第6話 演劇部の部室
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
そしてなんと! 第一話と第二話を井上さんに朗読していただきました。
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
https://x.gd/9kgir
「たのもー!」
凛がドアを激しくノックしながらそう叫んだ。
雫があわてて凛の腕を掴む。
「やめてよ凛ちゃん! 道場破りじゃないんだから!」
放課後の部室棟に、雫と凛、そして結芽の姿があった。声優についての話を聞くために、演劇部の部室にやって来たのである。
結芽がボソリと言う。
「道場破りって何?」
凛が嬉しそうに結芽に視線を向けた。
「強盗さんたちが銀行に押し入って!」
「うん」
「でっかくて分厚い鉄の扉に付いてるダイヤルをカチカチって!」
「うん」
雫が慌ててその会話に割り込む。
「凛ちゃん! それは金庫破りだよ! 私が言ったのは道場破り!」
「じゃああれだ! テレビの特番のマラソン大会の難所の坂!」
「それって……心臓破りだ! 違いすぎるよぉ」
雫の言葉に、凛がおどけるようにペロッと舌を出す。
「やりすぎかな? 掟破りだった?」
「うーん、型破りかな」
結芽がポカンとして二人を見つめる。
「破ってばっかり」
ハッとして雫が言う。
「だから、道場破りだってば!」
「やっぱり道場破りなんだ、これ」
凛がニヤリとしてそう言った。
しまった! また凛にやられた!
道場破りじゃないと言ったはずなのに、いつのまにかそうだと言ったことになっている。
「凛ちゃん!」
「まぁまぁそう怒らずに、早く演劇部に話を聞こうよ。お先にどうじょう、なんてね!」
「もう!」
三人がそんなやりとりを繰り広げていると、演劇部の扉がゆっくりと開いた。
「おはようございます、何か御用でしょうか?」
そこにはスラリとした女生徒が立っていた。身長は雫より10センチ以上高く、165センチを越えているだろう。背中の真ん中ほどもあるストレートロングが、サラサラと美しく揺れている。
「おはよう? 今はもう放課後」
結芽が首をかしげてそう言った。
「あら、同じクラスの桜田さんではありませんか?」
「結芽でいい」
「じゃあ結芽さん、わたくしども演劇部では、いえ芸能関係の世界では、どんな時間でもごあいさつは“おはようございます”なのですわ」
雫が驚きの目を凛に向ける。
「そうなの!?」
「うーん、それは知らないなぁ」
雫の視線が長身の女生徒に向けられた。
「ご存知ないかもしれませんが、演劇の世界や芸能界、そしてテレビやラジオなどの放送業界などではそうなっています」
そう言って上品に笑う女生徒。
あわてて雫が凛と結芽に目配せをする。
そして小声で、
「せーの」
「おはようございます!」
三人がきれいに揃って頭を下げた。
「それで、この人誰?」
凛の質問に、結芽がスッと右手を上げ手のひらを上に向ける。
「伊勢麗華、私と同じ一年A組で、一番の美人」
「麗華でいいですわ」
そう言ってニッコリと笑う。
確かに美人だぁ。
雫と凛は、危うくうっとりとしたため息を漏らしそうになった。
「それで、演劇部に何か御用ですか?」
そうだった!
用事があってここに来たのだ。
だが雫が口を開く前に、また凛がボケをかます。
「御用だ! 御用だ!」
「あら、あなた岡っ引きさんですか?」
「のっぴきならねぇんだ! べらぼうめ!」
結芽がいつものようにボソリと言う。
「おかっぴきとかのっぴきとか、何匹いるの?」
「その匹じゃない!」
「その匹じゃありませんわ」
凛と麗華の声がキレイに揃った。
目を合わせて笑ってしまう二人。
「さてここで問題です」
あ、また結芽のクイズ番組が始まった!
雫と凛が顔を見合わせた。
「私はトカゲさんを三匹飼っています。今、箱の中に隠れているのは何びきでしょう?」
「結芽ちゃん、トカゲなんか飼ってるの!?」
驚きに目を丸くした雫に、結芽は自分の胸ポケットを指差した。
ちょこんと顔を出している緑の何か。
あれって……ぬいぐるみ?
