【11】スパイシーとかどうでも良い!異世界没薬クラッシュ!!
絢爛豪華な夜長姫の部屋。
昼食後のお茶を味わいながら、ガブリエルはご機嫌だった。
ロクシーから届いた一分足らずの動画には、耳を取り戻したルシアンが、森の中で仏像を一心に彫る姿が映っていた。
それは控えめながらも真剣で――まさに神々しき大天使にふさわしい行為だった。
しかも、ロクシーのメッセージにはこう添えられていた。
「アンシュちゃん! この異世界、マジで神ってる!
ルシアン、昨日の自分バーベキューを反省して、神に祈ったら耳が再生したの!
神様のAIサポート力すごくない!?
まあ、“無理男”の行動テンプレだと思って許してやって!」
「良かったーー!!」
感動のあまり、目の前の“帝転倒級”の和菓子を一口でいった。
「うまっ! 何個でも行ける!……じゃ、無くて…!」
ルシアンよ……!
やはり、ここは異世界。
聖なる務めを果たそうとして、おかしな方向に走っていたのだな……!
しかし、大天使として目覚めたのだ! 素晴らしい!
真面目が過ぎるルシアンなら、そうなるか。
そう思うと自然に笑みがこぼれる。
「お代わり!」
――大天使の午後は、今日も穏やかにズレていた。
その頃――。
異世界の空気を遮断するかのように、バイオハザード用防護服を着込んだロクシー。
そのヘルメット越しに――タブレットからイレイナの大声が炸裂した。
「成功よ!
大・成・功!
長者の心は掴んだわ〜!!
あとは企画書を渡す完璧なタイミング♪」
――そう、ルシアンの両耳が再生された後のこと。
ロクシーは「アンジュちゃんを安心させたいから」と言って、
ルシアンの仏像造りが最も美しく映える場所へ連れて行き、
その姿を動画に収め、メッセージ付きでガブリエルへ送信していた。
その間に、ルチアーノはふんどしからいつものスーツに着替え、
ロクシーの台本を頭に叩き込み、
長者のもとへ腹心の部下『アナマロ』として向かった。
そして――長者に厳かに告げた。
「長者さま。
なんと……耳男に昨日の修行の成果が出ました!
仏の御姿を彫っていた時、眩い閃光が天より走り、
耳男の耳が再び蘇ったのでございます……!!」
長者は「なんと……!」と息を呑み、御簾を上げさせた。
そしてルチアーノを直視して問う。
「アナマロよ……お前は、その耳を見たのか?」
「はい、長者さま! 夜明け前、閃光をこの目で見ました。
駆けつけると――耳男の両耳が甦っておりました!」
長者は扇で顔を覆い、震える声を漏らす。
「あなや……! 何たること!
では耳男を打たずした私の判断は、御仏のお導き……!
アナマロよ、良くやった! 褒美を取らそう!」
だが、ルチアーノは神妙に首を横に振った。
「ありがたきお言葉……!
しかし、褒美をお渡し下さるなら、織り女のイレイナに!」
「……イレイナ? なぜじゃ?」
「イレイナは娘のしたことを後悔し、
あの日から一日も欠かさず、この邸の奥の奥――
鎮守の森で祈っていたのでございます。
耳男の耳の蘇りを……!!」
長者の目から、感動の涙がこぼれた。
「おお……! イレイナは織り女として天賦の才を持ちながら、
慈悲の心をも備えておるというのか……!!
吉兆じゃ……!
これは姫のための御仏と厨子が完成するという前触れ!
――ではアナマロよ。イレイナに望みの品を聞いて参れ」
ルチアーノは「ははっ……!」と頭を下げ、
静かに長者の前から退いた。
そして――ダッシュでイレイナの屋敷と化した離れへ戻って来ていたのだ。
すべてを水晶玉で見ていたイレイナは、ご満悦の表情を浮かべる。
「これで長者の心は掴んだわ……!
異世界の脚本も、私の掌の上!
……ってロクシー、聞いてるの!?」
ロクシーが面倒くさそうに、タブレットに振り向いた。
「その脚本書いたの、私だし!
短時間でルチアーノの芝居をしごいたのも私!
見て分からない!?
今、ルチアーノに香水を作らせてるの!
アンジュちゃんに刺さる香りの!!」
「……ハイハイ、ご苦労さま!
じゃあ私は最終稿を書くわ!」
「どーぞ。勝手に何枚でも書けば?」
そう言ってロクシーは、タブレットの通信を容赦なく切った。
そして、防護服の中で小さくため息をつく。
「異世界っていうより……現場、修羅場って感じなんだけど……」
どうするべきか――。
この異世界に“悟り”を示すために、あと一歩。
だが、その“一歩”が果てしなく遠い。
ルシアンはノミを手に、滝に打たれながら考え込んでいた。
その滝、ブラジルとアルゼンチンにまたがるイグアス滝の如し。
落差八十メートル、滝壺四キロ、悪魔の喉笛と同じく轟音を放ち――
もはやWi-Fiの電波すら届かぬ領域。
ルシアンは滝壺に叩き落とされそうなギリギリの場所で、
身を震わせながらも聖なる祈りを捧げていた。
頭に浮かぶのは、小屋にある“耳男”の仏像。
仕上がりは完璧。これ以上のものなど無い。
“耳男”本人ですら、これを長者と姫に献上するだろう。
――だが、何かが足りない。
何を足せば、“耳男”の仏像は真に完成するのか?
