第8話 青島部長の演技
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
そしてなんと! 第一話と第二話を井上さんに朗読していただきました。
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
https://x.gd/9kgir
更新情報はXで!「@dinagiga」
「部長さん」
結芽が演劇部部長の青島香澄を呼んだ。
「なんですか!? せっかく今から私が、演技とは何なのか、朗読とはどうあるべきかを教えてあげようって言ってるのに!?」
そう言ってキッとキツい目を向けた青島に、結芽が一冊の冊子を手渡した。
「これ、読んで」
首をかしげる雫。
「結芽ちゃん、それなぁに?」
「放送部から持ってきた」
ギョッとして目を丸くした雫とは違い、凛が満面の笑顔になる。
「ハチドリのひと雫じゃん! 結芽偉い! 安田っち、今頃きっと大慌てだよ!」
「結芽ちゃん! 勝手に持ってきたらダメじゃない!」
そう言った雫に、結芽がいつもと変わらないぼーっとした顔を向けた。
「大丈夫。キクラゲもそう言ってる」
胸ポケットのトカゲのぬいぐるみの頭をなでなでする結芽。
「トカゲはしゃべらないでしょ!?」
「それに私、一応まだ放送部だから」
なぜかサムズアップの結芽。
「そうだよ雫! 放送部員が部の備品を持ち出しただけだから、問題ない問題ない!」
「そうかなぁ」
「そうだよ!」
そう言って凛は挑発的な笑顔を青島に向ける。
「部長さん、これ朗読できますか!?」
凛の勢いに押されるように、青島は結芽が差し出している冊子を受け取る。
「ああ、これ放送部に伝わってるって言う朗読台本ね」
「うん」
結芽がうなづいた。
「分かったわ。説明するより、やってみた方が手っ取り早いわね」
青島がニヤリとした笑顔を浮かべ、ゆっくりとうなづいた。
「私にまかせなさい!」
ふうっと息を吐き、目を閉じてから深呼吸をする。
そしてパッと顔を上げ、大きく両手を広げた。
「森が燃えていました!」
その演技は鬼気迫るものだった。
青島はセリフの度に表情を大きく変え、部室内を歩き回ったのだ。
ある時は胸に手を当て、またある時は両手を頭上に掲げる。
そのあまりの迫力に、雫も凛も息を呑んで見つめていた。
凄い!
このあまり大きくない部室が、まるで大劇場のステージのように見えてくる!
演劇部の演技って、こんなに迫力あるんだ……。
「ボクはただ……自分にできることをしているだけだよっ!」
そう叫ぶと彼女は、静かにゆっくりと両手を降ろし、雫と凛に深々とお辞儀した。
一瞬の静けさの後、雫と凛は思いっきり拍手をしていた。
「部長さん凄いです! 広いステージを、ハチドリが元気いっぱいに飛び回っているのが見えました!」
「マジですげー! ダテに部長やってないっすね! おいらたまげたぜ、ダンナ!」
「誰がダンナよ!?」
そう言って苦笑した青島は、今演じきったその台本を結芽に手渡した。
だが、受け取った結芽がボソリと言う。
「井上喜久子さんと、ぜんぜん違う」
その言葉にハッとする雫と凛。
確かに演技の迫力はすごかった。
だが、井上が演じた朗読とは違っているように思える。
「当たり前でしょ。井上さんは声優、私は舞台俳優だからね」
再び雫の頭に、疑問符が浮かんでしまった。
舞台俳優と声優の演技って、違ったものなの?
放送部部長の言葉が蘇る。
『放送部の朗読こそが本当の朗読なのだよ』
雫が恐る恐る小さく手を挙げる。
「あのぉ」
「何よ?」
「やっぱり、声優さんと演劇部とは、演技が違うんですか?」
呆れ顔になる青島に、そんな様子をずっと見守っていた演劇部員・伊勢麗華が言う。
「そのあたりのこと、わたくしもあまりよく理解していないのです。部長、ぜひご教授くださいませんか?」
「あら? 伊勢さんて、声優志望だったの?」
その問いに、少し苦笑気味に笑顔を見せる麗華。
「いえ、そういうわけではありませんが、ちょっとばかり興味を持っていまして」
大きくため息をつく青島。
「分かったわ。しっかりと聞きなさい!
