第39話 最終決戦④
何人もの兵士や市民、仲間が玉座の間に集まり始める。火の手や騒音も徐々に鎮まっていくなか、ユリウスが仲間たちを見渡す。
「これが終わりじゃない。俺たちは、ここから新しい仕組みを生み出さなきゃならない。だが、まずは……勝利を喜ばせてくれ」
レイナーはうなずきつつ、「ああ、そうだな。何度も死にかけたけど、結局は生き残った。これからだよ、本当の勝負は」と笑みを浮かべる。
ガブリエルは血で汚れた剣を納め、その刃を静かに拭う。彼は騎士として最も熾烈な場面でこそ、自らを顧みずに戦う存在だったが、今はやや気が抜けたような表情で、パルメリアに向けて一言だけ言う。
「無事で何よりです、パルメリア様。これほどの激戦でしたが、あなたの導きがあったからこそ、私は最期まで剣を振るえました」
パルメリアは微笑み返しながら、疲労困憊の体を奮い立たせる。周囲には拍手と歓声が巻き起こり、一部の兵は「万歳!」と叫んで膝を突く。
こうして革命軍は王宮を完全に掌握し、悲願の最終決戦を制した。これまで積み上げてきた苦難の日々が、いま報われようとしているのだ。
それでもパルメリアの心にあるのは、「この勝利の先にある国づくりこそが本番」という気持ち。多くの血が流れ、街は破壊され、人々の生活は混乱しきっている。改革によって権力を失った貴族たちの処遇をどうするのか、国王や王太子が今後どのように新体制に関わるのか――課題は山積みだ。
(……私が前世でただの会社員として暮らしていたときは、こんな未来を想像するはずもなかった。まさか「悪役令嬢」から、革命を起こして王宮を落とすだなんて。でも、もう振り返る必要はないわ)
パルメリアは胸の奥で小さくつぶやく。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静まる謁見の間には、今なお血や炎の焦げた臭いが残るが、その空気に混じって、一筋の清々しい風を感じる。不思議と、これほど荒れ果てた光景のなかでさえ、解放感や希望がゆるやかに広がっているのだ。
(これはゴールではなくスタート。私たちはここから、本当の意味で国を変えていく。貴族の特権を壊し、民が堂々と生きられる社会を築く。そのために、私は――)
瞳を閉じ、深く息を吸い込む。周りの仲間たちからは祝福の言葉や、ねぎらいの声が飛び交うが、パルメリアはほんの少しだけ表情を曇らせていた。勝利という歓喜の裏で、数多くの命が失われたのも事実だからだ。
(もっと穏便な方法があればよかったのかもしれない。でも、ここまで腐敗がはびこっていた以上、この革命は避けられなかった。亡くなった方々のためにも、より良い国を作らなくては……)
彼女は心で誓いを新たにし、再び目を開く。そこには、ガブリエルやレイナー、ユリウス、クラリスといった仲間がそばに立ち、それぞれ無言のままうなずいている。彼らも同じ想いを共有しているのだと感じ取れる。
こうして、パルメリア・コレットが主導する革命軍は最終決戦を制し、王宮を占拠するに至った。
ベルモント公爵が引き起こした数々の悪行は暴かれ、保守派の貴族たちも大半が降伏。一部は捕縛され、一部は逃亡を図るも、すでに国内各地での蜂起が拡大しており、逃げ場はほとんど残されていない。
さらに、王太子ロデリックと老いた国王も、この場で事実上の退位を宣言し、古い体制が崩壊したことを世界に示した。革命の波はこの国全体を呑み込み、新しい秩序が生まれようとしている。
歴史的瞬間を目の当たりにしながらも、パルメリアは決して浮かれた様子は見せなかった。むしろ重い責任感を抱え、険しい道が始まると自覚している。
「戦いは終わったが、これで全てが解決したわけではない。国を建て直し、犠牲になった人々の意思を未来に繋げなければ――」
それが彼女の胸に絶えず鳴り響いている使命だ。
「パルメリア、君がいなければ、ここまで来られなかった」
レイナーが肩で息をしながら声をかける。パルメリアは微笑みを返すも、すぐに表情を引き締めた。
「まだやることは山ほどあるわ。国の再編、保守派残党の対処、そして廃墟と化した街の復興……。一つひとつ進めていかなければならない」
ガブリエルも無言でそれに同意し、肩の傷を押さえながら立っている。すでに何度も死線を超えてきた彼の鎧には、斬撃や衝撃の痕が無数に刻まれていたが、その瞳には強い光が消えていない。
「俺たち革命派も、ようやく大きな目標を達成した。……でも、ここから先が本当の闘いかもしれないな。政治や経済の仕組みをどう変えるか。全国の民をどう支えるか。やることは尽きない」
