第10話 キクラゲは天才
「声優」と言うお仕事の存在を知らなかった女子高生が声優を目指して奮闘する、笑いあり涙ありの……いえ、ほとんど笑いだらけの楽しい青春ストーリーです。
声優の井上喜久子さんが実名で登場しますが、ご本人と所属事務所のアネモネさんには快く承諾をいただきました! ありがとうございます!!
そしてなんと! 第一話と第二話を井上さんに朗読していただきました。
朗読を聞くには下のURLをコピペして飛んでください!
https://x.gd/9kgir
更新情報はXで!「@dinagiga」
放課後の教室に差し込む光が傾き、いつの間にか机の影が長く伸び始めていた。
凛が黒板にチョークで大きく「声優 →?」と書き、勢いよく雫たちを振り返る。
「この答え、放送部では分からなかったのだ! そして我ら調査隊は、演劇部に突入したのである!」
「こほん」
麗華が一つ咳払いをした。その仕草一つにも、どこか気品が漂っている。
やっぱり麗華ちゃんって、お嬢様なんだ。
雫は麗華を見つめながらそう思っていた。
「では、昨日の演劇部での出来事について、私からご説明させていただきますわ」
雫と凛は、ゴクリと唾を飲んで麗華に注目する。
「昨日の青島部長のお話では、舞台での演技を基本とする演劇部が目指すのは、身体のすべてを使った総合芸術と言うことです。声はもちろんですが、表情、視線、指先の動き一つに至るまで、その全てで観客に感情を届けることが求められる……ということだと思います」
麗華はそう言うと、ふわりと立ち上がり、その場で悲しげな表情を作ってみせた。眉を下げ、唇をわずかに震わせる。それだけで、彼女の周りの空気がしんと悲しみに染まったように感じられた。麗華の巧みな”演技”である。
「すごい……」
雫が思わず声を漏らす。
凛も腕を組んで、ふむふむと感心したようにうなずいていた。
そして結芽は、何を考えているのかは分からないが、キクラゲの頭をナデナデしながら麗華の話に聞き入っている。
「ですが……」
悲しげなものから、いつもの彼女の表情に瞬時に戻し、麗華は続けた。
「声優さんのお芝居は、それとは少し違うようです。演劇が『舞台の上で、生身の人間が観客の前で演じる』ことを前提とするのに対し、声優さんはマイクの前で、声だけでその世界を表現しなくてはならない……。昨日、青島部長がおっしゃっていたことを私なりにまとめると、声優とは『マイクというフィルターを通して、無限の感情を表現する職人』、なのではないかと」
「しょ、職人……!」
凛が目を輝かせる。なんだかカッコイイ響きだと感じたようだ。
その時、結芽がボソリとつぶやいた。
「見てみないふり、してあげる」
「結芽ちゃん? 何言ってるの?」
雫の質問に、結芽がニヤリと悪い笑顔を見せる。
「それ、黙認ですわね? 私が言ったのは職人ですわ」
麗華の突っ込みに、雫と凛が「なるほど」とうなづいた。
「正解。麗華に1ポイント」
「ありがとうございます」
ニッコリと優しい笑顔を結芽に向ける麗華。
だが、結芽のボケはそれだけでは止まらなかった。
「あいつがやったの。逮捕して欲しいの」
「それは……犯人ですか?」
「正解。麗華はこれで2ポイント」
「ポイントは嬉しいのですが、私が言ったのは職人ですわよ?」
「逮捕されたけど、私は無実なの」
一瞬だけ首をひねった麗華だったが、すぐに笑顔になる。
「それは被告人、ですわね。“にん”しか合っていませんけど」
「いいの。麗華、通算3ポイント獲得」
そこで雫が、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「結芽ちゃん、ポイントがたまるとどうなるの?」
「倍になる」
凛の目がキラキラと輝く。
「獲得賞金が!?」
ふるふると首を左右に振る結芽。
「キクラゲが」
結芽の胸ポケットから顔をのぞかせているトカゲのぬいぐるみ“キクラゲ”を、じっと見つめる雫と凛。
雫が首をかしげた。
「キクラゲちゃんが倍って……大きさが?」
「数が?」
雫と凛の質問に、結芽が不敵な笑みを浮かべて言う。
