第25話 わが町ムサシノ
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
第1話と第2話を井上さんに朗読していただきましたが、このたび第16話と17話も、朗読していただきました!
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
謎の対談も、聞いていただけると幸いです(笑)
https://x.gd/9kgir
更新情報はXで!「@dinagiga」「@seitsuku」
「お疲れ様」
城島はそう言うと、栗山にコーヒーを差し出した。インサートカップを黒いカップホルダーに差し込んだ、使い捨てのコーヒーカップだ。
「ブラックで良かったわよね?」
「はい、ありがとうございます!」
それを嬉しそうに受け取る栗山。
井上と関口が次の仕事場へと移動した後、二人はラジオノむさしの三階ロビーでひと息ついていた。
城島が、栗山と同じ丸テーブルの席に座る。
「井上さんの番組、今日も楽しかったわね」
そう言うと、自分のカップからコーヒーをひと口すする。
「そうですね。井上さんのトーク、抜群に面白いですよね」
「間に挟まるボケもね」
「それです!」
二人は楽しそうに小さく笑った。
「でも、ボケっ放しじゃなくて、栗山くんがちゃんとトークバックで突っ込んでるから成立してるのよ。『おいマン』が楽しいのは、あなたのおかげでもあると思うわ」
「そんなことないですよ。ボクはただ、我慢できずに突っ込んでるだけですから」
再び笑顔になる二人。
「ところで――」
栗山がふと真顔になる。
「わが町ムサシノの、次の取材先はどうしましょう?」
ラジオノむさしのは、地域FMとも呼ばれるコミュニティーラジオだ。道府県単位を超える広範囲に放送を行うFM局とは違い、市区町村などの限られた地域に密着した情報を届けるFM局のことである。地元イベントの情報や、災害時に役立つ情報などを発信する役割を担っている。1992年に制度化され、現在では全国各地に約300局以上が誕生しており、地域振興や公共の福祉増進に貢献している。
『わが町ムサシノ』は、そんなラジオノむさしの人気番組のひとつだ。
地元で人気の飲食店や名物店主など、地域密着の話題を届け続けている。
「栗山くんとしては、これまでの取材で人気があったのはどのジャンルだと思う?」
「そうですね……」
腕組みし、なんとはなく中空を見つめる栗山。
「中学や高校の部活紹介とか、リスナーさんからの反応が良かったです」
「確かに」
そう言ってうなづく城島。
だが、すぐにひとつため息をついた。
「でも、そろそろやりつくした感があるわよね」
「ええ。大会のたびに取材してる運動部も、けっこうありますからね」
栗山も肩をすくめる。
野球部、サッカー部はもちろん、卓球やラクロス、水泳にダンスまで、動きがあってラジオ的に音になるスポーツ部のほとんどはすでに取材済みなのだ。
「新体操部ってのはどうです? 評判良かったですし」
「悪くはないけど、もう二回行ってるわよね?」
「まぁ、そうですけど」
ため息から沈黙へ。
ロビーに、コーヒーを啜る音だけが響いた。
栗山が両手を上げ、ぐっと伸びをする。
「あぁ……運動部と違って文化部は、たいした音も出ないし地味なんですよねぇ」
「そうかしら?」
城島が、アゴに右手の人差指を置き考え込んだ。
「何かいいアイデアでも?」
「創造祭よ」
「武蔵原の?」
「そう」
創造祭は、二人の母校・都立武蔵原高校の学園祭だ。生徒たちの創造する力を尊ぶ、という趣旨で名付けられた同校の名物とも言える催しである。
「高校の頃を思い出してみて。創造祭で、文化部も盛り上がってたじゃない?」
「あ、放送部と演劇部!」
「そう! あなたも知ってる通り、私達の放送部と演劇部って、毎年創造祭で燃える対決をしてる!」
創造祭では、各クラスはもちろん各部活も、様々な発表を繰り広げる。中でも有名なのが放送部と演劇部だ。
放送部は毎年、新作のオリジナル短編映画を上映する。
一方の演劇部は、ステージでの演劇である。
「栗山くんの時代はどうだったの? どっちが勝った?」
「一勝二敗ですよ」
少し苦笑する栗山。
その表情を尻目に、ニヤリとした笑顔を浮かべる城島。
「私は二勝一敗。私の勝ちね」
「チーフじゃなくて、勝ったのは放送部全体が、でしょ!?」
「ま、そうだけど」
そう言いながらも、城島はニヤニヤ顔をやめない。
創造祭には、他校には見られない独自のシステムがある。全生徒と全教師、そして父兄など訪れた者全員が良かったと思う発表に投票するのだ。そしてそれを生徒会がまとめ、後日各賞が発表される。
放送部と演劇部は、同じ表現者として毎年そのトップの座を競っていた。
「そうか!」
栗山の表情が明るくなる。
「創造祭の取材なら、文化部でも派手に取り上げられますね!」
「そうね……でも栗山くん、これって長期取材ができるネタかもよ?」
「長期取材?」
城島がニヤニヤを深めて言う。
「そう! 創造祭に向けて頑張る生徒たちを追いかけるのよ!」
「それ、いいですね!」
「放送部も演劇部も、創造祭を目指して活動してるはず。それに密着して、創造祭でフィナーレを迎える!」
「いけますよ、それ!」
気がつくと二人は立ち上がっていた。
「じゃあ栗山くん、放送部の部長に連絡して現状を聞いてみてくれない? 例の安田くんに」
「この後すぐ、メール入れてみます」
ふと何かを考えるような表情になる城島。
「放送部と演劇部の今年の状況……それと、井上さんが言ってた一年生たちも気になるわね」
「淡島……雫さんとかいう?」
「その子たち、放送部に入ったのかしら?」
首をかしげる栗山。
「井上さん、そこまでは言ってませんでしたね」
「それも安田くんに聞いてみてくれない?」
「気になるんですか?」
ひとつうなづく城島。
「井上さんの話だと、とても純真な子たちみたいじゃない? 声優って何ですか? とか」
「最近じゃ、珍しいかもしれませんね」
「私のカンが言うのよ……なにかあるかもって」
「分かりました、それも追加で聞いてみます」
「よろしく!」
取材先の目処が付き、二人の顔は明るく輝いていた。
取材先が武蔵原高校に決定!
ということは……おそらく雫たちと出会うのでしょう。
はたしてどんな展開に?
次回をお楽しみに!