ユリウスが血のにじんだ頬を拭いながら苦笑を漏らし、周囲の仲間たちも深くうなずく。彼らの胸中には、新たな国家像をどう実現するかという熱いビジョンが明確に浮かび上がっていた。
謁見の間に漂う硝煙と血の匂いは、いまも革命の爪痕を鮮明に物語っている。しかし、その中に確かに宿っているのは、人々が自らの意志で歴史を動かしたという揺るぎない事実だ。
何人もの兵が負傷し、尊い命が失われた悲しみは大きい。しかし、その犠牲の上に生まれた一筋の光が、この国を新たな未来へと誘う。
パルメリアは一歩、玉座の前へ進み、ほとんど意識を失っている国王を見下ろす。王冠が転がる足元をちらりと眺め、前世のゲーム世界を想起する。「王太子との政略結婚」や「悪役令嬢追放」など、かつての物語が何と空虚に思えることか。
今はもう、そんな運命をなぞる必要などない。彼女は自分の道を自分で切り拓いた。そして、ここまで付き従ってくれた仲間たちがいる。多くの民衆がいる。
「……終わったのね。けれど、これは本当の終わりじゃない」
パルメリアは自分に言い聞かせるように声を落とし、剣を鞘に収める。燃え盛る革命の炎は頂点を迎え、今や終焉と共に新たな息吹を運んでいる。
部屋の外から聞こえるのは革命軍の歓声、あるいは崩れ落ちた体制に絶望する者の嘆き――そのどちらも、この国が今まさに歴史的転換点を迎えた証といえよう。
こうして王宮突入から始まった最終決戦は、革命軍の勝利に帰結した。ベルモント公爵の横暴と保守派の抵抗は潰え、長きにわたる貴族社会の腐敗はついに白日の下に晒される。老王の退位宣言と王太子の協力の申し出は、腐敗を根こそぎ刷新する端緒となるだろう。
とはいえ、パルメリアたちの戦いはまだ終わらない。戦後処理や領地再編、民衆の救済など、やるべきことは山積みだ。今度は剣ではなく、政治と知恵の力を駆使して、新しい世界の扉を開くときが来た。
「ここから先、私たちはどうするのでしょうか?」
クラリスが静かに尋ねる。彼女も長い戦いで疲労困憊だが、その瞳には揺るぎない思いが残っている。研究や知識を活かして、国の復興を支援する心づもりなのだろう。
「まずは民を安心させること。それから、食料や医療など急務の課題が山ほどあるわ。私もあなたたちと協力して、一つずつ乗り越えていくつもり」
パルメリアの答えに、仲間たちは力強く賛同する。その声は「傲慢な令嬢」と呼ばれた彼女への嘲笑とは真逆の、深い信頼と思いやりに満ちていた。
こうして、革命軍は王宮を掌握し、最終決戦に勝利するという歴史的な瞬間を成し遂げる。
大規模な戦いの終焉とともに、一人の貴族令嬢が運命を変え、この国すらも変革へ導く大きな一歩を刻んだのだ。
外では、夜明けの光が燃え盛るように赤く染まった空を明るくし始めている。流れる風はまだ硝煙と血の匂いを含んでいるが、その奥には確かな解放感が漂っていた。
戦いの音が小康状態になったことを感じ取り、遠巻きに見守っていた市民が少しずつ王宮前に集まり始める。誰もが「新しい時代が、本当に来るのかもしれない」という期待を胸に、瓦礫の山と化した広場を眺めていた。
パルメリアはそんな視線を背に受けながら、深呼吸をして剣を収める。血と泥にまみれた衣服からは、今までの戦いを物語る数多の痕跡が消えないままだが、その表情は心なしか晴れやかだった。
「さあ、仕事はこれからよ――。この国を、みんなで新しく作り上げていきましょう」
弱々しく微笑む老王、決意を新たにする王太子ロデリック、そして革命軍の仲間たちが、玉座の間の中心へそろって歩み寄る。
火の手と喧騒が沈む王宮は、まるで新たな歴史の舞台装置として再生を待っているかのように見えた。かつての絢爛豪華な権力の象徴は崩れ去り、破壊の跡にこそ本当の再生と希望の種が潜んでいるのかもしれない。
――こうして、王宮で繰り広げられた最終決戦は革命軍の勝利に終わり、腐敗しきった貴族社会と時代遅れの体制に終止符が打たれた。
パルメリア・コレットが導いたこの大いなる変革は、多くの血と涙の代償を伴いつつも、一筋の光となって王国を照らし始める。
これから先、国をどう立て直すのか。誰が主導権を握り、どのような政治を行うのか――課題は山積みだが、彼女たちは逃げることなく立ち向かう決意を固めていた。なぜなら、幾多の犠牲の先にある未来を、より良い形で築く責務が自分たちにはあると深く理解しているからだ。
夜明けの陽光が謁見の間の壁を照らし、新たな一日の訪れを告げる。その光は、廃墟と化した王宮を優しく包み込み、まるで新生する国の希望を象徴しているかのように見えた――。




