副会長は見ている
午後六時を過ぎた頃、商店街の通りは夕飯時の買い物客でにぎわっていた。
「いらっしゃいませー!」
元気な声と共に、白瀬柚月はエプロン姿で惣菜のパックを並べていた。額にはうっすら汗。けれど、その表情はどこか楽しげで――。
「お姉ちゃんのコロッケ、三つちょうだい!」
「はーい、ありがとう! あっ、ソースいる?」
店の奥から母親の声が飛ぶ。
「柚月、唐揚げもお願い!」
「了解っ!」
制服の上にエプロンを羽織っただけのその姿は、学園での完璧な生徒会長とはまるで別人だった。
――そして、その姿を遠巻きに見つめていた男がいた。
「……ふぅん」
黒いジャケットに身を包んだ桐島玲は、路地の影からスマホのシャッターを切った。画面には、惣菜屋で働く柚月の姿が鮮明に残されていた。
「やっぱりね。完璧な人間なんて、この世にいないんだよ」
彼は画面を閉じ、静かに呟く。
「完璧な仮面は、どこかで綻ぶ……俺の見立ては、間違ってなかったってわけだ」
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翌朝の生徒会室。珈琲の香りが漂う中、玲は机に資料を並べていた。
「会長、先日の生徒総会の議事録、チェック済みですか?」
「うん、昨日のうちに目を通したよ。修正点もまとめてある」
表情はいつも通り。完璧な生徒会長の仮面を崩さずに、柚月は微笑んでみせる。
だが、玲はその仮面の裏を、もう知っていた。
「……そういえば、最近、夕方の商店街が騒がしいですね」
カツ、とペンを置く音が響いた。
「たまたま昨日、近くを通りまして。おいしい惣菜屋さん、ありましたよ」
「……」
「店員の女の子が、とても礼儀正しくて。制服姿にエプロン、似合ってました」
一瞬、柚月の表情が止まる。
けれど、彼女は微笑を崩さなかった。
「そうなんだ。私も行ってみようかな」
「……君って本当に、完璧すぎるのが欠点だよね」
玲の声は穏やかだったが、その奥にある意図は鋭かった。
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一方、湊は校舎裏で柚月を待っていた。
「遅いな……」
ポケットに手を突っ込んで空を仰ぐ。青い春の空は、どこまでも澄んでいた。
「……待たせた」
「やっと来た。なにかあったのか?」
柚月はいつも通りの笑顔を浮かべていたが、その視線は揺れていた。
「……ねえ、湊。もし、私が完璧じゃなかったら……どう思う?」
「は?」
「たとえば……秘密を抱えてたら……幻滅する?」
湊は一瞬、視線を逸らした。
「お前、何言ってんだよ。最初から――完璧なやつなんていねえだろ」
ぽつりと、彼は続ける。
「むしろ、無理してるほうが、見ててしんどい。俺は……素のお前のほうが、たぶん好きだ」
その言葉に、柚月は小さく目を見開いた。
(好き……また、言った)
だが、心の奥にある不安は、そう簡単には消えてくれなかった。
同じ頃。
「ふむ……」
玲は、生徒会のサーバー管理ツールを前に、何やら操作をしていた。
表示されるのは、全校生徒のLIMEグループ管理画面。
数百名の連絡履歴、投稿履歴、裏掲示板へのアクセスログ……。
「裏チャットね。……君たちの秘密って、そんなに守れるものかな?」
画面の隅には、【柚月】と【湊】の名前が並んでいた。
玲の指が、ゆっくりとファイルを開く。
「さて――」