裏アカに咲く、告白
秋晴れの空の下、天栄学園では文化祭の準備が本格化していた。
廊下には立て看板や装飾の準備が並び、どの教室にも笑い声が満ちている。
けれど、その喧騒の中――柚月の心は静まり返っていた。
(湊と、あれから必要最低限しか話せてない)
いつものように裏チャットは続いている。でも、画面の向こうの彼が何を思っているのか、分からないままだ。
そのくせ、心のどこかで待ってしまう。
いつかまた、前みたいになんて、都合のいい希望を。
その日の午後。
校内に小さな爆弾が落とされた。
「――ねえ、これ見た……? 裏掲示板に、白瀬会長のバイト写真……」
教室で、廊下で、カフェテリアで。
ざわめきが広がっていく。
スマホの画面には、エプロン姿の柚月が映っていた。
誰が見ても、あの完璧な生徒会長とは結びつかない姿だった。
――庶民派スーパーの総菜コーナー。
――笑顔で客に頭を下げている。
「マジ? 本物……?」
「なんでそんなこと、隠してたんだろう」
「清楚系ぶってたけど、やっぱ裏では庶民だったんだ」
匿名の言葉たちが、ナイフのように画面を這っていた。
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生徒会室。
柚月は震える指でスマホを握りしめていた。
(誰が、こんな……)
息がうまくできない。視界が揺れる。
写真を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
「私……終わったんだ」
小さく、呟いた。
そのとき、ドアが勢いよく開いた。
「会長!」
クラス委員の女子が駆け込んできて、目を潤ませながら言う。
「退任とか、やめてください! 会長がいなかったら、文化祭も……」
「……ありがとう。でも、もう限界なの。私、嘘をついてたから……」
それは、自分への言い訳でもあった。
(湊にも、嘘をついた。私の気持ちは嘘じゃなかったのに)
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翌朝、天栄学園の体育館。
臨時集会の空気は重く、どこか張りつめていた。
壇上には柚月。制服のリボンが微かに揺れる。
「私は、皆さんに隠していたことがあります。家計の事情で、スーパーでアルバイトをしていました……それは、生徒会長として相応しくないという声もあると思います」
真っ直ぐに前を見つめている。震える声を、噛みしめている。
「だから……生徒会長を辞任します」
場内がどよめいた。
その時だった。
「待てよ、それって――俺のせいだろ」
マイクもなしに、その声は広がった。
観客席の後方から歩いてきたのは、黒川湊だった。
壇上へ、誰にも止められずに上がる。
「この写真、俺が投稿した……柚月に、あきらめてほしかった。完璧なふりをやめてほしかった。偽装の関係なんて、壊してやりたかった」
――全員が息を呑んだ。
その告白に、真偽は誰も分からない。
でも、彼の瞳には揺るがないものがあった。
「俺が、会長を好きになったから……だから、壊した」
それは、矛盾だらけの告白だった。
けれど、どこまでも真っ直ぐだった。
柚月は唇を噛み、目を伏せた。
「……バカ」
小さく、震える声で呟いた。
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集会後、生徒会室。
柚月は机に突っ伏したまま、泣いていた。
誰かが庇ってくれたことじゃない。
湊が自分を守ってくれたことでもない。
「嘘」で始まった二人の関係が、
今、ようやく本音に触れた気がして。
それが、何よりも嬉しくて、そして苦しかった。
(私は……もう、嘘をつかない)