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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第5章:革命の火蓋

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第39話 最終決戦②

 謁見の間はすでに荒れていた。床には破損した調度品や壊れた花瓶の残骸が散らばり、壁にはところどころ剣戟(けんげき)の跡や黒ずんだ焼け焦げがついている。それでも部屋の奥には玉座があり、まばゆい装飾に囲まれている。


 そして、その玉座の手前に立ちはだかったのが、ベルモント公爵であった。豪奢(ごうしゃ)な礼服に染みついた血と泥が、壮麗な雰囲気を怪しく(ゆが)めている。彼は周囲に少数の兵を侍らせながら、こちらを睨みつけていた。


「お前たち……まさかここまで来るとはな。だが、まだ終わりではない。私はこの国の秩序を守るために、何としてもお前らの反逆を鎮圧してみせる!」


 その声には怒りと絶望が入り混じっている。パルメリアは剣を構えたまま、公爵を見据える。


 部屋の隅には、王太子ロデリックも倒れたような姿勢で座り込んでいた。どうやら取り押さえられ、身動きが取れない状態らしい。老いた国王が彼のそばにうずくまっている姿も見えたが、表情からは生気が失われているように感じられる。


「ベルモント公爵……もうやめるのよ。あなたが守っていたのは自分の地位と富だけ。国民を犠牲にしてまで権力を振りかざしてきた時点で、あなたに正義はない」


 パルメリアが静かに言葉を投げかけると、公爵は唇を歪め、恨みがましい眼差しを向けてくる。


「正義……? そんなもの、支配する者にとっての都合のいい理屈でしかない! 私はこれまで、王国を安定させるために尽力してきたのだ。お前たちのような若輩が、何を言おうと……」


 怒りと悔しさから、公爵の声が裏返る。だが、その瞬間、部屋の隅でうずくまっていた王太子ロデリックが、かすれた声で呼応した。


「ベルモント公爵……王国を安定させるというのなら、なぜ民を苦しめてまで、私腹を肥やし続けた……? あなたがやったのは秩序を守る行為などではない……父王を、そして国のあり方を、ゆがめただけだ……!」


 そこには、王太子としての最後の意地とも言える気迫がにじんでいた。公爵は焦燥の表情を浮かべるが、すぐに短剣を抜き、玉座の前で構える。


「黙れ、坊主が……! 貴様らなど、私が葬ってやれば済む話だ!」


 ベルモント公爵が短剣を手に突き進む。それを見て、一瞬だけパルメリアの部下たちが反応するが、公爵の動きは意外に俊敏だった。


 公爵は最終的な破れかぶれの姿勢で突撃し、命を賭けた一撃をパルメリアの胸元へ狙う。だが、彼女もまた数多くの戦闘をくぐり抜けてきた。咄嗟(とっさ)に身をひねってその刺突をかわし、逆に公爵の腕を払って短剣を叩き落とす。


「貴方にはもう、逃げ場はない!」


 パルメリアは剣を公爵の喉元に突きつけて言い放つ。公爵は転げるように膝をつき、後ずさる。眼前に突きつけられた冷たい刃先を目にして、狼狽を隠しきれない様子だった。


「くっ……私は、私は……!」


 しかし、さらに追撃を加えようとする革命軍の兵を、パルメリアが制止する。


「そこまでよ。彼の罪を暴くのは私たちの役目だけれど、処罰を決めるのは新たな体制の下で行うべきこと。無益な血は流さないで」


 その言葉にガブリエルやレイナー、そしてユリウスも同意し、公爵の兵たちも一様に武器を捨て降伏する。国王と王太子がいる以上、ここでこれ以上の暴力を振るう必要はないと判断したのだ。


 部下たちに捕らえられたベルモント公爵が悔しげに顔を(ゆが)めたそのとき、王太子ロデリックが悲痛な面持ちで立ち上がる。


 血と埃で汚れた衣服を整えながら、父である国王を支え、静かに謁見の間の中心まで進む。


 王太子の瞳には迷いがあるものの、今こそ自分がなすべき行動を理解しているかのようだった。


「パルメリア・コレット……ありがとう。君のおかげで、この国はようやく腐敗の闇を暴き出すことができた。私がなすべきは――」


 彼は視線を伏せて老王を見やり、その手をそっと支える。国王はすっかり気力を失っていたが、わずかにうなずくような仕草を見せる。


 そして、ロデリックは民衆のもとへ歩み寄るかのように、玉座前の赤絨毯の上で宣言する。


「父上は……ここにて退位なさる。もはや、国を動かす意思も力も……残されてはいない。よって、私が新たな体制を整えることになると思っていた。……だが――」


 ロデリックは言葉を切り、パルメリアをまっすぐ見つめる。


「君たちが主導してきた改革は、王位などという概念に囚われない、新しい国を作る大きな流れだ。もし、それが国民の多数の意思であるなら、私は王位を捨てることも(いと)わない。国をより良い方向へ導くために、私も力を尽くすつもりだ」


 その言葉に、謁見の間の兵や革命軍の者たちがざわめく。王太子が実質的に王位を放棄する形になるのか、それとも新体制を築くのか――詳細はまだ不明確だが、ひとつだけはっきりしている。


 既存の王家と貴族の権威は、ここにて瓦解(がかい)する。


 部屋の隅では、囚われの身となったベルモント公爵が悔しげに床を睨みつける。老王は沈黙のまま、ただロデリックの行動を受け止めるしかなかった。宮廷の華やぎも、美しい装飾も、今は崩れ落ちた城内の瓦礫と血の汚れにまみれている。


 「これまでの体制が幕を下ろす瞬間」を、多くの者が感じていた。


 パルメリアは深呼吸し、息を整えて仲間たちのほうへ視線を移す。ガブリエルは傷を負いながらも立っており、レイナーやユリウス、そしてクラリスらが集結して、彼女を支える形をとっていた。皆、泥や血にまみれているが、その目には確かな希望の光が宿っている。


「みんな……ここまで長かったわね。でも、これで一つの区切りがついた。あとは、この国を新しく作り直していくだけ……」


 誰かが「パルメリア様、まだ残党が抵抗するかもしれません!」と声をかけるが、パルメリアは静かにうなずきながら微笑む。


「わかってる。まだ問題は山積みよ。廃墟となった王宮をどう立て直すのかも、これから考えなきゃならない。だけど……もう、二度と民衆を虐げる腐敗には負けないわ。今度こそ、私たち自身の手で運命を変えられるはず」


 その言葉に呼応し、仲間の何人かが拳を握って掲げる。あたりには、革命軍の兵士たちや、王太子の周囲で動揺していた兵士たちまでもが、今後の行方を固唾を飲んで見守っていた。


 謁見の間に漂う緊張感は、もはや過去の支配を象徴する重苦しさではない。激戦を経て勝ち得た勝利の気配と、新たな秩序が生まれる前の静かな余韻が入り混じった、不思議な空気だった。

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