ヤンデレ予定の婚約者に嫌われたいので、私のほうがより愛の重いヤンデレ令嬢になってみた
初めて婚約者と会った時、私の全身が硬直した。
お相手に運命を感じたとか、そんな甘いものじゃない。
婚約者の顔を見た瞬間に、前世の記憶を思い出したのだ。
「ギレンベルク侯爵家嫡男のジェラルドです。以後お見知りおきを、婚約者殿」
彼は少し癖のあるビリジアンの髪を、高位貴族にしては少々風変りだけれど左右で長さの違うアシンメトリーな髪型にしていて、端正な顔立ちに柔和な笑みを浮かべている。立ち振る舞いは上品で優雅、着ている衣装も華美ではないけれどセンスのよさが光っていた。
私が前世の記憶を思い出さなかったら、きっと一瞬で恋に落ちてしまっていたはず。
けれど、ただの十三歳の伯爵令嬢ではなくなってしまった私には、わかってしまった。
ジェラルド様は左目にモノクルをかけているのだけれど、そのグリーンアイズは、びっくりするほど感情がなかった。
私は内心慄いていたけれど、なんとか挨拶を返す。
「……カメリア・パフェットです。これからよろしくお願いいたしますわ」
大好きな両親と大好きなパフェット伯爵領のための婚約だ。否などない。
否など、なかったのだけれど……。
「カメリア殿。先に確認しておきたいのですが、僕たちが婚約を結ぶ理由はご存じですか?」
「はい。パフェット伯爵領の薬草は王国随一の品質と種類を誇っております。品種改良も盛んなため、毎年のように新種が生まれております。ギレンベルク侯爵家は王家からの信が篤く、魔法研究所の管理を担っておいでです。魔法薬学部門の発展のために、パフェット伯爵領の薬草をお望みだと」
魔法研究所とのパイプが出来て、我がパフェット伯爵領は安泰。
ギレンベルク侯爵家は既存の薬草はもちろん、新種をいち早く魔法薬学の研究に使うことが出来る。
両親からはまだ聞かされていないけれど、共同事業も計画しているのだと思う。
「ええ、その通りです。その契約を結ぶために、僕とカメリア殿が使われれることになりました。ああ、いえ、両家の合意を不服だとは言いません。僕にとっても、パフェット伯爵領の薬草は魅力的ですからね」
これはつまり、『きみ個人には魅力を感じません』と言いたいのでしょう。
「お茶会やパーティーのエスコート、折々の贈り物……、あと他に、婚約者として必要な役割はなんでしょうかね? まぁ、なんでも構いません。『婚約者のジェラルド・ギレンベルク』が御入用でしたら、手紙をください。カメリア殿の虚栄心を満たすために友人に見せびらかされるだとか、人前で心にもない愛の言葉を囁くだとか、そういう馬鹿みたいな役割だって、きちんと果たしてさしあげましょう。……でも、それ以外はすべて僕の自由時間です。魔法研究に時間を捧げさせてください」
あまりにも正直過ぎる彼の言葉に、私は傷付いたり呆れたりするよりも『やっぱりね』という納得を感じていた。
「では、カメリア殿。これにて失礼」
言いたいことは言ったとばかりに席を立ち上がるジェラルド様の背を、私は半笑いで見送る。
両親や領地のために円満な政略結婚をする気で、婚約者との初対面に臨んだのだけれど。
まさかお相手が、乙女ゲーム『ナナイロの初恋』のヤンデレ攻略対象者だなんてね……。
▽
「まずは、『ナナコイ』のジェラルド様ルートについて、覚えていることを書いてみましょう」
ギレンベルク侯爵家からパフェット伯爵家に帰ってきた私は、自室で一人きりになると、ノートとペンを用意して机に向かった。
前世ぶりに日本語で書いてみると、思っていたよりも文字を覚えていて、スラスラと書くことが出来る。
『ナナイロの初恋』、通称『ナナコイ』と呼ばれたその乙女ゲームは、愛らしいヒロインと七人の個性様々なイケメンたちの美麗なスチル、そして頭空っぽで楽しめるストーリーで人気を博していた。
エンドはハッピーエンドとノーマルエンドの二種類で、とにかくイケメンからチヤホヤされる平和なゲームだ。
私も美麗なキャラたちに惹かれてゲームを始めたのだけれど、ストーリーが単純すぎて寝落ちしてしまうので、途中からは安眠導入剤みたいな感じでプレイしていた。
ジェラルド・ギレンベルク侯爵令息は、『ナナコイ』の七人の攻略対象者の中でヤンデレキャラとして登場する。
ちなみにナナイロというのは攻略対象者が七人であることと、虹の色を示しているらしく、攻略対象者たちの髪色はそれぞれ赤、オレンジ、黄色(金髪)、緑、青、藍(黒髪)、紫だ。ジェラルド様は緑担当である。
ジェラルド様の家庭環境は複雑だ。
父親であるギレンベルク侯爵閣下は、魔法研究所所長としては素晴らしい御方なのかもしれないが、なかなかおかしな人だった。
魔法研究に一分一秒でも多くの時間を取りたかった侯爵閣下は、結婚なんぞに時間を取られたくない、という理由から独身主義者であった。
