
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