恋愛はアプリじゃ測れない
昼休み。教室の一角で、スマホを囲む女子グループの声がはずんでいた。
「見て見て! このアプリ、運命の相性診断だって!」
「えーやるやる! 名前と誕生日入れるだけで、恋愛相性がわかるんだよ!」
ざわつく空気のなか、柚月は黙って弁当のフタを開けた。だが、横からぬっと顔を出してきたのは――
「はい、白瀬会長もやってみてー」
女子の一人が、無邪気にスマホを差し出す。
「えっ、私? いや、そういうのは――」
「ダメダメ、こういうのはノリが大事!」
気づけば、周囲は恋人役の黒川湊の名前を入力済み。
「ちょ、勝手に!」
読み込み中――
画面に表示された数字に、場が一瞬静まり返った。
《相性:13% 最悪の組み合わせです》
「ええっ!? マジで最悪判定!?」
「これは運命が拒否ってるやつ~!」
笑い声と冷やかしが飛び交う中、柚月は笑顔を保とうとした。でも、どこかでひび割れそうになっていた。
(たかがアプリ……なのに、こんなに動揺してるの、どうして)
そのとき。
「うるさいな」
机に肘をついていた湊が、ちらりと視線を上げた。
「数字なんかで何がわかんだよ……俺は、けっこう好きだけどな」
一瞬、時が止まった気がした。
からかっていたクラスメイトたちが、目を丸くする。柚月も、呼吸を忘れていた。
「な、なに言って……!」
「言葉通りだよ。好き。……まあ、演技ってことにしといてもいいけど」
冗談めかした調子。でも、その目は、嘘をついていなかった。
その日の放課後、裏チャットがひとつ、更新された。
・湊『お前、今日あのあとからずっと黙ってたけど』
・柚月『……べつに』
・湊『けっこう好きのとこ、スルーしすぎじゃね』
・柚月『うるさい。あれは演技でしょ?』
・湊『じゃあ演技で、あんな顔すんな』
スマホの画面を見ながら、柚月の指が止まる。
(……演技じゃなかったんだ)
そう思ってしまった自分に、ドキッとした。
(ダメ。これは契約なんだから。湊だって……)
だが、教室の窓の向こう、夕焼けに照らされた彼の横顔は、どこまでも本気のように見えていた。
そしてもう一人――生徒会副会長の桐島玲は、別の角度からその様子を見ていた。
「……なるほど」
彼の指先には、画面に映った恋愛診断アプリのコードが開かれていた。
「嘘を隠してるやつの目は、すぐに歪むんだよ……白瀬柚月も、黒川湊も」
玲の視線が静かに冷めていた。