けれど、ギレンベルク侯爵家には跡継ぎが必要だった。屋敷や領地などは分家が継げばいいが、直系の血筋だけが継承するように設定された魔道具が侯爵家の金庫にゴロゴロしていたのだ。それを次世代に繋げられないのは世界の損失だと侯爵閣下は考えた。
そこで侯爵閣下は物わかりのよい娼婦に大金を渡して、子供をもうけた。その子供がジェラルド様である。
娼婦はジェラルド様を出産した後、さっさと屋敷を出て他国に渡ったらしい。
侯爵閣下もジェラルド様に乳母を宛がった後は、自分の役目は終わったとばかりに屋敷に寄りつかず、魔法研究所で研究三昧の日々を送っている。
自分に傅く使用人しかいない屋敷の中で育ったジェラルド様は、結局血は争えなかったのか、父親と同じように魔法研究にのめり込んだ。
ヒロインがジェラルド様のルートを選ぶと、彼がヒロインの斬新な魔法研究に目を止めて、声をかけてくるようになる。
最初は魔法研究の話ばかりだったが、次第にヒロインがジェラルド様の食生活を気にしてお弁当や手作りクッキーを差し入れるようになり、ジェラルド様がそのお礼にプレゼントを贈ったりと、どんどん親密になっていく。
魔法研究にしか興味のなかったジェラルド様が『きみは僕だけのものです』『きみを誰にも渡したくありません』『きみがどこにも行かないように、監禁してしまいたい』などと、ヤンデレの本領を発揮して重い愛情を向けていく。
ハッピーエンドでは、ジェラルド様とヒロインが新たな魔法を発明して、学園の発表会で披露する。その場に来賓として訪れていた侯爵閣下が初めて自分の息子に興味を持ち、「なかなかやるではないか」とジェラルド様を褒めて、父親との関係が修復されるのだ。
「ふぅ~。ここまでは書けたわね」
私はノートの文字をじっと見つめて、首を傾げる。
「……『カメリア・パフェット伯爵令嬢』なんて、やっぱり登場しないわね?」
『ナナコイ』は本当にイケメンにチヤホヤされることに特化したストーリーだったので、攻略対象者に女の影などない。悪役令嬢もライバル令嬢も、元カノの存在もない。
ジェラルド様にだって、婚約者のこの字もないのだ。
私って一体、なんなのかしら……?
「うーん……。あくまで『ナナコイ』を基にした異世界であって、細部は違うのかしら?」
自分がどう行動するのが正しいのか、まだわからないけれど。『ナナコイ』を基にしている世界なら、きっと十六歳で入学する学園では、ヒロインらしき人物と出会えるのかもしれない。ジェラルド様が実在したように。
それなら、二人が出会って恋に落ちる可能性は否定出来ないわね……。
ジェラルド様から婚約破棄されると、パフェット伯爵領の土地改良計画や品種改良計画に支障が出てしまう。
たとえば、植物の成長魔法薬とか。
腐葉土や排泄物を利用した有機肥料はこの世界にもあって、それもそれで良いものなのだけれど、成長魔法薬があると出荷時期を早めたり、品種改良にも役立つのだ。
魔法薬に使う材料だけなら我が家でも手に入るけれど、領地には私しか魔法を扱える人がいないのよね……。私一人ではさすがに領地に必要な分まではまかなえないわ。
それに、今の成長魔法薬は植物全般に効果があるのだけれど、植物の種類ごとに専用の成長魔法薬を配合してほしい。前世のホームセンターで見かけた、トマト専用肥料とか、いちご専用肥料みたいな感じで。今よりも甘くて美味しい農作物が作れそうだわ。
そう考えると、婚約破棄のデメリットはなかなか大きい。
でも逆に、メリットはどうかしら?
婚約破棄されると……、まずは慰謝料ね。ジェラルド様の有責になるから、たんまり貰えそう。領地に使えるわね。
それに侯爵家から婚約破棄された私には、新しい縁談を結ぶことが難しくなる。
そうすると私は、オールドミスとしてパフェット伯爵家の隅で植物の研究を続けられるかもしれない。両親やお兄様とは仲良しだし、お兄様の婚約者様からも可愛がられているし。侯爵家の面倒な家政をしなくてもいい。
私は幼少期から植物に夢中で、独自に研究を続けているうちに領内のいろんな事業に関わるようになってしまったけれど。これはどうやら、前世の両親が農家をやっていたことが影響していたみたい。
前世の私は新卒後に地方から出て、都会のオフィスで働いていたけれど、水が合わなかったらしく、入社三年目にして心身を壊してしまった。両親に『帰っておいで』と言ってもらえたから、実家に帰ったのよね。
農作業の手伝いをしているうちに体調がよくなって、もういっそ故郷に骨を埋めるつもりで、農家の跡を継ごうと勉強を始めたのよね。
志半ばで、交通事故で死んでしまったけれど……。
とにかく、婚約破棄された場合に起こる一番の問題は、魔法研究所との伝手ね。
それさえなんとかなれば、ジェラルド様に捨てられても被害はないかしら?
