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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第6章:共和国の誕生

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第45話 変わらぬ眼差し①

 大統領に就任してから数か月が経ち、パルメリア・コレットが率いる新政権は激動の渦中を抜け出し、ようやく安定しつつあった。各地に残っていた旧体制の残党は次第に力を失い、王政は過去の遺物として多くの民衆から忘れられ始めている。国民が政治に参加する新たな仕組み――共和国の礎は、まだ脆さを孕みつつも、刻一刻と形作られつつあった。


 そんな中、日々の公務に追われるパルメリアも、少しだけ肩の力を抜ける時間を得るようになっていた。もちろん、課題は山ほどある。経済の復興、農村と都市の格差是正、海外との国交樹立、教育の拡充……。挙げればきりがないほどの問題に彼女は取り組んでいるが、それでも戦乱の最中に比べれば、政庁の空気はかなり落ち着きを取り戻していた。


 ある日の夕方、彼女は長引く会議を終え、書類を抱えて廊下を歩いていた。窓越しに見る空は鮮やかな夕焼けに染まり、かつて王宮だったこの建物にも、平和な日常の息吹が少しずつ戻ってきているのを感じさせる。


 長く続いた戦いの日々に比べ、日常を取り戻すことがどれほど尊いか――その意味を、パルメリアは改めて実感していた。王都の街にはまだ傷跡が残るが、屋台や小さな商店が再開し、子どもたちの笑い声がかすかに聞こえてくる。人々は必死に生きている――それを見るだけで、彼女の胸は温かくなった。


 しかし、その安らぎは長くは続かない。大統領執務室へ戻れば、新しい法整備や議会での審議、さらに外交や防衛に関する書類が山のように待ち構えている。激務に追われるうち、パルメリアはふと立ち止まり、窓から差し込む薄紅色の光を見つめて深呼吸をした。


 柔らかな夕日が、かつては血に染まったこの廊下を穏やかに照らしていることが、まるで夢のように思えてならない。あの殺伐とした革命のただ中では、誰もが余裕など持てなかった。それが今では、多くの人々が新体制のもとで少しずつ前を向いて歩き始めているのだ。


 そんな静かな夕刻の廊下で、パルメリアは思わぬ再会を果たした。そこに立っていたのは、幼馴染のレイナー・ブラント。


 下級貴族の家柄でありながら、戦乱の最中は義勇兵をまとめ、今は新政府の外務担当として各国との外交交渉に奔走している青年だ。彼女の気配に気づくと、レイナーは困ったような笑みを浮かべながら軽く頭をかいた。


「やあ。会議が終わったんだね。……少しだけ話せるかい? 最近ずっと出張や交渉で君の顔をまともに見る暇もなくて」


 パルメリアは意外そうに目を瞬く。レイナーは穏やかに笑い、どこか緊張した面持ちをしていた。


 この国にとって、大統領と外務担当の会話は公務の一環でもあるが、幼馴染という関係がそう簡単に変わるわけでもない。数か月前まで、戦場で共に剣を握り、夜の焚き火の光のもとで策を練っていたころを思い出すと、いまや立場が変わっても絆は続いているのだと実感する。


「いいわよ。会議づくしで頭が固くなりそうだもの。今は少し時間があるし、あなたが待っていてくれたなら喜んで付き合うわ」


 パルメリアが微笑むと、レイナーは安堵の息を漏らした。窓の外では赤紫に染まる夕陽が、二人のシルエットを柔らかく縁取っている。


 この廊下はかつて王家の美術品が並べられていた場所だが、今は装飾の大半が撤去され、簡素な壁や観葉植物があるだけだ。元宮廷の面影はほとんどなくなったが、レイナーはその白く長い壁をちらりと見上げて、遠い昔を思い出すように口を開いた。


「ここもずいぶん変わったね。王宮だったときの絢爛豪華な装飾はもうほとんど残っていない。……でも、その方が今の『共和国』には合っているのかもしれないな」


 かつては絵画や金銀細工が並べられたこの空間も、革命による変化と再生を象徴するように無駄をそぎ落としている。


 パルメリアは苦笑して答えた。


「まあ、あの豪勢さは今の時代にはそぐわないものね。物資の乏しい時期だし、国民の目が厳しくなるのも当然。私自身も、そんな贅を尽くす気はないわ。今は再建が最優先だから」


 それでも、この建物が持つ歴史や文化的価値を完全に否定しているわけではない。いずれ経済が安定したら、一部を資料館や公共の芸術施設として活用できるよう整備したい――パルメリアの頭の中には、すでにそんな計画があった。


 だが、いま彼女の胸を満たすのは、幼馴染であるレイナーとのかつてないほど静かな時間だった。廊下の窓際に並んで立つ二人の姿は、まるで昔に戻ったかのようでもあり、また新しい関係を感じさせるものでもある。