耳男ならば、仏像すら“呪う”だろう。
だがロクシーに「蛇裂き禁止」「川高速水被り禁止」と厳命された。
ならば滝しかない。誰が止められようか。
祈り続けること、五時間余り――。
そして、ルシアンは滝に打たれながらカッと目を見開いた。
「神よ……! 私に素晴らしい啓示をありがとうございます!!」
叫ぶや否や、翼を広げる。
そのまま何の迷いもなく――
悟りの象徴たるどんぐりの木へと飛翔していった。
ロクシーはイレイナに魔術で再生してもらった、
『生クリームシナモンかけチョコフラペチーノ』を飲みながら、バスタブに浸かっていた。
今日一日で三人分の頭脳を使った気がする。
脚本家、監督、演技指導――ついでに悪魔の保護者。
だから、これくらいのご褒美は許される。誰にも文句は言わせない。
湯気の向こうで、ロクシーの肩がとろける。
泡の山の上にフラペチーノを浮かべながら、満ち足りた声でため息を漏らした。
「はぁ〜〜……この瞬間のために生きてる……」
そこへ突然――
「だからッ!ロクシーは入浴中なの!!」
屋敷中に響くイレイナの怒鳴り声。
まただ。
風呂に入るたび、誰かが世界の終わりみたいな声で呼び出してくる。
ロクシーは素早くイヤホンをつけ、お気に入りの曲とバブルバスに逃げ込んだ。
「どーせ……ルチアーノが明日の脚本がどーのこーの言いに来てるに決まってる……」
泡をすくいながら、彼女は小さく呟く。
「でもあと10分ぐらい待たせても……」
シャッ――。
唐突にシャワーカーテンが開け放たれた。
「な、何すんのよ!?」
ロクシーが悲鳴を上げると、イレイナが息を荒げて叫んだ。
「……始まったわ……!」
「は? 何がよ……?」
「ルシアンが今度は――どんぐりの木を切ってる……!!」
……数十分後。
チョコレートフラペチーノを握りしめたまま、しぶしぶ風呂から上がる。
それから三十分後――
ロクシーとルチアーノは森の奥へと駆けつけていた。
木漏れ日の中、ルシアンはすでにどんぐりの木の幹をノミで裂き、樹液を集めている。
その姿はまるで修行僧と狂信者の融合体。
しかも、足元には大量のどんぐりが、神々しい供物のように整然と並べられていた。
ロクシーが呆然と立ち尽くす。
「……ねえルチアーノ、これ何の儀式?」
ルチアーノは眉間に皺を寄せ、唇を震わせた。
「……何してるんだ!? ルシアン!?」
滝のしぶきと同化するほど無心な顔で、ルシアンが答える。
「仏像に足りないものを私は悟った……! それは“呪い”だ。
だが私は大天使として――神に捧げる没薬を、仏像に捧げようとしている!」
「……没薬!? いや、それってエチオピアとかソマリアの木じゃないのか!?
スパイシーな香りがするはずだろ!? どんぐりで良いのかよ!?」
ルチアーノの正論が森に響くが、ルシアンは神々しく微笑んだ。
「……いや、きっと香りはせぬ。
だが――カブトムシの大好物ならば、神の使いにも通じるはず……!」
「スパイシーとかどうでも良い!!」
ロクシーが絶叫する。
「早くルシアンを止めて!!
またルシアンの奇行がアンジュちゃんの耳に入ったら、私でもフォローできないんだから!!
どんぐりの木を裂くなーーー!!」
その様子を、水晶玉の中からイレイナが見守っていた。
唇を噛み締め、肩を震わせる。
「ダメ……笑っちゃ……ダメよ……! 今笑ったら……この作戦、全部パー……!!」
だが次の瞬間、
ルシアンが“どんぐり没薬”を天に掲げて祈りのポーズを取ると――
森中のカブトムシが一斉に飛び立ち、黄金の羽音が轟いた。
イレイナは机に突っ伏して爆笑した。
「もう無理ぃぃぃ!!」
――そしてこの異世界には、今日も神々しいほどのカオスが満ちていた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
明日も17時更新です☆
Xはこちら → https://x.com/himari61290
自作のキービジュアルやキャラクターカード貼ってます♪
\外伝の元ネタはこちら✨/
『最強捜査官』本編 → https://ncode.syosetu.com/n2892lb/