「そう考えると、むしろ婚約破棄されたほうがいいのかも。いえ、婚約破棄されたほうが自分の好きに生きられるわ! 私はギレンベルク侯爵家の家政よりも、植物の研究がしたいもの!」
なんだぁ。じゃあ、魔法研究所との伝手を作りつつ、ヒロインがジェラルド様ルートに入るのを楽しみに待っていればいいのね。
ひと安心した私は、机の引き出しにノートをしまい、ベッドに寝転がる。枕に頭を乗せて、ブランケットを被り、照明魔道具の明かりを消す。
――さぁ、明日も早いわ。新しい苗の状態を確認して、領地の畑を見回って、化粧品部門が新しい美容クリームのサンプルが出来たから確認してほしいと面会予定があったわね。染色部門とのランチミーティングも……。
……本当に、ヒロインがジェラルド様ルートに入るのを待っているだけでいいのかしら?
瞑ったばかりの目を、私はパチリと開ける。
だって、格好良い攻略対象者が七人もいるのに、その中からヒロインがジェラルド様を選んでくれるの? 確かジェラルド様って、人気投票で五位くらいだったわよ? 無理じゃない?
やっぱり、ヤンデレ枠なのがよくないんじゃないかしら? 一部熱狂的なファンはいるけれど、愛が重過ぎても怖いのよ。二次元ならともかく、『監禁したい』なんて言う人とはリアルでは関わりたくないと思う……。
ジェラルド様のヤンデレな愛情表現をもう少しマイルドになるように、矯正出来たらいいのだけれど。
でも、他人を変えることはとても難しい。自分が変わるほうがよほど楽だわ。
「……そっか。私がジェラルド様に嫌われるくらいのヤンデレ令嬢になればいいんだわ!」
私がジェラルド様にヤンデレな愛情表現をたくさんすれば、ジェラルド様は私のことがうんざりして嫌いになるはず。
そしてヒロインに恋に落ちた時に『相手を不快にさせない愛情表現をしよう』と思ってくれるかもしれない!
今後の方針が決まって安堵した私は、ようやく眠ることにした。
▽
「私、ジェラルド様のお傍を一秒たりとも離れたくありませんわ!」
婚約してから、半月。
連日手紙を送り続けて、ようやくジェラルド様を領地へお誘いすることが出来た。
私はやっと会えたジェラルド様の腕にヒシッとしがみついて、ヤンデレ令嬢を演じる。
本当はヤンデレ令嬢らしく、彼の屋敷に連日通いつめたかったのだけれど、私のスケジュールが詰まり過ぎていて無理だったのよね。
ジェラルド様は無機質な瞳で私を見下ろした。そこには、婚約者が突然ベタベタしてきたことに対する困惑もなければ、喜びもない。
「パフェット伯爵領にお招きいただきありがとうございます、婚約者殿。本日は薬草畑を案内してくださると聞いて、楽しみにしておりました」
「はい。きっとジェラルド様も我が家の薬草畑をお気に召してくださるはずです」
さっそくパフェット伯爵家の馬車に乗り込み、薬草畑へと向かう。
向かいの席に腰かけたジェラルド様がふいに表情を変え、首を傾げた。
「……ずいぶんと揺れの少ない馬車ですね。なにか魔法陣を仕込んでいるのでしょうか?」
「いいえ。魔法ではありません。ばねを使っておりますの」
「ばね……」
もともとこの世界でもクロスボウなどの武器にばねが使用されていたので、馬車に応用しただけだ。
ただ、最初に『ばねを使った馬車がほしい』と家族に話した時はすごく驚かれた。
試作段階で馬車の揺れがかなり軽減出来るとわかった時には、『どこからこんな素晴らしいアイディアを思いついたんだ?』『カメリアは神童ね』『さすがは俺の妹だ』と褒めちぎられて、とても恐縮した。ばねを使うことは思いついたけれど、ばねをいい感じにサスペンションにしてくれたのは職人だもの。
おかげで現在、我が家の馬車はすべて快適な乗り心地だ。
家令たちに『馬車の製造部門も立ち上げるべきです。絶対に売れます』とせっつかれて、お父様やお兄様が新事業の準備に追われているのはちょっと気の毒だけれど。
今にして思うと、自動車にはたくさんのスプリングが使われている、という前世の知識を、自覚がないまま使っていたのだと思う。
前世の記憶をハッキリと思い出した今は、ゴムのタイヤを使ってみたいわね。ゴムの木がどこかにないか、家の者たちに探してもらいましょう。
「では、定期的に魔力を注ぐ必要もなく、ずっとこの快適な乗り心地を味わえるのですか……」
「そもそも、魔法を扱える者は少ないですから。パフェット伯爵領では現在私だけですし」
魔法で何かを作ろうとしたら、私の時間がいくらあっても足りなくなってしまう。
だからこそ魔法研究所との伝手がほしいのだし。
ふと、馬車窓に視線を向けると、美しくも広大な薬草畑が見えてきた。
馬車から降りて、ジェラルド様に薬草畑を案内する。
