第42話 共和国大統領就任①
王国崩壊からしばらく経ったが、激動の余波は依然として続いていた。保守派の残党による小競り合いや、旧貴族の再起を図る動き、各地で散発する混乱――国全体が「大きな変化」を求めながらも、まだその形を見いだせずにいる状況だ。
そんな中、パルメリア・コレットは暫定議会の中心人物として、連日奔走を続けていた。旧王都の王宮跡――かつて豪奢だった大広間が「臨時議会」の議場に変えられ、市民や地方の代表が出入りを繰り返す。会議室には戦火の傷痕がまだ生々しく、砕けた壁や焦げついた天井を簡易的に修繕した痕跡が痛々しいほど残っているが、それ以上に新しい政治を作ろうという熱気が満ちていた。
かつては、一部の貴族や官僚が他者を排除しながら物事を決めていた。だが今は、農民や職人、商人、地方領主、民衆運動のリーダーなど実に多彩な人々が一同に会し、議論を交わす場面が日常化している。それだけでも既に「革命」と言えるだろう。
けれども、さまざまな立場の意見を取りまとめ、全員が納得できる仕組みを実現することは容易ではない。各地から寄せられる要望や苦情は膨大だし、内外の外交や旧貴族に対する処遇など、山積みの問題を解決しなければならない。
パルメリアは同じく暫定政権を支える仲間たち――レイナー、ガブリエル、ユリウス、クラリス、そしてロデリック――と連携し、可能な限り多くの市民の声をくみ取りながら議会を主導していた。なかでも最大の課題は、新しい政治体制をどのように形作るか。
旧王国が瓦解した今、王のいない状態が続けば、やがて新たな混乱を呼び起こすだけなのか。それとも「王」という存在を持たない、新しい国家体制を確立できるのか――。議会の場では、この問いが幾度も飛び交い、激論が交わされていた。
そんな折、パルメリアは「共和国」の構想を公に発表する。彼女はずっと以前から、前世で学んだ歴史と知識を活かし、「特定の家系や地位が国を支配する時代を終わらせたい」と考えていたのだ。
王制の呪縛を解き放ち、貴族制度をも廃止し、人々の手に政治を取り戻す――それが彼女にとって真の改革であり、革命の到達点でもあった。
ある朝、議会が正式に始まる前の準備時間、王宮の大広間がいつものようにざわめいていた。パルメリアは壇上へ立ち、集まった議員や地方代表、そして見守る市民たちに向けて、凛とした声を響かせる。
「皆さん、今日は重要な提案があります。これまで『暫定政権』と呼んできた私たちの組織を、より強固で長続きする枠組みに変えたいのです。そしてその形を、私は『共和国』と呼びたいと思います」
この言葉が放たれた瞬間、大広間に一斉にどよめきが走る。これまでも議論の中で「王なし」の統治体制が話題にはなっていたが、ここまで明確に「共和国」という言葉を使って宣言されたことはなかったからだ。
暫定議会の議員たちのなかには、遠巻きに警戒するような表情を浮かべる者もいる。しかし、パルメリアは委縮することなく続ける。
「王をいただく形ではなく、民衆の信託によって指導者を決め、その指導者を含めた政治家もまた、民衆のために働く。ただしこれは一人の英雄や貴族に頼るものではなく、議会と市民が協力し合う仕組み……これが、私の考える『共和国』です」
ユリウスが「その通りだ」と強くうなずくと、ガブリエルやレイナー、クラリス、そしてロデリックも賛同の視線を送る。ロデリックに至っては、自分が王太子の立場を放棄したこともあり、一刻も早く新しい体制を安定させてほしいという思いが強い。
議員たちの中からは、「本当に国を動かせるのか」「権力の集中をどう防ぐか」といった疑問が次々に飛び出す。だが、パルメリアは一つひとつ丁寧に答えながら、核心を突く提案を並べていく。具体的には、暫定的な憲法草案を施行し、地方代表を選挙で選び、国家のトップ――すなわち大統領を民衆の投票によって選出する……といったシステムだ。
議会で大枠の合意が得られると、さっそく各地で「共和国構想の是非」を問う投票が行われることになった。これは事実上の国民投票でもあり、同時に大統領選挙の位置づけも兼ねる。
数多くの候補者が名乗りを上げることも予想されたが、実際に名前が挙がったのはほんの数名に限られた。腐敗した旧貴族にはほとんど支持が集まらず、農民や都市住民の後押しを得られる人材といえば限られているのだ。
そして、誰もが口にするのは同じ名――「パルメリア・コレット」。革命を成功に導き、コレット領の改革を成し遂げ、今も暫定議会の主導役を務める姿は、多くの民衆にとって「希望の象徴」となっていた。
