第11話 アニ研の危機
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
そしてなんと! 第一話と第二話を井上さんに朗読していただきました。
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
https://x.gd/9kgir
更新情報は私のXで!「@dinagiga」
放課後の喧騒から少し遠く、校舎の奥まった一角にあるアニメ研究会の部室には、いつもと変わらない雰囲気が満ちていた。壁には、人気アニメのポスターが所狭しと貼られ、本棚には最新のアニメ雑誌や、先輩たちから受け継がれてきた同人誌がぎっしりと並んでいる。まさにオタクの聖域と呼ぶにふさわしい空間だった。
二年生の会津姫奈は、愛用の眼鏡をそっと押し上げ、モニターに映し出されるアニメのワンシーンを真剣な眼差しで見つめていた。ミディアムの黒髪が、窓から入ってくる春風にサラサラと動いている。
「うーん、この作画、やっぱり神がかってるわね。特に、この髪の動きとか、まさに手描き作画の極致よね……」
隣に座る諏訪英樹は平部員の一年生。もっとも、アニ研の部員は部長の姫奈と彼の二人しかいないのだが。
英樹は熱心にメモを取る姫奈をちらりと見て、いつもながらに感心していた。
真面目な部長は、アニメを鑑賞する時も、とことん真面目なんだよなぁ。
そう思った彼の顔に、思わず微笑みが浮かぶ。
「あの……部長、このシーンのBGM、もしかして何かのオマージュですか?」
英樹の問いに、姫奈は、
「ええ、よく気づいたわね!」
と嬉しそうに答えた。
「これはね、『魔法の少女・マッスルふみか』の最終回で使われた名曲のアレンジなのよ。分かる人にしか分からない、粋な計らいね。こういう小ネタを探すのも、アニメ鑑賞の醍醐味の一つだわ」
英樹は「なるほど……」と頷きながら、内心では別のことを考えていた。あと3カ月で、新入部員を3人見つけないと、このアニ研は廃部になる。重度のアニオタの自分たちにとって、この場所こそが居場所なのだ。いや、他に安らげるところが無いとさえ言えるのかもしれない。姫奈もそのことは重々承知しているはずなのに、こうして毎日、熱心にアニメ鑑賞に没頭している。それが現実からの逃避だと分かっていても、自分も同様に現実から目を背けてしまうのだ。
部室の隅には、先週制作して構内で配ってみた部員勧誘のチラシが、まるで忘れ去られたかのように置かれていた。「配ってみた」……いや「配ろうとした」が正解だろう。なにしろ、ほとんど誰も受け取ってはくれなかったからだ。中途半端な時期の部員募集なんて、そんなものである。だがそれを見るたび、英樹の胸にチクリとした痛みが走る。3人。たったあと3人なのに、それが巨大で遥かに高い壁のように感じられた。
「部長……そろそろ、部員募集のポスター、作り始めませんか?」
英樹が恐る恐る尋ねると、姫奈は大きくひとつ息を吐くと、切り替えるようにパッと顔を上げた。
「そうね、そうしなくちゃね。でも、どんなポスターがいいかしら? やっぱり、アニメのキャラクターを前面に押し出した方が目を引くかな? それとも、アニ研の魅力を伝える、もっとメッセージ性の強いものがいいかしら?」
姫奈は、ポスター作りのことでも、とても真剣な表情になる。それは、彼女が心の底からアニ研を愛している証拠だった。英樹も、そんな姫奈の姿を見ていると、自分も頑張らなくては、と気持ちを奮い立たせる。
「個人的には、部長のイラストが入っていると可愛いので、もっと目を引くと思います」
英樹がそう褒めると、姫奈の頬がほんのり赤くなった。
「もう、諏訪くん、またおかしなこと言って。私は絵なんて描けないわよ。それに、私のイラストなんて誰も見たくないでしょう?」
「そんなことないです! 部長の絵、きっとみんな喜びます!」
英樹がそう熱弁を振るうと、姫奈は眼鏡の奥でくすりと笑った。
「ふふ、そうね。じゃあちょっとだけ、デフォルメキャラでも描いてみようかしら。でも、あくまで練習よ? 本当に使うわけじゃないからね」
そう言ってニコリと笑うと、姫奈はスケッチブックを取り出し、ペンを走らせ始めた。
そんな姫奈の表情が、英樹にはキラキラ輝いているように見えた。
あっという間に、シンプルな線で描かれた、愛らしいアニメキャラクターが誕生する。もちろんそれは既存のキャラではない。彼女の中から生まれたオリジナルである。
やっぱり部長の絵には不思議な魅力があるよなぁ。
それは、姫奈の秘められた才能に違いないと、英樹は心中でうなづいていた。
「でも……」
姫奈はペンを止めて考え込む。