ヤンデレ演技を忘れず彼の腕にしがみついて歩いていたら、同行している者たちや畑仕事をしている領民たちが目を大きく見開いて私を見つめていた。普段とはキャラが全然違うものね。
驚かせてごめんね。これも領地と私のためなの……。
「この畑になっているのはライザ草ですね。ライザ草の流通量の半分はパフェット伯爵領が占めていると聞いておりましたが、本当に見事な光景です」
「お褒めいただき恐縮です、ジェラルド様」
ライザ草は多くの魔法薬に使われる材料だ。鎮痛効果や咳止めなどの効果もあるけれど、甘味として重宝されている。たぶん前世の漢方薬の甘草に似たものなのだと思う。
元々パフェット伯爵領で育てていた植物だけれど、私が肥料開発に勤しむようになった結果、収穫量が増えて、今では国内シェアナンバーワンになってしまったらしい。お父様が嬉しそうに言っていた。
ジェラルド様に他の薬草畑も案内していると、街のほうから荷馬車が爆走してきた。
「カメリアお嬢様ーーー!!! 例のヤツが完成いたしましたよーーー!!!」
金属加工所の親分だった。いつも声の大きな人だけれど、依頼品が完成したことでテンションが上がっているらしい。
伯爵家の屋敷に向かおうとして爆走していたら、途中の畑で私を見つけたのでそのまま声をかけてしまったのだろう。
いつもなら全然構わないのだけれど、今はジェラルド様に薬草畑を案内中だ。
どうしようかな、と思っていると、同行していた侍女や従者たちが親分に詰め寄っていた。たぶん怖い顔で叱っているんだろう。親分はこちらからもわかるくらいに顔を蒼褪めさせている。
「皆、親分をあまり責めないであげてちょうだい。私が例のものの完成を急がせていたのだもの。親分、あとで確認に行きますから……」
「カメリア殿。例のものとは一体なんでしょうか? 薬草関連でしょうか? 魔法薬に使えるものですか?」
ふいに横から、ジェラルド様が声をかけてきた。
振り向くと、なぜか彼の瞳に興味の色が浮かんでいる。
「いえ、ジェラルド様、ええっと……。目的は食料関連なのですが……。でも、例のもの自体は、魔法薬学にも使えるかもしれません」
「それは一体?」
「圧搾機です。その、種子や実や茎から油や液体を絞りだすものですの」
「なるほど。それはぜひ僕も見たいですね。お願い出来ませんか、カメリア殿?」
ジェラルド様にそう言われては、断る理由もない。
何より私も、親分が作ってくれた圧搾機を早く見たいし。
「承知いたしました。ご案内いたします」
私たちは薬草畑から親分の作業場まで移動し、完成したスクリュー式圧搾機を見学する。
この世界では大きな籠に果実などを入れて上から板で圧搾する籠式圧搾機が主流だ。押し潰す製法である。
けれどスクリュー式は、円筒の中でスクリューを回転させる、いわばすり潰す製法で、籠式よりも量が摂れる。
もちろんスクリュー式にもデメリットはあるのだけれど、今回は大量に抽出したいものがあったので、この新しい圧搾機を作ってもらったのだ。
親分ったら、本当にすごい。私のふわっとしたアイディアなんかで、毎回素晴らしいものを作ってくれるのだから。
代金のほかに、親分の好きなお酒もつけましょう。忘れないように、従者にすぐに指示を出しておく。
親分の説明を興味深く聞いていたジェラルド様が、こちらにやって来た。
「カメリア殿、新型圧搾機はとても素晴らしいものですね。植物の搾り汁を大量に使わなくてはならない魔法薬は多いので、これがあれば作業効率が上がります。魔法研究所も喉から手が出るほどほしいでしょう」
「ふふふ、お褒めいただきありがとうございます」
まぁ、スクリュー式圧搾機まで売り出してしまったら、ますますお父様とお兄様の睡眠時間が減ってしまうけれど……。
ふと、傍にいた侍女を見たら『すでに家令が動いております』のハンドサインをしていた。
え? すでに売る準備をしていたの? あぁ、そうなの……。
「ところで、カメリア殿は今は何を?」
ジェラルド様は、私の指示に従って動いている侍女や侍従たちを見て、不思議そうに首を傾げた。
なんだか今日一日で、やけに感情を見せてくるようになったのね。
「ジェラルド様も圧搾機をただ見るだけではつまらないでしょう? 実際に動かすために、圧搾するものの準備をしているのです」
「何かの種のようですね。これを圧搾するとどのような液体が出てくるのですか?」
「見てのお楽しみですわ」
ジェラルド様はブドウの実を圧搾して果汁を取り出し、ワインを作る工程でも考えているのだろう。
けれど、これは種。種を圧搾して出てくるのは、油である。
実はこの種、たぶんセイヨウアブラナっぽい植物の種である。
領地の山奥で咲いていた黄色っぽい花を、領民が『珍しい花だからカメリアお嬢様に』と土ごと持って来てくれたので、庭に植えていたのだ。
