表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第6章:共和国の誕生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/314

第46話 言葉にできぬ想い②

「……そろそろ戻るよ。俺も治安維持のために明日の調整があるし、今はきっと君だって休まないといけないはずだ」


 ユリウスは意を決したように身を(ひるがえ)し、扉の方へ一歩引く。そのまま出て行こうとする足を、パルメリアはわずかに伸ばした右手で制した。


 彼女は言葉を探すように、少しだけ視線を迷わせる。そして、そのまま淡い微笑を浮かべながら口を開いた。


「あの……ね。あなたの気持ちを、知らないふりはしない。私も、あなたがただ壊すだけではなく作ろうとしている姿を、心から尊敬しているわ。だから――」


 そこまで言ったところで、パルメリアは言葉を切った。


 「だから何?」と自分でも問いかけるが、先に進む言葉が出てこない。国の未来を背負う彼女が、今ここで個人の感情をすべて受け止めてしまうと、繊細なバランスが崩れるかもしれない――そんな恐れがあるからだ。


 ユリウスはその微妙な空気を感じ取り、小さくうなずいて口元に苦笑を浮かべる。彼女の戸惑いと恐れを、痛いほど理解できるからこそ、無理に言葉を求めようとはしない。


「いいんだ。それだけでも、十分。……じゃあ、また」


 そう告げると、ユリウスはわずかに手を振って部屋を出て行った。その背中はかつてのような威圧的なオーラは消え、代わりに一人の青年としての迷いや切なさがにじんでいる。


 扉が閉まると、静寂が執務室に戻ってくる。パルメリアはわずかにため息をつき、机に置いた書類へと視線を落とす。つい先ほどまで頭を占めていた国政の課題と、今ユリウスが見せた情熱のあいだで、彼女の心は大きく揺れていた。


(体制打倒から国づくりへ――ユリウスはあんなにも変わった。そんな彼が私を想ってくれているなんて、正直うれしい。でも、今は国を最優先にしなくちゃ)


 改めて一人になってみると、先ほどまで封じ込めていた動揺がじわじわと広がってくる。ユリウスの熱い眼差し、そして揺れ動く感情が、ありありと脳裏に焼き付いて離れない。


 もし彼とまっすぐに向き合えれば、パルメリアの心は少しは楽になるかもしれない。だけど、今の彼女には「大統領としての立場」と「個人としての想い」とを天秤にかければ、前者が圧倒的に重いのだ。


 とはいえ、いつまでもそれを理由に感情を先延ばしにすることが正しいのか、彼女自身も答えを持っていない。レイナー、ロデリック、そしてユリウス――革命を通じて深まった絆は、いまや恋愛感情と忠誠心、敬意など、複雑に絡み合っている。


 パルメリアは胸の奥に生まれた動揺を抱えたまま、机のランプを少しだけ傾け、再び仕事へと意識を戻した。だが、文字を追う視線がどこか浮ついてしまうのを自分でも感じる。ユリウスが言った「言葉にできぬ想い」が、彼女の心をも静かにかき乱していた。


 夜が深まり、執務室の外では警備兵の足音が遠くを巡回するだけ。革命後の混乱が落ち着いたといっても、まだ完全な安寧には程遠い。内部の不満や、経済的な問題も山積みだ。


 それでも、パルメリアはこの国を信じている。かつて破壊を熱望したユリウスが、今や社会を創る意義を理解し、彼女を支えている。そんな彼の変化は、国全体にも希望をもたらすはずだ。


 もう二度と、王室や貴族の横暴が幅を利かせることはない。国民が自らの意志で国を動かす。その大きな挑戦の最中で、パルメリアは人生の大きな岐路にも差しかかろうとしていた。


 もし彼女が「大統領」としての責務を全うした先に、心の安らぎを求めるとするならば――ユリウスとの未来はその選択肢の一つになるのだろうか。あるいは、レイナーやロデリックの想いに応える道もあるのかもしれない。


 だが、いまはまだ答えを出すには早い。パルメリアはそれを痛感しながら、静かな部屋でペンを握り、明日の会議のための要点をメモしていく。マップに線を引き、自治体の再編案を頭に描き、地方代表との合意をどう取り付けるかを思案する。


 一度ペンを止め、ふと空を見上げると、窓の外には夜空が広がっていた。星の光はかすかで、街灯りが徐々に増えている首都の空は、昔とは違った様相だ。革命によって人々の暮らしが変わりつつある証拠かもしれない。


 ユリウスの言葉を思い出すと、自然と微笑が浮かぶ。彼の生き方が「破壊」ではなく「創造」へと傾いたのは、紛れもなく彼女との出会いがあったからだという。そのことが、彼女にとっては誇らしくもあり、同時に申し訳なさも伴う。


「……言葉にできぬ想い、か」


 パルメリアは誰にも聞こえないほど小さくつぶやき、ペンを机に置いた。


 自分自身も、言葉にできぬ感情を抱えていることを否定できない。祖国を変えるため、命懸けで革命を引き起こした。その過程で、いつの間にか人々の人生を翻弄する立場になり、仲間たちの想いを一身に受けている。


 この国が真に安定し、すべての民が笑顔で暮らせるようになるまで、彼女は「愛」を求める余裕などないと思ってきた。それでも人間として生きる以上、彼女の心はときに迷い、ときに揺れ動くのだ。


 夜明けを迎える前に、パルメリアは書類をまとめ終わると、椅子に深く座り直して大きく息をついた。執務室のランプの灯はそろそろオイルが尽きかけ、明かりが弱まりつつある。


 遠くで聞こえる鳥のさえずりが、もうすぐ新しい朝が来ることを告げている。この国の夜はまだ長く、問題は山積しているが、確実に一歩ずつ前へ進んでいるのだ。


(ユリウスが私に打ち明けた、あの“想い”……私にとって何なんだろう?)