「私が大統領候補……。正直、まだ実感がわきません。けれど、今さら逃げる気はありません。ここで後退すれば、せっかくの改革も頓挫してしまうでしょうから」
パルメリアは複雑な表情でそう漏らすが、周囲の仲間たち――レイナーやクラリス、ユリウス、ガブリエル、そしてロデリック――はこぞって「あなたがやるしかない」と背中を押す。
一方で、心のどこかに孤独感もある。国を率いる重圧は想像以上であり、その道程で今まで何度も「恋愛」という私的な感情を封印してきた。自分のことを慕ってくれる人がいるのは分かっているが、彼らとどう向き合うか考える余裕はまだないのだ。
こうして、王都と各地方に投票所が設置され、新体制への賛否と大統領選挙が同時に行われることになった。都市部には長蛇の列ができ、地方の村では初めて選挙に参加する人々が戸惑いながら票を投じている。
短期間での準備だったため不備もあるが、それでも「自分の意志を政治に反映できる」という初めての体験に、多くの人々が少なからず興奮と期待を抱いていた。
選挙の結果は驚くほど早く集計され、誰もが予想した通り、圧倒的な多数を獲得したのはパルメリアだった。だが、まさかここまでの支持率になるとは思わなかった――それほど、革命を導いた彼女への信頼は国中に浸透していたのだ。
いくつかの地方では独自に指導者を選ぼうとする動きもあったが、最終的には「コレット領の奇跡」と呼ばれる成功例が決め手となり、パルメリアに票が集中した。
選挙中にはユリウスやレイナーも一部から推されたが、彼ら自身がパルメリアを支援する立場を明確に打ち出したため、ほとんど競合にはならなかった。ロデリックも「王太子の立場を捨てた身」であることを強調し、パルメリアに全面協力を表明している。
「これほど高い支持を得た以上、あなたには大統領として国家をまとめる責任が生じます。少し急ぎすぎに見えるかもしれませんが、民衆の熱量があるうちに、一気に体制を固めるほうが混乱を抑えられるでしょう」
議会で開票結果が正式に発表された夜、クラリスはそう静かに言う。技術と理論に強い彼女は、この革命の裏方でずっとデータや書類を管理しており、実務面での混乱をどう抑えるかに頭を悩ませている。
パルメリアは深く息をつき、窓の外を見やる。暗い夜空が広がり、遠くにかすかな灯りがゆらめいていた。王都の一角ではまだ戦禍の痕跡が残り、再建に手が回っていない地区もある。そこに住む人々が安定した暮らしを取り戻すためには、迷っている暇はない。
「……ええ。私が率先して動くしかないのね。私がこれまで学んだ知識や、ここまで得た経験を総動員して。大統領として、もう逃げるわけにはいかないわ」
その声にはかすかな覚悟と、少しばかりの寂しさがにじむ。だが、今は自分の感情に振り回されるより、国家の行く末を思うべきだ――そう強く自分に言い聞かせていた。
新体制への大きな一歩――大統領就任式の開催が首都広場で決まるや、民衆は大きく沸き立った。
戦乱で荒れ果てた街路や建物は、義勇兵や市民ボランティアの手によって急ピッチで整備され、かつての華やかさとは違うものの、町全体に活気が戻ってきている。
ある者は「お祝いだから」と、家に眠っていた織物や染め布を持ち出し、通りに飾っている。商人たちは売店を並べ、久しぶりににぎやかな声が広がる。地方からは馬車や荷車で続々と人が集まり、町は一種の祭りのような雰囲気に包まれつつあった。
「民衆の自主的な行動が、これほど盛り上がるなんて……。みんなが心から、変化を望んでいるのね」
見回りに出たレイナーは、そうつぶやきながら目を細める。幼馴染だったパルメリアが、かつて想像もしなかったほど多くの人々を動かしている現実を、目の当たりにしているのだ。
「ええ、ここで作る国が本当に私たちの理想通りになるなら……一歩ずつ進むしかないわね」
そばを歩くユリウスが肩をすくめる。彼もまた、革命派を束ねる立場として、パルメリアの存在を大きく感じている。
ガブリエルは主として仕えるパルメリアの警護を欠かさず、どんなに周囲が浮かれていても油断なく辺りを見回していた。逆恨みを抱く旧貴族や闇商人が彼女の命を狙う可能性を排除できないからだ。
一方、ロデリックもまた、かつての王太子の名残を捨て去り、礼装を脱ぎ捨てて一個人として町を歩き回っている。人々と対話しながら、改革の浸透具合を確かめ、旧体制を慕う者を説得し、あるいは新体制に戸惑う者を支援していた。




