第4話 声優というお仕事
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
そしてなんと! 第一話と第二話を井上さんに朗読していただきました。
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
https://x.gd/9kgir
「き、君! 声優のなんたるかを知らずして、井上喜久子さんに会いに来たのか!?」
雫に向け驚愕の声を上げた正広に、凛がいたずらっぽい視線を向ける。
「なんたるかって、なんじゃそりゃ?」
「声優がどういう仕事なのかってことだ! と言うか、高千穂くんは中学では僕と同じ放送部だったんだから、それぐらい知ってるはずじゃないか!?」
「あ、私放送部に入ってたんだっけ?」
「トボケるんじゃない! しかも君はオタクだろ? 声優のことには詳しいはずだ!」
「てへぺろ」
凛がペロリと舌を出した。
「ほら見ろ! それこそが、君がオタクである証拠だ! 一般人は日常会話で“てへぺろ”なんて言葉は使わない!」
「そうかなぁ」
「そうだよ!」
放送部員全員が、正広に同意とばかりにうなづいている。
“てへぺろ”は「てへっ」と照れ笑いしながら「ぺろっ」と舌を出す仕草を表現したもので、小さいミスや軽い失敗を可愛くごまかす際に使われる言葉である。
「遅刻しちゃったぁ、てへぺろ♡」
「テストで赤点取っちゃったよ、てへぺろ♡」
などなど、使い勝手が良いために、今では多くの人たちの間で広まっている。
元々は、声優の日笠陽子がラジオ番組などで使い始めた造語だが、その後、テレビのバラエティ番組等で取り上げられて一般化し、2012年には「女子中高生ケータイ流行語大賞」で金賞を受賞している。そう考えると、すでに一般的な言葉であると言ってもいいのかもしれない。
凛が不服そうに頬を膨らませる。
「みんな使ってると思うけどなぁ」
その瞬間、井上がニッコリと笑って言い放った。
「今日は遅刻しちゃった、てへぺろ♡」
その口元には、可愛く舌先がペロッと見えている。
「ほらね!」
凛が勝ち誇ったような笑顔を正広に向けた。
ぐぬぬぬ!
上から目線の凛の表情には少し腹が立つが、井上喜久子が使うなら仕方がない。“てへぺろ”はきっと一般的な言葉になっているのだろう。正広はそう自分に言い聞かせた。
「分かった。この話はもういいとして、君、淡島くんだっけ?」
「はい!」
「君は本当に、声優という仕事を知らないのかい?」
「はい。ついさっき、凛から聞いたばかりなんです!」
凛と違い真摯に見つめてくるその瞳に、正広はひとつうなづいた。
「そうか。では放送部部長のこの安田が、ズバリ教えてあげよう」
ぐっと胸を張る。
「声優とは!」
「声優とは!?」
なぜか凛が合いの手を入れた。
「アニメのキャラクターに、声を当てる!
洋画や海外ドラマの吹き替えをする!
ゲームに声入れる!
ドキュメンタリーにナレーションを入れる!
その他色んな時に声を当てるぅっ!
それが声優だっ!」
キラーンと、正広の目が光ったように感じられた。
うわぁ、間違ってはいないけど全部普通のことだぁ。しかもとても偉そうな上に長かったぁ。
放送部員全員の気持ちを、凛がひと言で言う。
「ぜんぜんズバリじゃないじゃん」
部員たちも、そうだそうだとうなづいている。
「雫さん」
ポカンとしている雫に、井上が優しく微笑みかけた。
「はい!」
「私たち声優のお仕事はね、アニメとかに登場するキャラクターたちに、命を吹き込むことなの」
「命?」
「そう。まるで生きているように、本当に存在するかのように、ね」
そう言ってニッコリと笑う井上の顔に、小さなハチドリの姿が映画のオーバーラップのようにダブり始める。
『ボクはただ、自分にできることをしているだけだよ』
この人の言う通りだ……スピーカーから聞こえるその声を聞いた時、雫の中に、まるでハチドリがそこにいるかのような情景が浮かんだのである。
そうか! 声優は、空想の存在に命を与える素敵なお仕事なんだ!
井上の言葉に、雫は一瞬でそう理解していた。
「はいそこまで。きっこちゃん、そろそろ時間よ」
事務所の代表、関口が腕時計を指してそう言った。
「はぁい! じゃあ皆さん、そろそろ次のお仕事に向かいまぁす!」
井上のその言葉に、正広を始め放送部全員がペコリと頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
皆の声がキレイに揃った。
そして井上喜久子は去っていった。
まるで春の嵐だったかのように。
ふうっと、大きく息を吐く正広。大仕事をひとつやりきった心境なのである。
同時に、副部長の真希が雫と凛に言った。
「あなたたちも、これで用が済んだでしょ? もう教室に帰った方がいいわ。五時間目の授業に遅れるわよ」
「もうひとつだけ! お聞きしてもいいですか!?」
雫のあまりの勢いに、少したじろいでしまう真希。
「な、何? 言ってご覧なさい」
「放送部って、朗読のプロなんですよね!?」
雫の言葉に、凛がすかさずツッコミを入れる。
「いや、アマチュアだよ?」
それが聞こえないのか、雫が正広と真希にガッと詰め寄った。
「私、井上さんみたいな声優さんになりたいんです! 部長さん、副部長さん! どうすれば声優になれるんですか!?」
「それ、私も知りたい」
ボソッとそう言ったのは、ここまでずっと傍観者だった一人の女生徒だ。
身長は155cmの雫と、同年代の女子の平均より小さな凛の中間ほど、152cmぐらいだろうか。ツインテールに結んだ髪がゆらゆらと揺れている。
「桜田くん、君も声優志望なのか?」
いぶかしげな正広の声に、女生徒は小さくうなづいた。
「どなた?」
「私も知らない」
雫の質問に、凛が首をかしげる。
「安田先輩、この人誰です?」
「我が部の一年生だ。桜田くん、放送部らしく自己紹介してみたまえ」
「桜田結芽、16歳。好きなのは中華クラゲ」
正広の目が丸くなる。
「全然放送部らしくないじゃないか! 君はちゃんと発声練習とかやってるのか!?」
「やってる」
「あのぉ」
雫が首をかしげながら正広に聞いた。
「どんな自己紹介が、放送部らしいんですか?」
正広はひとつ咳払いすると、背筋をピンと伸ばした。
「私は安田正広です、武蔵原高校放送部の部長を務めています。趣味は鉄道模型を作ることです!」
そう言って誇らしげに胸を張る。
「声優らしくない」
結芽がボソリとそうつぶやいた。
「だから、これは声優じゃなくて放送部らしい自己紹介だと言ってるだろう!」
少し混乱したような目を正広に向ける雫。
「声優さんと放送部って、違うんですか?」
「当たり前じゃないか。声優と放送部では、発声も演技も根本的に違っている」
「マジか」
再び結芽がそうつぶやいた。
「桜田くんはそんなことも知らずに我が放送部に入ったのかね?」
「うん」
雫の困惑が大きくなっていく。
「じゃあ、放送部に入っても声優さんにはなれないんですか!?」
「うむ。なれないだろうな」
「ええーっ!?」
雫の悲鳴が、放送室に大きく響き渡った。
声優と放送部の違いって何???
はたして雫の運命は!?
さて、井上喜久子さんの第一話と第二話の朗読、いかがだったでしょうか?
次の朗読は7月頃の公開に向けて頑張っていますのでお楽しみに!
おそらく、第15回前後になると思いますので、それまでのお話は小説でお楽しみください!