異世界スタンド
思いついたら書いてみたくなり、書いてみたシリーズです。
暇潰しにでもどうぞ。
なるべく専門用語使わないようにしましたが、わかりにくかったらすみません。
あと、一番の注意事項ですが、ガソリンスタンドは火気厳禁です! ガソリンは車や専用容器へ入れましょうm(_ _)m
僕の名前は今野紺。
駄洒落みたいだが本名だ。
両親は出生届を提出する前に、ちょっと冷静になって欲しかった。
幸いにも僕の名前程度、キラッキラな名前の同級生達に紛れてしまえば目立たず、たまにからかわれる程度で済んだのだけど。
毒親でもなく普通の両親から愛されて育ったが、二人は少し変わっていて。
旅好きが過ぎて、僕の高校卒業を待って揃って早期退職し、二人で放浪の旅に出てしまった。
生前贈与として実家とそこそこのお金を貰った僕は、就職か進学か悩んだ後、たまたま仲良くなったおじいさんがやっているという個人経営のガソリンスタンドで働く事にした。
迷っている間もお金はかかるし、稼いでおいて悪い事はないからと考えたのだ。
あと正直、家で一人過ごす時間が寂しかった。
両親は月一で電話をくれるし、メールも手紙も届くけれど、寂しいものは寂しいのだ。
おじいさんがオーナーをしているガソリンスタンドは、高齢者ばかりが住む山間にあり、来るお客さんはほとんど決まった人ばかり。
一ヶ月も経てばほぼ全員顔見知りとなってしまっていた。
ちなみに店員は僕一人。たまたま高校時代好奇心で危険物取扱者免許の丙種を取っていたのが役に立った。
トイレに行く際などは札をかけ、待ってもらうというのんびりしたスタンドだ。
都会でやったら即クレーム案件だろう。
店員が僕一人なので、僕が用事がある際は休み。どうしてもと言われたら、おじいさんが短時間だけ開けているらしい。
おじいさんはガソリンスタンドをやるにあたって、危険物取扱者免許の乙四を取っているので何の問題もない。
そんな儲けはあるのか心配になるガソリンスタンドには、サービスルーム内には飲み物の自動販売機があり、棚にはちょっとした日用品と保存の効く食料品なども置かれている。
もう何でもありだ。
大きなガソリンスタンドとは違って、車を整備するスペース、いわゆるピットは無いのでオイル交換やタイヤ交換はしていない。
お客さんを待たせるためにあるサービスルームは無くても良い気はする。
ま、そもそも、僕はどちらも出来ないけれど。
そんな無くても良さそうなサービスルームは、たまに来るお客さんの茶飲み場と化している。
給油じゃなく買い物だけに来るお客さんもいる。で、自動販売機で飲み物を買って、僕と話すのを楽しみに来てくれたりしている。
そんな僕の基本的な仕事は、お客さんが来たらサービスルーム内にあるレジを操作して計量機を起動。
そして、車や容器へ油を入れる。で、お金を受け取って終了だ。
中の雑貨品などが売れた場合も、同じような流れで進む。
忙しくはないが、充実した毎日を過ごしていた僕に、とんでもない転機が降って湧いたのはガソリンスタンド勤めに慣れ始めたある日の事。
いつも通り自転車で出勤した僕は、サービスルームの奥にある扉を開けて、背負っていたリュックサックを置いて、制服へと着替える。
鍵のかかるようなロッカーは無いが、こんな辺鄙な所に泥棒は出ないし、必要無いだろう。
まずは朝のルーティンとして、トイレの掃除をしていく。
田舎の寂れたガソリンスタンドながら建物自体は古くはなく、トイレなどの設備も綺麗だ。
小さな店舗なので、トイレは男女兼用で洋式便器のトイレが一つ。
手洗い場には鏡があり、目力があるとよく言われる見慣れた顔がこちらを見ている。
毎日綺麗にしているので、掃除もあっという間に終わってしまう。
次はサービスルーム内の掃除をと掃除用具を手にトイレを出た僕は、違和感を覚えて足を止める。
見渡したサービスルームの風景はいつも通りのはずなのだが、なにか微妙に違う気がする。
少し前に流行った異変を見つけるゲームみたいに異変でも起きてるのかと冗談交じりにそんな事を考えながら、もう一度ぐるりと室内を見渡して──気付いてしまった。
正面がガラス張りになっているサービスルームの中からは、もちろん外の風景が丸見えな訳で。
いつも通りなら外に広がっている光景は、コンクリート敷きの地面の上にある吹きっ晒しの計量機がぽつんと一つ。
そこにキャノピーと呼ばれている屋根はない。
別に、屋根がなくなった! とかいう異変ではなく、もともとこのスタンドに屋根はない。
現実逃避して視線を横へ向けた僕は、先ほどまで朝のニュースを映し出していたはずのテレビが真っ黒な画面へ変わっているのに気付く。
なんとなくリモコンに手を伸ばし、チャンネルを変えてみる。