 戦乱を乗り越え、パルメリアが大統領となった今、レイナーは外務担当として周辺諸国との交渉や条約締結に奔走している。


 先日も隣国の港町まで(おもむ)き、新政府の正統性や通商の再開を説得しに行ったばかりだ。旧体制下の王国は腐敗が進み、近隣諸国との信頼関係は崩れていた。だからこそ、彼は必死に動いて少しでも外交関係を修復し、早めに通商ルートを回復させようとしているのだ。


「君の築いてきた改革を、一国の内側に閉じ込めておくのはもったいない。周辺諸国にもその良さを知ってほしいから、僕は外務担当として全力を尽くしてる。……だけど、時々ふと不安になるんだ。俺たちの国が本当に周りから受け入れられるのかって」


 レイナーの声には、揺るぎない決意と淡い不安が混じり合っていた。新体制への警戒心が強い隣国もあり、簡単には支援や承認を得られない。彼の思い通りに物事が進むわけではなく、粘り強い説得と信頼構築が必要だ。


「それは私も同じよ。共和国になったばかりで国の内部も混乱しているから、外と連携する余裕がないという意見もある。でも、いずれ国が立ちゆかなくなる前に、周辺との通商や関係を築かなくちゃいけないのは確か。あなたが頑張ってくれるおかげで、ずいぶん助かっているわ」


 パルメリアの言葉に、レイナーは少しだけ照れたように笑みを浮かべた。かつての王国では、下級貴族の意見など大きな決定にはほとんど反映されなかったが、いまは違う。彼が取りまとめた案が議会で議論され、実際の政策へと繋がっている。


「本当は、僕はそんな大それた役職に就く器じゃないのかもしれない。でも……君が僕を必要としてくれるなら、何度でも立ち上がるよ。昔から、君を助けることだけが、僕の原動力だったから」


 レイナーは視線を落とし、かすかに拳を握りしめた。その様子はまるで決意表明のようにも見える。これまで幾多の苦難を共に乗り越えてきた幼馴染として、パルメリアのために尽くしてきた彼の姿勢は変わらない。


 だが、彼が次に口にした言葉は、幼馴染以上の想いをはらんでいた。


「……わかっているんだ。君には多くの仲間がいて、国のために全力を尽くしている。だから、僕の想いを伝えるのはわがままかもしれないって。だけど、伝えずにいるのはもっと苦しいから……」


 沈黙が降りる。廊下の窓から赤い夕日が差し込み、床を鮮やかに照らすなか、レイナーはまっすぐパルメリアを見つめていた。小さく息を整え、かすかに震える声で想いを紡ぐ。


「君が昔から特別だった。幼馴染として、君の笑顔や悩む姿をずっと近くで見てきた。でも、いつからかただの幼馴染以上の感情を抱いているって気づいて……それでも、君の目指す道を邪魔したくなくて、胸にしまいこんでいたんだ。革命が起きて、国が変わった今なら、いつか君は自分の心に向き合えるかもしれない……そう思って、待ち続けた」


 パルメリアは目を見開く。彼の声に宿る熱は、これまで感じてきた「頼れる幼馴染」とは別のものを示していた。革命のさなか、愛を語る時間などなかったが、レイナーの瞳に映るのは紛れもない恋情だ。


「レイナー……。あなたがずっと私を信じてくれたこと、感謝してる。でも、今は国をまとめることが私の最優先なの。新体制はまだ不安定で、私が少しでも躊躇(ちゅうちょ)すれば混乱が拡大するかもしれない。だから、あなたの想いを受け止めるには、まだ私自身の心の準備が足りなくて……」


 彼女の声は決して拒絶の調子ではなく、むしろ申し訳なさげな響きを帯びていた。国を背負う責任はあまりにも重く、彼女は自分の幸福や恋愛を二の次にしている現実を自覚している。


 幼馴染として、レイナーはそういうパルメリアの強さと(もろ)さを誰よりも知っているからこそ、穏やかに微笑んだ。


「わかってるよ。それでも十分さ。……君が国のために全てを捧げる人だってことは、最初から知っていた。だからこそ、僕は君を支えたいんだ。たとえ今、僕の気持ちに応える余裕がなくても、構わない。君が歩む道を、僕はずっと見守ってるから」


 その言葉に、パルメリアの胸は熱くなる。国を優先して自分の感情を押し殺し、いつか先に進める未来が来ると信じている――そんな彼女の在り方を、レイナーは責めない。むしろ、そこにこそ彼女の魅力を感じているのだ。


 窓の外を見ると、夕闇が少しずつ広がり、遠くの街がシルエットになり始めていた。レイナーはかすかな気恥ずかしさを隠すように、視線を横にそらす。


「あと少しだけ、待っててくれる?」


 パルメリアが小さくそうつぶやくと、レイナーはじっと目を見つめ返し、優しく微笑むだけで答える。問いかけに直接言葉を重ねることはせず、その笑顔がすべてを物語っていた。彼にとっては、それだけでも十分だということなのだろう。

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