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第17話 床になりたい

挿絵(By みてみん)

「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。

声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!

第1話と第2話を井上さんに朗読していただきましたが、このたび第16話と17話も、朗読していただけることになりました!

第16話は、7月25日(金)公開予定です。

朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!

https://x.gd/9kgir

更新情報はXで!「@dinagiga」「@seitsuku」

「雫! 行くよ!」

 唖然として口を開けたまま固まっている雫に、凛が勢いよく声をかけた。

「え? どこへ行くの?」

 そう言って首をかしげる雫に、結芽がいつもより少し大きな声で言う。

「キクラゲ、行きまーす」

 胸ポケットのぬいぐるみをスポッと取り出し、なぜか両手で頭上に掲げた。

「トカゲはポケットにいていいから!」

 凛にそう言われ、不服そうに頬をふくらませる結芽。

「キクラゲも、行くと言ってる」

 そんな結芽の隣で、まだ不思議そうな目をしているる雫に、凛がちょっと慌てたように言う。

「喜久子さんに、あいさつしなきゃ!」

 確かにそうだ。

 つい先日、放送室で声優について色々なことを教えてくれたのは井上である。いや、それ以前に、雫が声優という仕事に興味を持ったのは、彼女の声を、朗読を聞いたからなのだ。

 落ち着かず中腰になっている凛とは違い、いつもと同じ上品な物腰で座っていた麗華が、ゆっくりと髪をかきあげながら言う。

「確か、お二人は井上さんにとてもお世話になったのでしょう? ちゃんとごあいさつをしなければいけませんわ」

 麗華の言葉にハッとして、勢いよく立ち上がる雫。

「そ、そうだね! ちゃんと、あ、あいさつしなくちゃ!」

 カチンコチンである。

「ぶ、部長」

 しゃべらなければイケメン男子の英樹が、本性である小心者の声をもらした。

「あれって、ほ、ホンモノですかね!?」

 姫奈の声も、英樹同様に少し震えている。

「わ、私に聞かないで。私だって、生の声優さんなんて、イベントの客席からしか見たことないのよ。こーんなに小さい、たった2センチぐらいの! だからホンモノかどうかなんて、判断できるわけないでしょ!」

「部長、声優イベントに行ったことあるんですか!? 勇気あるぅ!」

「勇気なんかないわ! でも、アニヲタに必要なのは、努力と根性なのよ!」

 きっぱりと言い切る姫奈。

 英樹が首をかしげる。

「それ、どこかで聞いたことあるセリフだなぁ」

 そんな英樹の鼻先に、ビシッと人差し指をつきつけて姫奈が言った。

「アニ研の部員なら、一発で気付かないとダメよ! このセリフはね――」

 いつものヲタトークに逃避行動中の二人である。

そんなアニ研二人のやりとりさえ全く目に入っていない雫が、不安げな目で凛を見た。

「ねぇ、心細いから……みんなであいさつしない?」

「うん、それには私も賛成!」

 雫の提案に賛同した凛が、ボックス席の一同を見回す。

「いいよね? 六人全員で、喜久子さんにあいさつしようよ!」

 こくこくとうなづく結芽。

 柔らかな笑顔を浮かべる麗華。

 ギョッとして固まる姫奈と英樹。

「待って、ムリ」

 姫奈の口から、女子ヲタ特有のセリフが漏れる。

「ボクもムリですよぉ」

「床になりたい、壁になりたい、いやいっそ醤油皿になりたい……」

 そのまま聞くと意味不明の言葉だが、ここ数年、主に腐女子を含む女性オタク界隈で使われる、推しに対する強い愛情や欲望をユーモラスかつ誇張して表現した言葉である。

“床になりたい”は、

「推しがそこにいるなら自分は床でいい! 踏まれてもいい! その一番近くで存在を感じられればいい!」

 要するに「近くにいたい」「一部になりたい」「尊すぎて自分の存在を消したい」などの感情が込められた言葉だ。

“壁になりたい”は、

「推しのいる部屋の壁になって、ずっと見ていたい」

 つまり、盗み見でもいいから間近で見守りたいという「観察者としての欲望」が強めの表現である。

「醤油皿になんかなったら、全身しょっぱいですよ、きっと」

 女子ヲタミームをぶつぶつと呟く姫奈に、英樹が的はずれな突っ込みを入れた。

 ちなみに“醤油皿になりたい”と言うオタク用語は存在しないが、床、壁の延長としての、姫奈のとっさのアドリブなのである。寿司店にいる現状では、案外的を射ているのかもしれない。