その花から摂れた種をなんとなく潰してみたら油が出てきたので、もしかしてパフェット伯爵領で植物油が作れるかも? と思って、花を育てて増やしたのだ。
南のほうにある国ではオリーブがあるらしく、我が国にもオリーブオイルが入ってくるのだけれど、ものすごくお高いので、揚げ物に使うことはほとんどない。
なので、我が国の揚げ物には牛脂やラードが使われていて、もちろんそれもお肉屋さんのお惣菜みたいに美味しいけれど、しょっちゅう食べるには胃が疲れる料理なのだ。
それに前世を思い出した今は、やはりポテチが食べたい。
というわけで、セイヨウアブラナっぽい種で油作りである。
あくまでセイヨウアブラナっぽいだけらしく、魔法で成分を調べたら、前世で過剰摂取によって心臓障害を引き起こすといわれていたエルカ酸が入っていなかったのでラッキーだった。
油を抽出する工程はシンプルに、種の焙煎、圧搾、そして濾過だ。
濾過に関しては普通にやると時間がかかり過ぎるので、魔法でやってしまう。
これでキャノーラ油もどきの完成である。
「これで植物油の完成です、ジェラルド様」
瓶に詰められて、とろりと揺れる黄金色の油を見て、ジェラルド様が息を飲む。
「オリーブで作られた油は以前パンにつけて食べたことがあるのですが、とても貴重なものだと聞きました。この油もパフェット伯爵領の主力商品になるでしょうね……」
私のポテチ用に作った油なんだけれど、これも売るのかしら? あ、売るのですね、はい。
周囲の者たちの反応に、私はお父様とお兄様に何か疲労回復するものを贈ろうと心に決める。疲労回復といえば豚肉、……トンカツね。油は売るほどあるんだし。
それはともかく、ポテチだ。
侍女たちに指示を出して、薄切りにした芋を揚げてもらうことにする。水で晒した後に、少し乾かすのがコツだ。
親分の作業場の庭に出て火を熾し、鍋いっぱいの油の中に薄切りの芋が投入されていくのを、私はわくわくしながら見つめた。
いつの間にか屋敷からコックが来てくれたお陰で、美味しそうなポテチが出来ていく。
でもこれ、うちのコックの腕のおかげでちょうどいい薄さにスライスしてもらえたけれど、スライサーがあったほうが便利かもしれない。あとで親分にスライサーを依頼しましょう。野菜を薄切りにする道具って言えば、なんとかなるはず。
目の前には塩を振った狐色のポテチが、お皿の上に山になっていた。
「ジェラルド様、ポテトチップスです。ぜひお召し上がりください」
見たことも聞いたこともない、おまけにナイフもフォークも使えそうにない料理に、ジェラルド様が目を丸くしている。
私はヤンデレ令嬢らしく、「ジェラルド様、あーん」と言って彼の口にポテチを放り込んだ。
「……塩と油の風味が美味しいです。軽くて、噛み応えが楽しい。ポテトチップスは素晴らしいお料理ですね」
「ジェラルド様のお口に合ってよかったです」
次々にポテチに手を伸ばしているジェラルド様に続いて、私もポテチを食べ始める。
あぁ、このパリパリ感……! 美味しい!
今度はコーラも作りたいわね。確か、ジンジャーとシナモン、胡椒とクローブにナツメグ、スターアニスだったかしら?
スターアニスが問題ね。我が家の者たちは優秀だけれど、すぐに見つけるのは難しそう。
そういえば、前世で飲んだ黒糖ジンジャエールがけっこうコーラに似ていたから、スターアニスが見つかるまでは、それで代用してもいいかもしれない。
でも、パフェット伯爵領で摂れる砂糖はサトウキビじゃなくて、サトウダイコンっぽい蕪から作られている。つまり甜菜糖だ。
クセのある黒糖の味を再現するには、どうしたらいいかしら……?
あ! カラメルだわ! プリンに使うカラメルなら味が近いかも。カラメルでジンジャーエールを作ってみましょう。
コックにお願いして材料を揃えてもらい、その場でカラメルジンジャーエールを作ってみる。
私の横でずっと作業を見守っていたジェラルド様と一緒に試飲すると、その美味しさに、自然と微笑み合ってしまった。
「美味しいですね、ジェラルド様」
「はい。甘いのですが、独特の深みと辛みがあって、ポテトチップスとよく合います。そういえば、パフェット伯爵領が数年前に砂糖生産を始めたことで、甘味が身近なものになりましたね。今では庶民でも気軽に甘味を食べることが出来るようになったとか。この地の目覚ましい発展に国中が注目していますが、僕は今日この地を訪れて、発展の理由がわかりました」
ジェラルド様はそう言って、妙に熱い視線を私に向けた。……どうしたのかしら? カラメルジンジャーエールのおかわりですか? それともポテチの追加? 味変してハーブソルトとかどうです?
