第24話 ラジオノむさしの
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
第1話と第2話を井上さんに朗読していただきましたが、このたび第16話と17話も、朗読していただきました!
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
謎の対談も、聞いていただけると幸いです(笑)
https://x.gd/9kgir
更新情報はXで!「@dinagiga」「@seitsuku」
「お疲れさまでした〜」
ラジオスタジオの分厚い扉を開いて、一人の女性がサブコントロールルームへと出てきた。半袖が少し膨らんだパフスリーブの白いブラウスに、淡い水色のキャミソール型ワンピースを重ね着している。
声優の井上喜久子である。
「お疲れ様でした!」
井上に同時に答えた声は二つ。
一人は、井上がパーソナリティを担当しているラジオ番組『井上喜久子のおいおいマンボウ』の担当ディレクター、栗山智彦だ。黒髪のアップバングで、前髪を立ち上げて額を出し、会う者にさわやかな印象を与えることに成功している。薄いブルーの襟付きシャツにチノパンという、典型的なラジオディレクターらしい格好だ。
もう一人は、栗山よりひとまわりほど年上に見える女性、チーフディレクターの城島温子である。少し茶色がかった縦長のショートだが、女子アナ風に後頭部が高めのシルエットになっており、知的で大人っぽい雰囲気を見せていた。服装は、動きやすそうな少し大きめのブラウンのワンピースである。
ここはコミュニティFM局“ラジオノむさしの”の収録スタジオだ。
同局はJR吉祥寺駅から徒歩五分の好立地にあり、多くのリスナーを抱えている。その開局は1995年であり長い歴史を誇っているが、2005年にステーションコンセプトの大転換を果たしていた。
『様々な文化の中心吉祥寺から、新しいラジオの文化を発信する!』
というキャッチフレーズを掲げ、来たるべきAMからFMへの統合を予見し、AM的番組を目指すFM局となったのだ。井上の番組も、同局で初めて声優をパーソナリティに起用した若者向け番組なのである。
「栗山さん、この前はありがとうございました」
パンツスーツを格好良く着こなす知的な雰囲気の女性が、栗山に声をかけた。
井上が所属する事務所の代表・関口弥生だ。彼女は井上の実の姉である。
「いえ、こちらこそありがとうございました。突然のお願いなのに、無理をきいてくださって」
少し前のことになるが、栗山から関口に、彼がOBである都立武蔵原高校放送部が担当する校内放送への出演をお願いしたのだ。
「お昼の放送でボランティアイベントのことをお知らせできたので、たくさんの高校生たちが来てくれたんですよ。栗山さんには感謝です」
「うちの栗山がお役に立てたようで、良かったです」
城島がニッコリと笑顔でそう言った。
「放送部の生徒たち、何か失礼なことしませんでした?」
「いえいえ、失礼なんてなかったです!」
心配気に聞いた栗山に、井上が笑顔でそう答えた。
「それどころか、ちょっとおもしろいことがあったんですよ」
「おもしろいこと?」
栗山が首をかしげる。
「闖入者がやって来たんです!」
「え!? 闖入って、大丈夫だったんですか!?」
その会話に、関口が苦笑した。
「闖入と言うより、乱入と言ったほうがいいかもね」
「イチゴにかける?」
「それは練乳!」
相変わらず井上と関口の会話は、雫たち女子高生たちのそれと大差ない。
「それで、乱入って言うのは?」
城島が心配そうな視線を井上に向けた。
「潜入?」
「スパイじゃないんだから! 闖入って言ったの、きっこちゃんじゃないの!」
「あ、そうだった」
ニッコリと微笑む井上。
大きくため息をつく関口。
「お昼休みの放送を聞いて、放送室にやってきた女の子たちがいたんです」
その話を関口が引き継ぐ。
「二人の一年生だったんですけどね、きっこちゃんの朗読に感動して、どうしても会いたいって」
城島が不思議そうに言う。
「私も栗山くんと同じ、あそこのOBなんですが、普段放送室には部外者は入れないことになってるはずですよね」
「そうみたいなんですけど、どうやら部活の見学者だと勘違いして扉を開けてしまったみたいで」
「あらら、たいへ〜ん」
「大変なのは井上さんじゃないんですか!?」
慌ててそう言った栗山に、井上は笑顔を返した。
「でもね、ふたりともとってもいい子だったんです」
「そうなんですよ。それでね――」
そう言いかけて、関口が小さく笑う。
「その中の一人が、」
「雫ちゃん!」
井上がとても嬉しそうな笑顔になった。
「そう、淡島雫って子が、きっこちゃんが放送で言った“井上喜久子17歳です”っていつものフレーズを信じちゃってて、“17歳なのに、とっても大人っぽいんですね”って元気に言ったんですよ」
「へぇ」
栗山と城島が、少しホッとして笑顔になる。
「可愛いでしょ?」
「確かに。高校一年生でそれは可愛いかもしれませんね」
「あなたが言うと、まるでオヤジみたいだからやめた方がいいわよ」
「オヤジって、先輩の方がボクより11も年上じゃないですか!」
「城島温子、17歳です」
城島がおどけたように言う。
「おいおい」
井上と関口が右手を降って突っ込んだ。
「先輩、いつから17歳になったんですか!?」
「先週から」
そう言って井上に視線を向ける城島。
「はい。この前の収録の時に、城島さんにも17歳教に入ってもらいました!」
「いつの間に!? ボクも入れて欲しいなぁ」
「栗山くんはまだ早いわよ」
肩をすくめる城島。
「それでね――」
井上が笑顔で話を続ける。
「雫ちゃんに聞かれたんです。声優って何ですか? って」
ポカンとしてしまう栗山。
「その子……淡島さんでしたっけ? 声優って存在、というか声優という仕事があることを知らなかったとか?」
「ピンポーン! 正解〜!」
「それで、何て答えたんですか?」
「うーん、放送部の部長さんが色々教えてあげてたみたい」
「まぁ、雫さんたちが知りたいこととは、ちょっとズレてたんですけどね」
関口のその言葉を聞き、栗山と城島が顔を見合わせる。
今の部長って、確かあの?
はい、安田くんです。
声に出さない会話が、二人の目で交わされた。
そして苦笑する二人。
「悪いヤツじゃないんですけど、あいつ、ちょっと思い込みが激しいタイプでして」
「そんな感じでした」
関口も苦笑に加わった。
そんな三人の表情に気付かないのか、楽しそうな笑顔で井上が言う。
「それでね、その後何日かして、回るお寿司屋さんでばったり会ったんですよ、雫ちゃんたちに」
「すごい偶然ですね」
「でも、なんだか増殖してましたけど」
「増殖!?」
それには関口が突っ込んだ。
「お友達と一緒だったってことです!」
「ああ、なるほど」
「それでね、せっかくだからお寿司食べるの、雫ちゃんたちに手伝ってもらったんですよ」
嬉しそうにそう言った井上に、不思議そうな視線を向ける城島と栗山。
「井上喜久子、17皿です!」
その説明に、余計にわけが分からなくなった二人であった。
舞台は武蔵原高校を離れ、ラジオノむさしのへ!
放送部OBの二人、栗山ディレクターと城島チーフが登場しました。
はたして彼らは、雫たちとどう関わっていくのか?
次回をお楽しみに!