「チラシがダメだったんだし、ポスターだけじゃ限界があるんじゃないかしら」
そう言われると、英樹も考え込んでしまう。
「この部室で、何かアニ研のアピールになることできないかな?」
「やっぱり、部室を開放して、録画したアニメを流したり、とかですかね?」
英樹がそう提案する。
「それもいいけど、もっとこう、インパクトのあるものが欲しいわよね……」
「インパクト?」
「そうね……例えば、アニソンをみんなで歌うとか? いや、それはちょっと恥ずかしいかな。それなら、アニメのワンシーンを再現するとか? でも、それも準備が大変そうだし……」
姫奈はあれこれとアイデアを出すが、どれもすぐに自分で却下してしまう。英樹もまた、これといった妙案が浮かばない。
「そう言えば『爆裂ロボ・バリグレーン』の学園祭エピソードで、主人公たちが手作りのアニソンライブをやってたじゃないですか! あれ、すごく感動的でしたよね!」
英樹が満面の笑顔になる。
姫奈の目も、嬉しそうにキラリと輝いた。
「あれは名シーンだったわね! 特にあの、『未来は僕らの手の中にある!』って歌詞のところで、バリグレーン・ペガサスが現われて空を飛ぶシーン……鳥肌ものだったわ!」
「そうそう! あの時の、雄二と美樹の表情も最高でしたね! 絶望から希望へ、見事に感情が変化していく様が描かれていて……」
結局、部員募集の具体的な戦略は棚上げされ、二人は再びアニメ談義に花を咲かせてしまう。先程まで真剣に悩んでいたはずの「廃部」という文字は、もう二人の頭から消えていた。
それが最近のアニ研の日常だった。そしていつの間にか時間が過ぎ去り、空が茜色に染まっていくのである。
姫奈が小さくため息をつく。
「結局、今日もポスターは完成しなかったわね……」
「そうですね……でも、部長が描いたこの可愛いキャラクター、部室に飾りましょうよ!」
英樹が慰めるように言う。
「ありがと。でも、これじゃあ部員は増えないわね」
姫奈はおどけたように苦笑する。
再び重い空気が部室を包み込んでいった。
部員勧誘のプレッシャーと、そこから逃避してしまう自分たち。
その繰り返しが重圧となり、二人にのしかかっていた。
その時だった。突然、部室のドアが激しく叩かれる音が響いたのだ。
「たのもー!」
ドアの向こうから聞こえたのは、姫奈にも英樹にも聞き覚えのない声である。
「だめだよ凛ちゃん、道場破りじゃないんだから!」
「うん、それ前にも聞いた」
「でも、ずっと思ってたんだけど、その“たのもう”って何? 誰に何を頼むの?」
雫の不思議そうな声が続いた。
「夕ご飯のおかず」
結芽の声が、ボソリとそう響く。
「どうして?」
「私、料理苦手なの」
凛がパッと顔を結芽に向ける。
「マジで!? 私めっちゃ得意だよ! 教えてあげようか!?」
「うん。キクラゲ、グルメだから」
「キクラゲのグルメかぁ。キクラゲを使った料理って何があったかなぁ……ちょっとムズいかも。やっぱり中華かなぁ?」
結芽が胸ポケットのぬいぐるみをナデナデする。
「そうじゃなくて、キクラゲに食べさせるの」
「そっかぁ……ええーっ!? こいつ、もの食べるの!? ぬいぐるみなのに!?」
「もちろん」
結芽が不服そうな視線を凛に向ける。
だが、そんな会話に麗華が割り込んできた。
「“たのもう”は乱暴に聞こえますが、実は古い言葉で、お願い申し上げる、という丁寧な言い回しなのですわ」
雫、凛、結芽が麗華に顔を向けた。
「マジか!?」
「はい。つまり、道場破りさんのあいさつを省略しないで言うとすれば――」
麗華の表情がサッと真剣なものに変わる。
「頼もう! それがし、隣町の道場のもので御座る。一手御教授願いたい!」
おおーっと、思わずか感嘆の声を漏らす雫と凛。
「サムライみたい」
結芽も感心げにそうつぶやいた。
アニ研の部室前で繰り広げられる、そんな賑やかなやり取りに、姫奈と英樹は顔を見合わせる。
「部長……いったい誰でしょう?」
英樹の不安げな顔に対し、姫奈の表情は何故か明るかった。
「今の聞いたでしょ!」
「今のって?」
「あの演技! まるで声優みたいだった!」
確かに!
英樹もそう気づき、ドアの向こうに聞き耳を立てていた。
またまた新キャラ登場! 今度はアニメ研究会の部長と部員の二人です!
ついアニメを見たり雑誌を読んだり……。分かります! 逃避行動!
頑張れ二人! アニ研はオタクの心のオアシスです、守り抜け!(笑)
さて、そろそろキャラクターたちが揃い始めてきましたが、あなたの推しキャラは誰でしょう?
ひたむきな雫か、元気な凛か、天然の結芽か、それともお嬢様の麗華か? アニ研の二人?
レビューや感想、Xなどで教えてもらえると嬉しいです!