雫が首をかしげていると、結芽はそれをスポッとポケットから取り出した。
「それ、エリマキトカゲのぬいぐるみだったんだ」
だが凛のその言葉に、結芽は首を横に振った。
「ううん、これはキクラゲ」
「いや、どう見てもエリマキトカゲじゃん!」
「エリマキトカゲじゃなくて普通のトカゲさん。キクラゲは名前」
「トカゲなのにキクラゲなの!? それにエリマキ付いてるのにエリマキトカゲじゃないの!?」
「寒がりだからエリマキ巻いてる」
「なるほど! エリマキしたトカゲのキクラゲちゃんなんだ!」
「うん」
うなづきながらキクラゲの頭をナデナデしている結芽。
いやいや、トカゲかエリマキトカゲか、はたまたキクラゲなのかより、今は全く分からないクイズだ!
そう思った雫が結芽に向かって叫ぶ。
「ヒントください!」
ゆっくりと雫に視線を向ける結芽。
「何びき、でしょう?」
「結芽ちゃん、それは聞いたよぉ。凛ちゃん、分かる?」
「うーん、サッパリ分からん」
「今のヒントで分かりましたわ」
麗華が再びニッコリと上品な笑顔を見せた。
「三匹ですわね」
「正解」
「どうして分かったの!?」
雫と凛が興味津々の表情を麗華に向ける。
「簡単な推理です。もしトカゲさんが一匹なら“ぴき”、二匹なら“ひき”です。でも結芽さんは“何びきでしょう?”とおっしゃいました。なので三匹ということになりますわ」
すごい! この人頭もいいんだ!
いや、問題を出した結芽も頭がいいのかな?
雫は思わず小首をかしげる。
「それで、もう三回目ですが……演劇部に、何か御用ですか?」
その麗華の言葉に、再び凛の目がキラリと輝いた。
「こんちは! 三河屋です!」
「それは御用聞きさんですわね」
突っ込みも早い!
やっぱり頭がいい人なんだ。
いや、そんなことを考えている場合では無かった。
ここへは、疑問を解決するためにやって来たのである。
「あの、声優さんの演技について知りたいんです!」
やっと言えた!
「なるほど。演技について聞きたいから演劇部を訪ねてきたのですね?」
「はい!」
「それなら、新入部員のわたくしではなく、先輩にお話をうかがったほうが得策でしょう。さぁ、お入りになって」
そう言うと麗華は、雫たちを先導して部室内に足を向けた。
「あれ? 雫と凛じゃない、どうしたの?」
そう言ったのは、ショートカットで活発そうな女生徒だ。
「あ、志幾さん」
「ひなたって演劇部なんだっけ?」
雫、凛と同じクラスの志幾ひなたである。
「言ってなかったっけ? 私将来、小劇場のスターを目指してるの!」
「じゃあひなたでもいいや、ねぇ雫の疑問に答えてあげてくれないかな?」
首をかしげるひなた。
「どんな疑問?」
雫の目が真剣そのものに変わる。
「声優さんの演技について、知りたいの!」
「声優さんかぁ……」
「教えて!」
麗華に視線を向けるひなた。
「麗華、分かる?」
「そうですわね、わたくしもあまり詳しくは分かりませんわ。志幾さんはいかがですの?」
「私もよく分かんないなぁ」
部室が沈黙に包まれる。
「間もなく部長がお見えになると思いますわ。その疑問、わたくしも知りたいですし、もう少しお待ちいただけませんか?」
麗華が申し訳無さそうにそう言った。
「待ちます! いくらでも待たせていただきます!」
ついに疑問が晴れるのかもしれない。
心がワクワクに包まれる雫であった。
放送部の朗読と声優のそれは、根本的に演技の方法が全く違っていると知った雫。
そしてやって来た演劇部ですが、ここで雫の疑問が解けるのでしょうか?
次回、いよいよ演劇部の部長が登場予定です!
さて、井上喜久子さんによる第一話と第二話の朗読、いかがだったでしょうか?
次の朗読は7月頃の公開に向けて頑張っていますのでお楽しみに!
おそらく、第15回前後になると思いますので、それまでのお話は小説でお楽しみください!