幼なじみは嵐のように
月曜日の朝。天栄学園の正門前はざわついていた。
春の転入シーズンには少し遅れていたが、それでも「可愛い転校生が来るらしい」という噂は、あっという間に校内を駆け巡る。
「なにあの子、モデル?」
「一緒のクラスだったら死ぬ……!」
人だかりの中心にいたのは、ピンクベージュのゆるふわロングに、整った目鼻立ち。そして、抜群の愛嬌を備えた美少女。
「日向瑠衣です。今日から皆さんと一緒に頑張ります。よろしくお願いします♪」
にっこりと笑うその仕草ひとつで、教室の空気がふわっと明るくなる。声も、どこかアイドルめいていた。
隣の席から柚月は――白瀬柚月は、無意識に目を細めた。
(……すごいな。愛されるタイプって、こういう子のことを言うんだ)
だがその翌瞬。
「あ、湊!」
日向瑠衣がまっすぐ黒川湊に向かって走り出した。
そして、まさかの――
抱きついた。
きゃー!と女子の一部が叫び、男子は騒然とする。
柚月の思考は、一瞬でフリーズした。
「うわ、久しぶり! 本当にここに転校してくると思わなかったでしょ?」
「……いや、マジで驚いた」
「そっちの髪、まだ寝癖あるし。相変わらずだね」
まるで旧知の関係のようなやり取り。
(いや、っていうか――旧知?)
何かに気づきかけた柚月の前に、今度は瑠衣がまっすぐ向き直る。
「あなたが、湊の彼女……だよね?」
「えっ、あ……はい。まぁ、そういうことになってます」
なってます――と語尾を濁したのは、嘘が苦手だからではなく、演技としての彼女だから。
けれど、瑠衣はじっと見つめて、やがてにっこりと笑った。
「ふーん。白瀬さん、めちゃくちゃ美人だね。しかも会長? 完璧すぎて、ちょっと怖いくらい」
――なんだろう、この笑顔。やわらかいのに、刃がある。
「……ありがと。転校初日って緊張するよね。わからないことがあったら、いつでも聞いて」
精一杯、いつもの会長スマイルで返す。柚月も負けてはいない。
周囲ではすでに、女子たちが「どっちも女神……!」と騒ぎはじめていた。
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昼休み。
柚月が屋上でひとりお弁当を広げていると、扉が開いた。
入ってきたのは、やはり瑠衣だった。
「あ、ごめん。誰かいるとは思わなかった」
「別に、気にしないで」
二人で並んで座ると、なんとなく無言が続いた。
「湊ってさ、昔から不器用なんだよね」
不意に、瑠衣がぽつりと呟いた。
「すぐ照れるし、人に頼るのも下手だし。でも、自分が決めたことは、絶対に譲らない」
「……そうなんだ」
「中学のとき、一度だけ告白したことがあるの。私から」
柚月の手が、一瞬止まる。
だけど瑠衣は、まるで昔話をするように続けた。
「そしたら『今は、ちゃんと気持ちを返せない』って断られた。優しい言い方だったけどね。でも、そのときの顔……今でも忘れられない」
「それで、今回……」
「会いに来た。ちゃんと、もう一度だけ向き合いたかったから」
言葉には、芯があった。
「白瀬さんは……彼のこと、本気で好きになったりしてないよね?」
「え?」
「違うならいいの。けど――本気になる前に、やめたほうがいいよ」
風が吹いた。昼の屋上なのに、どこか肌寒い。
瑠衣は立ち上がり、スカートを整えながら笑った。
「湊って、誰かを幸せにするには不器用すぎるから」
「……それでも、今の私は契約してるだけ。嘘の恋人ごっこ。だから……問題ないわ」
平然と、そう返した。
けれど、胸の奥はざわついていた。
(嘘をつくのが、こんなに苦しいなんて)
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放課後。裏チャットグループに湊からメッセージが来ていた。
《あいつと話した?》
《……話した。昔の話も聞いたよ》
《あいつ、時々鋭いから。変なこと言われてたらごめん》
柚月は、送ろうとしてやめた文をいくつも削除する。
結局、送ったのは一言だけだった。
《私は大丈夫だよ》
それは、強がりか、本音か。
自分でもわからないまま、スマホの画面を閉じた。
嵐のようにやってきた幼なじみ。
その風は、確実に二人の関係に小さな歪みをもたらしていた。