気が付けば、侍女たちや親分もポテチとカラメルジンジャーエールを夢中で食べていた。
そしていつの間にやって来たのか、お母様とお兄様の婚約者様と我が家の家令もポテチを食べている。どうやらお父様やお兄様もこの場に呼ぶらしく、侍従が屋敷のほうへと急いで駆けていった。
気が付けばパフェット伯爵領総出のポテチパーティーになり、最終的に串カツパーティーに発展してしまったけれど、皆が楽しそうだからいいか。
ジェラルド様が帰る際、私はきちんとヤンデレ令嬢になりきる。
「もう帰ってしまわれるなんて寂しいですわ、ジェラルド様。毎日ジェラルド様のお傍にいたいですのに。あぁ、ジェラルド様を監禁してしまいたい……!」
どうです? この迫真のヤンデレ演技。愛が重くて嫌になってしまうでしょう?
ヤンデレは二次元に限るってことを覚えておいてくださいね、ジェラルド様。
私のヤンデレっぷりに、家族がもの凄い表情でこちらを見てくるし、従者見習いや領民の中には崩れ落ちている少年もいるけれど。きっとドン引きしているのね。あ、他の人たちに裏へ回収されていったわ。
「少々時間をください、カメリア殿」
監禁したい発言をする婚約者に対して、ジェラルド様は奇妙な返しをした。
彼が浮かべている笑顔も、初めての顔合わせの時の人形めいた笑顔ではなく、キラキラとしたものだった。
「今すぐには難しいですが、カメリア殿のお傍に毎日いられるように調整してきます」
そう言ってギレンベルク侯爵家へと帰っていったジェラルド様が、まさかパフェット伯爵家へ居候しに戻ってくるとは、この時の私は露程にも思っていなかった。
▽
季節はあっという間に過ぎ去り、三年が経った。
三年の月日のことを思い出すと、あまりの濃厚さに『我ながらよく頑張ったわ』と感心してしまう。
ジェラルド様がトランク一つ(といっても収納魔法が仕込まれたマジックバックだったけれど)を持ち、『カメリア殿のお望み通り、パフェット伯爵領に監禁されに来ました』と言って我が家の玄関先に現れた時には、どうしようかと思ったけれど。
ジェラルド様はそのままパフェット伯爵家で暮らし、びっくりするくらい我が領地に馴染んでしまった。婚約破棄される前に魔法研究所との伝手がほしいと思っていたけれど、もはやジェラルド様がほしいくらい。
婚約破棄したらパフェット伯爵領に就職しませんか、ジェラルド様? 三食おやつ、お昼寝付きですよ。ジェラルド様がヒロインと暮らすおうちもご用意いたしましょう。
そして半年経った頃にようやく、息子が侯爵家の屋敷から家出状態であることに気付いたギレンベルク侯爵閣下が、ジェラルド様を迎えに来たけれど。遅いよ。
『僕は大切な婚約者殿の願いを叶えるために、この領地に監禁されているだけです。どうか僕のことは今までのように放っておいてください』
『放っておけるわけがないだろう!?』
ギレンベルク親子の初めての親子喧嘩は、我がパフェット伯爵家をも巻き込み――……なぜか侯爵閣下まで我が屋敷に住み着いてしまった。
まぁ、別棟だけれども。朝晩の食事は皆で一緒に母屋で取っている。
魔法研究所の所長が、王都から馬車で三日かかるパフェット伯爵領に住んで大丈夫なのか心配したけれど、転移魔法で出勤しているらしい。
転移魔法って、確か陛下の許可がなければ使えない、上級魔法だと思っていたのだけれど……。え? 我が領地の監視を陛下から命じられた? なぜ伯爵家レベルにそんな御大層な……。あぁ、新商品の情報がいち早くほしいのですか。じゃあ、あとで試供品を用意しておきますね。陛下に渡しておいてください、侯爵閣下。ふふふ、『お義父様』呼びは婚約期間では無理ですよ。
そんなこんなで、気が付いたらギレンベルク親子の関係は良好になり、侯爵閣下が派遣してくださった魔法研究所の方々が『もうパフェット伯爵領の子になります』と言って辞表を提出したけれど侯爵閣下に『私だってなれるものならなりたいんだ』と破り捨てられ、パフェット伯爵領の土地改良計画や品種改良も順調だ。
私は相変わらずヤンデレ演技を頑張り、ジェラルド様は『安心してください、カメリア。僕の身も心もすべてあなたに囚われた、ただの奴隷です』と自主的に領地に監禁されている。
たぶんヤンデレな私が怖くて、大人しく見せているのね。きっと内心では私にうんざりして、嫌いになっているに違いないわ。もうヒロインに恋しても重い愛情表現はしないはず。
このまま無事に婚約破棄をして、ジェラルド様とヒロインを我が家に就職させればハッピーエンドだ。
初めて彼と会った時とは若干変化した目標を胸に、私は学園に入学したのだった。