「さ、行こう!」

 凛はそう言うと立ち上がり、先頭を切って隣のボックス席に向かった。

 それに慌ててついて行く雫たち。

「本当にすごい偶然ね」

 井上の向かい側に座る女性が、やって来た雫たちを見て微笑んだ。

 井上が所属する事務所の代表であり井上の実の姉、関口弥生だ。いつもほんわかのんびりとしたワンピースなどが多い井上とは違い、パンツスーツをビシッと着こなし知的な雰囲気にあふれている。

 凛がビシッと背筋を伸ばし、90度に頭を下げた。

「井上さん、関口さん、お久しぶりです!」

「お久しぶりです!」

 凛に続いて頭を下げた雫たちだが、なぜかきれいに声が揃った。

「うわぁすごい、練習したの?」

「そんなわけないでしょ!」

 首をかしげる井上に、関口の突っ込みが入る。

 そのまま雫たちに視線を向ける関口。

「そんなに久しぶりじゃないでしょ? 放送室で会ってから、まだそんなに経ってないわよ」

「そうでした!」

 ペロッと舌を出す凛。

「てへぺろだぁ」

 嬉しそうに笑顔になる井上。

「雫、ほら! ごあいさつ!」

 凛に肘でつつかれた雫が、意を決したように声を絞り出した。

「あの、この前は、お世話になりました! 色々と教えてくださって、井上さんには本当に感謝してます!」

「感謝感激雨あられです!」

 凛のちょっと古風な表現に、井上だけでなく関口からも笑顔がこぼれる。

「飴とあられ?」

「違うって! めっちゃ感謝してるってこと!」

 首をかしげる雫に、凛が少し恥ずかしそうに解説した。

「お菓子のあられじゃないの?」

「ないない!」

 すると結芽がボソリと言う。

「あられもない」

「そのあられでもなーい!」

 そんなやりとりに、笑顔を深める井上と関口。

 その時、井上がなにかに気づいたようにハッとして関口に視線を向けた。

「お姉ちゃん、私すっごくいいこと思いついた」

 すると関口は、その内容も聞かずにうんうんとうなづく。

「それ、私もいいと思うわ。グッドアイデアよ、きっこちゃん」

 そんな二人をポカンと見つめる雫たち。

 井上はニッコリと微笑み、こう言った。

「井上喜久子、17皿です」

 再び反射的に突っ込んでしまう雫と凛。

「おいおい」

「はいはい」

 そして凛が、いぶかしげな顔を井上に向けた。

「えーと、それってどういう意味です?」

「あのね、せっかくの回転寿司だから、17皿食べたいなって思ったの」

 満面の笑顔でそう言った井上に、凛が思わず突っ込んでしまう。

「一人でそんなに食べれるのかーい!」

「だから、みんなにも手伝ってほしいなって」

 その意味が理解できず、一瞬の沈黙に包まれる雫たち。

「お金ならきっとお姉ちゃんが出してくれるから、みんなで食べましょ?」

「いいわよ。おごってあげる」

 関口のその言葉に、雫たちはそれぞれ違う表情になった。

「ええーっ!?」

 さっぱり意味が分からずに目を丸くする雫。

 タダ券以上に、もっと寿司が食べられると笑顔になる凛。

 論理的ですわと、ニッコリと微笑む麗華。

 顔を見合わせる姫奈と英樹。

 そして結芽は、嬉しいのかどうなのか、ぬいぐるみの頭を高速でナデナデしていた。

「床になりたい、壁になりたい、いやいっそ醤油皿になりたい……」

なぜ醤油皿?(笑) 姫奈の名ゼリフですよねww

朗読してくださった井上喜久子さん、事務所のアネモネさん、本当にありがとうございます!

朗読以外に、ちょっと楽しいボイスやトークも収録させていただきました。

詳細はXでお知らせします!「@dinagiga」「@seitsuku」

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