 これまで彼は「壊すこと」に情熱を注ぎ、その革命思想を貫いてきた。そんな彼が、今は自分との未来を思い描いているかもしれない。それを考えると、パルメリアの胸に小さな痛みと甘さが同時に湧き上がる。


 いつか本当に、誰か一人を選ぶときが来るのだろうか。レイナー、ロデリック、ユリウス、そして護衛のガブリエルさえもが、それぞれの想いを向けてくるかもしれない。その中でパルメリアがどんな道を進むのか――まだそれは、誰にもわからない。


「国が安定したら……、私は少しでも自分を解放してみたい。けれど、いまはまだ、この国の“親”であるしかないの」


 かすれた声で自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 その小さな声は「言葉にできぬ想い」を抱える彼女自身への慰めのようでもあった。


 執務室の扉を開け放つと、廊下には早朝の空気がひんやりと流れ込んできた。職員たちがちらほらと出勤を始め、また一日が動き出そうとしている。革命という大きな節目を越えても、日常の運営は続き、彼女は大統領としての務めを果たし続けなければならない。


 国の未来、民の生活、議会の合意、外交の交渉……。課題を数え上げれば際限がないが、パルメリアはかすかな高揚感を抱きながら、今日という日のスタートに向かう。


 その足取りは決して軽くはない。だが、昨夜ユリウスが見せた情熱と優しさが、彼女の背中を押しているのも事実だ。自分の気持ちをいまだ言葉にできずとも、彼女はその想いを胸に秘めながら、また一歩新たな現実へと踏み出していく。


 こうしてまた朝を迎えた首都で、パルメリアは大統領として多忙な日々を続ける。ユリウスも、時には視線を交わし合いながら、秩序維持と内務改革に奔走し、彼女を裏から支えてくれる。


 まだこの国には、課題が山積している。旧貴族の反発や、遠方の地方での紛争、経済格差の問題など、どれも一筋縄ではいかない難題だ。それでも、破壊から創造へと歩み始めたユリウスや、他の仲間たちとの協力があれば、どんな困難だって乗り越えていける――パルメリアはそう信じている。


 彼女の周囲には、国づくりの最前線に立つレイナー、ガブリエル、クラリス、ロデリックなど、個性的な人々がそれぞれの領域で活躍している。彼らとの人間関係も複雑に絡み合い、時には友情や敬愛以上の感情が渦巻く。しかし、彼女は今なお「国を優先する」という決意を堅持していた。


(いつか……いつか、この国が本当に平和になったら……私も一人の女性として、自分の気持ちに素直になれるときが来るのかしら)


 ユリウスの熱い眼差し、レイナーの変わらぬ優しさ、ロデリックの静かな敬意……。そのどれにも彼女は応えたい気持ちを抱きながら、まだ答えを出せない自分の弱さを痛感する。けれど、周囲がそれを理解してくれているのは、彼女にとって救いでもあった。


 言葉にできぬ想い。それはユリウスだけでなく、パルメリア自身も胸に秘める想いなのかもしれない。国の頂に立つ者として、彼女は自ら選んだ孤独を受け入れつつ、いつか訪れるかもしれない「愛の結実」を心の片隅で夢見ている。


 人々が新体制に希望を見出す一方、外から見るとまだ不安定な情勢は続いている。だが、その混沌の中にこそ、未来を築く大きな可能性が潜んでいるのだろう。壊された王宮の部屋を再利用し、議会や執務室として使う。豪華な調度品を取り除き、民衆が気軽に参加できる広場を整える。そうした小さな工夫を重ねるたびに、パルメリアたちが生み出す新しい世界の輪郭がはっきりしてくる。


 「ただ壊す」ことから「創る」ことへ。ユリウスの変化は、その象徴の一つでもある。彼がパルメリアに想いを伝えようとするのは、彼自身の変革であり、彼女への深い尊敬と愛情の現れだ。


 いずれ二人が、あるいは他の仲間たちを含め、どんな結末を迎えるにせよ――今はまだ、言葉にできぬ想いを胸に抱えたまま、新たな国づくりに邁進する。それが、パルメリア・コレットが選んだ道だった。


 こうして夜が明け、政庁にはまた新しい一日が始まろうとしていた。混沌とした世界の中で、改革の旗を掲げ続ける大統領と、彼女を支える数々の存在。


 ユリウスの「言葉にできぬ想い」は、革命後の激変に翻弄される彼ら自身の不安や期待を象徴するかのようだった。だが、その未完の告白はきっと、いつか二人にとって大切な意味をもたらす――そんな予感を残しながら、夜が静かに終わり、また新しい朝が訪れるのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