「は?」
画面に映像は映ったのだが、映し出された光景に思わず驚きから声が洩れる。
映らなかった訳では無い。
きちんと映っている。
ただし映っているのは、このサービスルームの前辺りから見えているであろう風景で。
「監視カメラなんて無いのに……」
思わず声に出して呟いたが答えなんてある訳もない。
どうやら現実逃避もさせてもらえないらしいと、僕は気合を入れてテレビ画面の映像と同じである外の風景へと目をやる。
土が剥き出しになったような地面、両側にも同じような雰囲気の土の壁が見えている。
そして上へ視線を向けると、かなりの高さはあるが、土で出来ているらしい天井が存在する。
──そう天井があるのだ。
当たり前だが、このスタンドは普通に屋外にあり、今日の天気は晴れで。
トイレ掃除へ行く前には、室内にも春の日差しが降り注いでいて、森の木々も鮮やかな緑色を見せていた。
そんな風景の中にあったはずのスタンドが、今は何故か周囲を土に囲まれた空間の中にある。
建物の背後はここから確認出来ないが、ガラス張りの正面から見えている方は壁がなく、ずっと道が続いているようだ。
四方が土の壁じゃなかった事に感謝すべきなのか悩みながら、リモコンのボタンを押してチャンネルを変えると監視カメラの画角が変わる。
「やっぱりこういう仕様なのか。カメラなんて無いのに……」
色々思う事はあったが、室内から周囲を探索出来るのは助かる。
さすがに外へ出る勇気はない。
最初に見ていたサービスルーム前から計量機を見守るような映像。
サービスルームの前側、向かって右寄りにある灯油用計量機の映像。
サービスルームの裏口から出た所にある物置兼洗濯機置き場の小屋前の映像。
鉄製の蓋付きのゴミ捨て場があるサービスルーム裏の映像。
光源らしきものはこのサービスルームから洩れる明かりしかないようだが、何故かサービスルームの裏まできちんと見えるのも不思議だ。
「……ここは突き当たりなんだな」
サービスルーム裏の映像を確認して背後に迫る土壁を視認した俺は、声に出してみる。
残念ながら答えは無いが、少し落ち着いた気がする。
「とりあえず、通路みたいな方が危なそうだから、そこに合わせておこう」
一人暮らしあるあるだが、独り言が増える。
誰かへ向けている訳ではなく、僕は声の出し方を忘れそうで気付くと声に出してしまっている事が増えた。
今はこの訳がわからない状況で落ち着くため声に出す。
喋っていないとその内、恐怖からあわあわとかおかしな事を口走りそうだったから。
「……あれ? 何か見える?」
最初に合わせたチャンネルというか画角にカメラの映像を合わせた僕は、先ほどまでは見えてなかった何かが画面に映し出されている事に気付く。
サービスルームの前から計量機を見るような画角の中、背景として見えている何処かへ続いている道らしき方の地面。
そこを何かが這っているようだ。
まだ遠いので何かよくわからないが動いている気がする。
カメラ越しではなく自分の目で見てみるが、かろうじて何か動いてるような気がする程度にしか見えない。
しばらく見ていると、だんだんとこちらへ近づいているような気がして、テレビの画面と外を交互に忙しなく見やる。
「もっとよく見たいな……」
ズームとかしないのかと手にしたリモコンへ目を落とすが、もちろんそんな機能があるテレビではない。
諦めて再びテレビの画面へ目を戻すと、映像が切り替わっている。
僕はリモコンを押してはいない。
だが、今映し出されていてるのは、さっきまでとは明らかに違う光景だ。
計量機を見守るように向けられていたはずのカメラは、まるでズームしたかのように僕が見たいと思った部分をハッキリ映し出していた。
それは──こちらへ向かって這ってくる、何らかの液体に塗れてテラテラとしている人型の生き物。
「え? 何だよ、あれ! ゾンビ? 大きなナメクジ?」
驚きと恐怖が自然と口から言葉となってこぼれ落ちるのが止められない。
どちらだとしても、ここが『地球』じゃない可能性を考えなければならないようだ。
そもそも、ガソリンスタンドごと移動してるし、中も外も変化してるし、普通じゃない事が起きてるのは確かだし。
「って、今はそれより、あれをどうにかしないと!」
武器になるような物はときょろきょろと見回した僕の視線が止まったのは、外にある計量機だ。
ガソリンをぶっかけて火をつければ良いのでは……。
とても良い考えだと思った僕は、レジ画面を操作して計量機を使えるようにする。
これでノズルを持って握ればガソリンが出る。
いつもと少し画面が違った気もしたが、今はそれどころじゃない。
後で冷静になって考えれば、とんでもなく危険で、実行するにはヤバい事をしていたのだが……。
