第3話 伝統の台本
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
そしてなんと! 第一話と第二話を井上さんに朗読していただきました。
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
https://x.gd/94EFp
「すごい……井上さんて17歳なのに、とっても大人っぽいんですね!」
なんだか嬉しそうな笑顔でそう言った雫に、正広が思わず右手を上げる。
「おいお……」
そう言いかけた正広の手を、真希が慌ててぐっと掴んだ。
「部長!」
あまりの真希の剣幕に、驚いてしまう正広。
「な、なんだ!?」
「この一年生に“おいおい”したらどういう意味になるか、分かってやってるんですか!?」
「どういう意味って……あ!」
なるほど、危なかった!
“おいおい”は、井上喜久子がボケた時の定番の突っ込みである。
つまり、ここで正広が“おいおい”してしまったら、井上が本当は17歳ではないということになってしまうのだ。
それはあまりにも失礼すぎる。
しかもそんなことをすれば、放送部員の全員から“空気の読めないヤツ”のレッテルを貼られてしまうだろう。
正広は、由緒ある武蔵原高校放送部の部長だ。しかもJコンの優勝経験者でもあるのだ。こんなところで失敗などしてなるものか。
「おいお……前たち」
「はい?」
急に呼びかけられた雫と凛が、首をかしげて正広を見る。
「えーと……君たちは、どうしてここへ来たんだい?」
「はい!井上喜久子さんにお会いしたくて!」
真摯な目でそう叫んだ雫とは対照的に、すぐ後ろで彼女を見守っていた凛は、呆れたように肩をすくめた。
「それ、さっき言ったじゃん。安田先輩、相変わらずボケてますね」
ボケてる?
凛の言葉を聞いた雫は、反射的に右手を正広に向け左右に振った。
「おいおい!」
一瞬沈黙に包まれる放送室。
それを破ったのは真希である。何かに我慢できなかったのか、いきなりプッと吹き出したのだ。
「部長、一年生に一本取られましたね」
「いっぽんっ!」
そんな凛のひと声が合図だった。放送部員たち全員が、楽しそうな笑い声を上げる。正広も苦笑しつつ、やれやれと肩をすくめていた。
「凛ちゃん、これどういうこと?」
雫だけは状況が飲み込めず、ポカンと口を開けている。
そんな雫に、井上が歩み寄る。
「雫さん、だったっけ?」
「はい!淡島雫です!」
「今の“おいおい”の使い方、とっても良かったわよ」
関口も、口元を押さえて笑いをこらえている。
「そうね、きっこちゃんも認める、いい“おいおい”だったわね」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうに笑顔を見せる雫。まぁ、この時の彼女には、なぜ皆が笑っていたのか、よく分かってはいなかったのだが。
凛が雫の肩をポンと叩いた。
「良かったじゃん、雫! きっこさんに認めてもらえて」
何が認められたのだろう?
そんな表情で首をかしげる。
「雫、きっこさんに聞きたいことがあってここに来たんじゃないの?」
そうだった! せっかく会えたんだ、ちゃんとそれを聞かなくちゃ!
井上に向き直り、居住まいを正す雫。
「あの、さっき朗読されてたお話、『ハチドリのひと雫』って、私が小さい頃に大好きだった絵本なんです。どうしてあれを朗読したんですか?」
純粋極まりない瞳で井上を見つめる雫。
井上は、雫の疑問をそのまま受け渡すように視線を正広に向けた。
「どうしてなの?」
正広が、ハッ!という感じで、なぜか敬礼する。
「それには、このわたくしが答えさせていただきます!」
そんな彼に、不思議そうな目を向ける雫。
「我が放送部には、三種の神器と呼ばれる台本が、代々伝わっているのだ!」
「おひけぇなすって!」
凛が腰を落とし、右の手のひらを開いて上に向けた。
「その仁義じゃないわよ!」
真希から、漫才の合いの手のような素早さでツッコミが入る。
その意味が全く分かっていないのか、雫はより一層首をかしげてから慌てて井上の顔を見た。ゆっくりとうなづく井上。
雫の顔がパッと明るくなる。
「おいおい!」
雫の“おいおい”が、今度は凛に炸裂した。
「はいは〜い!」
凛も元気に返事をする。それにかぶせた正広の咳払いが響いた。
「“三種の神器”と言うのはだな、アナウンス、朗読、ラジオドラマの三種類の台本のことで、10年以上前の代からこの部に伝わっているのだよ。そのうちの朗読台本が、この『ハチドリのひと雫』なのだ!」
そう言うと正広は、手にしていた古びたシナリオを高く掲げた。
「えーと……奥付によると」
パラパラとページをめくっていく。ちなみに奥付とは本の最後にある著者や発行日などを記載する頁のことである。
「あった!……うむうむ、これは11年前に書かれた台本だな」
「11年前!?」
雫が目を丸くする。
「ひょえ〜、私たちがまだ幼稚園生の頃じゃん。ふっる!」
凛も同様に驚きを隠せない。
だが雫には、そんな凛の表情は目に入っていなかった。その心中では、校内放送で聞いた井上のセリフが蘇っていたのだ。
『ボクはただ、自分にできることをしているだけだよ』
雫の心に、おぼろげに浮かんでくるもの。
幼稚園の教室で、誰かが絵本の読み聞かせをしてくれている?
先生だったかな?
その誰かの顔は、モヤがかかっていてよく思い出せない。
そんな雫の思考を断ち切ったのは、正広の自信たっぷりの声だった。
「そんなわけで、せっかく井上さんがわざわざ我が部に来てくださるということで、この伝統の台本の朗読をお願いしたのだよ!」
胸を張る正広。
凛が雫に笑顔を向ける。
「これで疑問がひとつ解決したね!」
「ひとつって?」
真希が首をかしげつつ、凛と雫に視線を向けた。
「はい!雫にはもうひとつ、とっても大事な疑問があるんです!ね?」
幼稚園の風景を頭から振り払い、雫がパッと顔を上げる。
「井上さん!」
「なぁに?」
優しい笑顔だ。
「声優って何ですか!?」
再び、一瞬の静寂に包まれる放送室。
だが次の瞬間——。
「ええーっ!?」
放送部員たちの、悲鳴のような声が響き渡った。
声優というお仕事を知らない雫!
はたして彼女の運命は!?(笑)
第一話と第二話の朗読、いかがだったでしょうか?
次の朗読は7月頃の公開に向けて頑張っていますのでお楽しみに!
おそらく、第15回前後になると思いますので、それまでのお話は小説でお楽しみください!