そして青島による演技論が始まった。
演劇部たるもの、朗読とはいえ舞台を意識することを心がけねばならない。そのため、基本的に腹式呼吸での大きな発声が必要となる。
一方の声優は、マイクの存在を前提としているため、囁きなどの繊細な声の使い方が可能となる。つまりマイク乗りを意識した、ナチュラルな発声となるのだ。
「声の出し方から違うんだぁ」
凛が感心したような声をあげた。
「その通り! 声優のことはよく知りませんが、舞台俳優はマイクなんか無くても劇場全体に聞こえる声でなくてはなりません! それに!」
「それに!?」
思わず身を乗り出す雫たち。
「私たち俳優は、セリフだけでなく姿勢やジェスチャーなど身体全体で感情を伝えるのです!」
確かにさっきの青島は、部室内を歩き回り、身振り手振りを交えて演じていた。
「そうなのです! たとえ朗読といえども私達が舞台で演じる朗読劇は、視覚プラス聴覚を使ったパフォーマンスなのです! もっと言えば、立ち位置や照明などもセットとなった総合芸術なのです!」
ものすごい勢いでそう言い切った青島に、雫は圧倒されていた。
「じ、じゃあやっぱり……声優さんとは違うんですね」
「物語を伝えるのは演劇が王道! それ以外は皆、邪道です!」
「じゃどう?」
青島の言葉に、雫が不思議そうな顔を凛に向ける。
「影ってことだよ、たぶん」
凛の言葉に青島が突っ込む。
「それはシャドウ! 私が言ってるのは邪道!」
「じゃああれだ、車が通る道」
「車道! 邪道だって言ってるでしょ!」
そんな会話をぼーっと聞いていた結芽がボソリと言う。
「蛇の道はヘビ」
「その“じゃ”ではありません!」
今度は凛が首をかしげる。
「じゃあどのヘビ?」
「ヘビじゃないのっ!」
次にボケたのは結芽だ。
「蛇に睨まれたトカゲ」
「それはトカゲじゃなくてカエル!」
「キクラゲはカエルじゃなくてトカゲ」
「うぎゃーっ!」
青島がそのショートカットをかきむしって叫んだ。
「あなたたち、部活の邪魔をするならとっとと出ていきなさい!」
すごい剣幕である。
それに雫が食い下がる。
「じゃあ最後にひとつだけ!」
「ああ、早く言いなさい!」
「演劇部に入れば、声優さんになれますか!?」
再び静寂に包まれる演劇部。
それを破ったのは麗華だ。
「その答え、わたくしもぜひ聞いてみたいですわ」
青島が雫に視線を向けてニヤリと笑う。
「無理でしょうね」
あっけにとられる雫。
放送部も演劇部も、声優の道にはつながっていない。
では、声優になりたい自分はどうすればいいのだろう?
その時、麗華の優しい声が部室に響いた。
「声優さんと言うのは、演劇とはまた違った演技をするのですね。なんだかわたくし、とても興味が湧いてきましたわ」
そんな麗華に、雫がパッと向き直る。
「えっと伊勢さん、いえ麗華ちゃん!」
「なんですか?」
「私たちと一緒に、声優さんについて探求してみませんか!?」
右手の人差指をアゴに当て少し考えていた麗華だったが、すぐに明るい笑顔を雫に向けた。
「それも悪くありませんわね」
演劇部の人が一緒なら、演技についてもっと色んなことが分かるに違いない!
雫の心に、パッと明るい光が差し込んでいた。
今回のお話で、放送部も演劇部も、声優の道には繋がっていないと分かってしまいました。はたして雫たちはどうすればいいのでしょう?
結芽と麗華も加わって、いよいよ次回から声優部設立に向けて雫たちの奮闘がスタートしますのでお楽しみに!
さて、そろそろキャラクターが揃い始めてきましたが、あなたの推しキャラは誰でしょう?
ひたむきな雫か、元気な凛か、天然の結芽か、それともお嬢様の麗華か?
感想などで教えてもらえると嬉しいです!