この時の僕はアレを撃退しなければいけないといっぱいいっぱいで、外へ駆け出して計量機に到着。
それとほぼ同時にレギュラーガソリンのノズルを掴み、目視でしっかり人型だとわかるようになった存在へ向ける。
いつもは絶対しない動作に、一瞬躊躇った後、僕はギュッとレバーを握り込む。
当然の如く、ノズルの先端からはオレンジ色をしたレギュラーガソリンが勢い良く噴き出す。
それはコンクリートの床を叩き、少し離れた位置に這っていた相手をビシャビシャと濡らしていく。
恐怖のせいかいつも感じている特有のガソリン臭さは感じない。
何処か冷静な部分でそんなどうでも良い感想を抱く。
肌の弱い人なら炎症を起こす事もあるガソリンを浴びまくっても、這っていた相手は大きな反応を見せない。
これはやはり最終手段として火を点けるしか……と思った所で、僕は重大な事に気付く。
僕は煙草を吸わないというか、未成年だから吸えないし、ライターなんて持ち歩いてない。
サービスルーム内も禁煙となったため、お客さん用に置いたりもしていない。
つまりは火を点ける方法が…………あ、休憩室の中には小さいキッチンがあるから、そのコンロから火を……。
目まぐるしく思考を巡らせた僕が、思いついた考えのまま動こうとしたのと、今までほぼ無反応だった相手が動くのは同時だった。
ガバッと音がしそうな勢いで、這っていた相手が上体を起こす。
そこで腕を使ったので完全に人型をした生き物だとわかり、さらにこちらを見た顔が、色んな液体に塗れていてもキラッキラなイケメンさんだと知る。
様々な驚きのせいで固まった僕を前に、キラッキラなイケメンさんはニコリと微笑んで立ち上がり、パチンッと指を鳴らす。
途端に色んな液体に塗れてもキラッキラなイケメンさんが、キラキラとした光に包まれる。
僕も背は低い方ではないが、立ち上がったイケメンさんは僕より拳二つは背が高い。
色々びっくりして見守ってしまっているが、とりあえず相手は化け物とかではなく人間のようでそこだけは一安心だ。
化け物と心通わすようなファンタジーな展開もあるだろうが、人間相手の方が安心というか、確実に楽だ。
そこではたと新たに発生した困った事に気付いて、僕はキラキラとしているキラッキラなイケメンさんを見る。
現代日本ではコスプレ会場でしか見ない、ゲームやアニメでお馴染みの冒険者と呼ばれる人々がしそうな格好で、髪の色はたぶんグレージュが近いかな。楽しそうにこちらを見ている瞳は鮮やかな緑色。
万が一イケメンさんの格好が特殊な趣味で、ここが地球だったとしても、言葉が通じる気がしない。
悩んでる間にキラキラが消え、色々な液体に塗れていたイケメンさんの服が綺麗になり、イケメン度がアップする。
まるで魔法のような光景に度肝を抜かれた僕だったが、下手に黙っていて敵意があると思われたくない。
第一声は何にしようかと考えて、僕の口から出た言葉は……。
「は、はろー?」
相手は腰に剣を差しているように見えるし、まずは敵意がない事をアピールするために挨拶をしてみる。
僕が最初にガソリンをぶっかけたのは忘れて欲しい。
失態を誤魔化すため何とか口角を上げて笑いかけると、ニコリというキラキラエフェクトが見えそうな爽やかな笑顔が返ってくる。
先ほどの謎のキラキラは消えたはずなのに。
「すまない、それは君の国の挨拶かな? 私の言葉はわかるかい?」
「わ、わかります、ごめんなさい!」
声までイケてるイケメンさんの言葉が普通に日本語で聞こえてきて、僕は反射的に謝ってしまった。
自分でも謝った意味はわからない。
「何故謝るんだい? 君は私の命の恩人だよ」
「へ? あの……?」
どちらかといえばトドメを刺そうとしていた犯人じゃ? という突っ込みは、いくらなんでも自爆過ぎるので何とか飲み込む。
「うん? 君は先ほど私へ素晴らしい品質の魔力ポーションをかけてくれただろう?」
「魔力、ポーション?」
いえ、僕がぶっかけたのはレギュラーガソリンです。
ただ今、リッター百七十円なり。
「ふむ。それは金貨で何枚だろうか」
心の声が駄々洩れていたらしく、イケメンさんがちゃりちゃりと音のする小さな布袋をかざして見せてくれたのだが、僕には答えなどなく。
これが僕と第一異世界人なイケメンさんとの出会いで。
──僕には特に変化が訪れなかった異世界転移。しかし、勤務先のガソリンスタンドは代わりとばかりに、ポーションスタンドへと変わっていたらしい。
いつもありがとうございますm(_ _)m
今回は思いつきの勢いで書いた短編です。
始まって、すぐ終わるというか、尻切れトンボかも?
とりあえず、皆様はガソリンの取り扱いにはご注意くださいm(_ _)m