「あんたも転生者なんでしょ、カメリア・パフェット!!!」
入学してから数ヵ月。
せっかくの学園生活なのだから領地に役立つ知識を手に入れようと、授業にのめり込み、図書館に通いつめ、教授たちに質問しまくり、気が付いたらごく一部の学生しか参加出来ないゼミに入ることになったりしていたら、なぜかヒロインに呼び出された。
私は今まで、ヒロインとジェラルド様のことを放っておいた。
そもそも私の取っている授業では、ヒロインともジェラルド様とも、なんだったら他の攻略対象者とも被っていないので、普通に学生生活を送っていたら会うこともない。共通科目でさえ違うクラスだし。
昼休みや放課後は、前述のとおり教授のもとに行ったり、ゼミに顔を出している。昼食はたいてい持参した軽食で、たまに昼休みギリギリに食堂に駆けこんで日替わりメニューを食べられる時もある。
ジェラルド様とは寮に帰ってから通信魔法でお話したり、休日に一緒にパフェット伯爵家のタウンハウスに戻った時に会っている。……ジェラルド様は未だにギレンベルク侯爵家に帰らないわね。不思議だわ。
休日といっても、私は領地のお仕事に取り組んで、ジェラルド様が助手をしてくださる、という感じで、ヒロインの話題は一切出てこなかったけれど。
とにかく私は二人が結ばれることを願いつつ、不干渉を貫いていた。
けれど、それが失敗に終わったことを知った。
「『ナナコイ』の攻略対象者全員の好感度をアップさせてハーレムエンドにしたかったのに、ジェラルドだけ好感度が全然上がらないのよ!!! キャラもゲームとは全然違うし!!!」
そうか、ハーレムエンドがあったのね。知らなかったわ。
イケメンにちやほやされるのを楽しむゲームだから、ハーレムエンドがあってもおかしくはないけれど。
「調べてみたら、なんでかジェラルドに婚約者がいるってわかって。あんたのことを探ってみたら、転生者としか思えない前世知識で領地経営してるし!!! どうせジェラルド推しで婚約を強請ったんでしょ!!! ジェラルド推しって、マジで意味わかんない、趣味悪過ぎ!!! ヒロインを監禁しようとするヤンデレなんて気持ち悪くてお断りだけれど、あたしのハーレムエンドの邪魔をしないでよ!!!」
転生ヒロインのあまりにもな言い草に、私はムッとした。
ジェラルド様は優雅で格好良いし、私が『温泉につかりたい』と言えば『自然に湧き出るお湯ですか……。そういえばギレンベルク侯爵領の山間部に、硫黄の匂いのするお湯を薬代わりに飲む風習があります』と言って調べてくれて、私の十五歳の誕生日には露天風呂付きの別荘を建ててくれるくらい優しいし、近隣の領地からの嫌がらせに困っていた時は、『あぁ、ギレンベルク侯爵領とパフェット伯爵領の間にある、寂れた伯爵領と子爵領ですね。この件は僕に任せてください、大切なカメリア』と言って、伯爵家と子爵家が裏でしていた悪事を陛下に報告してくれるくらい、正義感のある人なのよ。
伯爵家と子爵家は、爵位と財産を没収、そして領地をギレンベルク侯爵家が賜ることになって、ジェラルド様は『これでお隣さんになりましたね』と微笑んでいたわね。
そんな素敵なところがいっぱいあるジェラルド様をトロフィー彼氏扱いするなんて、ひど過ぎる。
こんなヒロインなんかに、ジェラルド様をあげたくない!
「ジェラルド様を幸せにしてくださるお相手が現れるならば身を引くつもりでしたが、気が変わりました。彼は私が幸せにするので手を引いてください」
「はぁっ!? あんたがジェラルドから離れなさいよ!! モブの分際でしゃしゃり出て来ないで!! ここは愛されヒロインである、あたしのための世界なんだから!!!」
ブチギレているヒロインの様子を見ながら、彼女の実家である男爵家には我が家が関わった商品は一切売らないことを決める。
パフェット伯爵領で作られている食料品、化粧品や医薬品、もちろん我が家が開発した新型馬車は貴族や商人たちに大人気で、それを使って運搬された他の領地の品々も『我が家が関わった商品』該当する。スクリュー式圧搾機を導入して作られた商品も、今では国中に溢れている。流行りのドレスの生地だって我が家の染料が使われているし、学園の制服もそうだ。
モブの私でも、頑張ればそこそこくらいはヒロインを追い詰められるんじゃないかしら?
俄然やる気が出てきて、私は一瞬ヒロインから注意を逸らしてしまった。
「あんたなんか、痛い目に合わせてやるわ!!」
ヒロインはそう叫んで、右手を大きく振り上げた。
顔をぶたれる……!?