「心が」
巨大なハテナマークが、雫と凛の頭上に浮かんでいた。
「会議を続けても、いいでしょうか?」
そこに割って入ってきたのは、麗華の優しい声だ。
「あ、もちろん! 続けて続けて!」
「えーと、どこまでお話しましたかしら?」
「声優さんが職人かもってところ!」
雫が早口にそう言うと、麗華はニッコリと笑って説明を続けた。
「つまりわたくしが思いますに、声優さんは、感情も状況も声だけでその全てを表現する職人なのではないか、ということです」
その時結芽が、おもむろに立ち上がった。そして、透明な壁を両手でペタペタと触るような仕草を始めた。
「結芽! それってもしかして……パントマイム!?」
凛がキラキラした目で尋ねる。
「正解。凛に1ポイント」
サムズアップする結芽に、麗華が優雅に微笑んだ。
「ええ、パントマイムは素晴らしい身体表現ですわね。ですが声優さんはその逆で、壁が『ある』ことを、声だけで表現する……とわたくしは思ったのです。例えば――」
麗華は壁際に歩み寄ると、コツコツとそれを叩いた。
「ここに壁があります。でも、もしこの壁が分厚い鉄の扉だったら? あるいは、叩けば崩れてしまいそうな、もろい土壁だったら? 声優さんは、その材質や厚み、重さまでも、声に乗せて表現する、そんなお仕事なのではないか、と」
「ふへぇぇ〜!」
雫と凛の声が綺麗にハモった。いや、ユニゾンした。
だが声だけで、そんなことまで表現できるものなのだろうか。二人の頭の上には、新しいハテナマークがぽんぽんと浮かび上がっていた。
だが突然凛が、机をバンと叩いて立ち上がる。
「つまり、まとめるとこうなるんじゃない!? 放送部は、正確な『情報伝達』! 演劇部は、全身での『感情表現』! そして声優は、声だけの『世界構築』! どうよ、このまとめ方!」
「あら、案外的を射ているかもしれませんね、凛さん」
「でしょー!」
胸を張る凛。しかし、雫はまだ腑に落ちない顔をしていた。
「でも……じゃあ、声優さんは、どうやって声だけでそんなすごいことができるんだろ? 何か特別な練習とかしてるのかな?」
雫の素朴な疑問に、四人はうーんと唸った。一番知りたかったはずの、核心部分がまだ霧の中なのだ。
放送部と演劇部では、四人の疑問は解けなかった。
はたしてどうすれば良いというのだろう?
雫が凛に向き直る。
「凛ちゃん、この学校に他に演技のことが分かりそうな部活ってないのかな?」
「うーん、運動部は論外だしなぁ、他にって言われても思いつかないなぁ」
腕を組んで考え込んでしまう凛。
四人は行き詰まってしまった……かと思われた。
だがその時、結芽がおもむろに胸ポケットのぬいぐるみを取り出して頭上にかかげたのだ。
「結芽ちゃん!?」
「結芽、何してるの!?」
「キクラゲが言ってる」
耳を澄ます雫、凛、そして麗華。
苦笑しつつ、凛が結芽に聞く。
「えーと、そのエリマキトカゲは何て言ってるの?」
「エリマキトカゲじゃない。キクラゲはふつうのトカゲ」
「うん、そのトカゲちゃんは何て?」
雫の問いに、結芽はゆっくりと答えた。
「アニメ研究会」
雫、凛、麗華の顔がパッと明るくなる。
そうである。
声優のことなら、アニメに詳しいアニ研に聞けば分かるかもしれないではないか。
凛がぬいぐるみの頭をぐいぐいと乱暴になでまくる。
「キクラゲ天才!」
「凛ちゃん! 次はアニ研に行ってみようよ!」
「そうですわね。それは盲点でしたわ」
三人の嬉しそうな声が、夕暮れに染まり始めた教室に響き渡った。
結芽は、凛のせいで胸ポケットの奥に押し込まれたキクラゲを、ちょっと不服そうに元の位置に戻していた。
今回から扉絵に、放送部と演劇部の両部長が登場しました!
この個性的で強烈なキャラ(笑)を、とてもいい感じに描いてくださって、つむり まいさん、本当にありがとうございます!
さて、そろそろキャラクターたちが揃い始めてきましたが、あなたの推しキャラは誰でしょう?
ひたむきな雫か、元気な凛か、天然の結芽か、それともお嬢様の麗華か? え?部長???
レビューや感想、Xなどで教えてもらえると嬉しいです!