思わず目を瞑ったが、なかなか痛みが訪れない。
恐る恐るまぶたを開けると、私の前には背の高いジェラルド様の背中が広がっていた。
ジェラルド様はヒロインの右腕を掴んでいた。
「愚かな女だと思って放っておいたら、僕の大切な婚約者殿に手を挙げるとは。ここまで性根の腐った生き物を見るのは初めてだ」
ゾッとするような低い声が聞こえた。ジェラルド様はいつも誰に対しても敬語を使っているのに、それさえ消えている。
こんなに怒っているジェラルド様を見るのは初めてだ。
「いっ、痛い! ちょっと、放しなさいよっ!! 攻略対象者のくせにヒロインに手を出すなんて、おかしいわ!! なんのバグなの!? あたしは愛されヒロインなのよ!?」
「愛されヒロインとやらが、どういう意味なのかは知らないが。万人に愛されたいのなら、それだけの行動をして見せろ。自領の生産物をより良くし、領民の生活を豊かにさせ、さらには国中の者たちの暮らしにまで幸福な影響を与えている、僕のカメリアのように」
ジェラルド様はそう言って、ヒロインの腕を離した。そして汚いものを触ったと言うように、手袋を交換している。
「なっ、なんなのよっ!! ジェラルドのくせに生意気よ!! いいわ!! もう、あんたみたいなヤンデレキャラなんか要らない!! もともと全然好きなキャラじゃないもの!! どうぞモブとお幸せに!! まっ、あたしのハーレムに入れなかったあんたが、幸せになんてなれるはずもないけれどね!!!」
ヒロインはそう怒鳴ると、バタバタと走り去っていった。
「あの女の実家に抗議し、我がギレンベルク侯爵家が関わる品はすべて取引中止することにします」
「私も同じようなことを考えておりました」
パフェット伯爵家だけでなく、ギレンベルク侯爵家もとなると、魔法薬や魔法関連が全滅しそうね……。ヒロインのおうちは、かなり原始的な暮らしになってしまうんじゃないかしら?
ジェラルド様はいつもの柔和な笑みを浮かべ、「パフェット伯爵家が関わっていない品となると、もう国外に頼るしかないでしょうね。ですが、すべてを輸入品で賄おうとしても、街道の各所にある馬の休憩所にはパフェット伯爵領産の飼料が使われていますし。もはや自主的に国を出るしかないのでは?」などと言っている。
うちが一切関わっていない品くらい、探せばいくらでも見つかると思うのだけれど……。
でも、そんなことよりも。
私はジェラルド様に伝えなければならないことがある。
今まで私がしていたヤンデレな愛情表現は、ただの演技だったこと。でも、今はジェラルド様のことをヒロインに、ううん、他の誰にも渡したくないほど愛していること。ジェラルド様のことを大切にするから、どうか私と婚約破棄しないでほしい――……。
そう伝える前に、私はジェラルド様から抱き締められた。
「愛するあなたに怪我がなくて本当によかったです」
「……あいする?」
ジェラルド様に嫌われているとばかり思っていたのに、予想外の台詞が彼の口から飛び出してきて、私は驚きに固まる。
「カメリア、何を当たり前のことに驚いているのですか? カメリア・パフェットという女性を知ったのにあなたを愛さない人間など、この世界にいるはずがありません」
そんなわけないと思うけれど、とにかくジェラルド様に嫌われていなかったことにホッとする。
「はぁ……。カメリアがあの女に言い返した時には肝が冷えました。あなたが僕のことを監禁するほど愛してくださっているのはわかりますが、さきほどのように暴力を返されることもあるのですよ。いくら僕を愛しているからといって、危ないことはしないでください」
「はい、わかりました」
……私に熱烈に愛されていると一片の疑いもなく信じているジェラルド様に、どうして今までのヤンデレ発言が演技だったなんて言えるでしょうか。言えるわけがありません。
私はこの瞬間、心に決めた。ヤンデレ演技を死ぬまで貫く、と。
一生ボロを出さなければ、それは真実と同じだもの。
「愛しておりますわ、ジェラルド様。彼女とはもうお喋りしないでくださいね」
「もちろんです、カメリア。もともと視界に入れるのも嫌な女でしたが、もう二度と話しませんし、近寄りもしませんし、なんなら半径一キロは接近させませんよ」
半径一キロだと、彼女と同じ授業を受けていらっしゃるのに、学園生活はどうするつもりなのかしら?
きっと、ジェラルド様流のジョークなのね。ふふふ。
「さて。パフェット伯爵家に戻って、彼女の家との取引中止を各地に連絡しなければなりませんね」
「ええ。忙しくなりますわね」
「もちろんお手伝いをいたしますとも。僕は永遠にあなたの愛の奴隷なのですから」
こうして私カメリア・パフェットは、ヤンデレ婚約者を凌駕するほどのヤンデレ令嬢になったわけです。
END
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