第39話 最終決戦①
――夜の闇を切り裂くように、王宮正門がついに崩れ落ちた。
燃え盛る炎、崩れかけた門扉、そして鉄や血の臭いが充満する王宮には、パルメリアが率いる革命軍と、ベルモント公爵を中心とする保守派の軍勢との熾烈な戦いがまだ続いていた。
既に王都の外壁は破られ、多くの地区が革命軍の支配下に置かれつつあるものの、王宮の深部では今なお絶望的なまでの抵抗が行われている。そこにあるのは、王国の中枢に根を下ろす腐敗と、権力にしがみつく最後の亡霊たち。
混乱と喧騒に包まれた王宮の中庭を抜け、そこにある荘厳な大廊下を越えた先に待ち構えているのが、謁見の間――すなわち、この国の命運を左右する舞台だ。
革命軍の本隊が正門を突破して王宮敷地へ雪崩れ込んだとき、中庭にはすでに数々の戦火の跡が広がっていた。
壮麗な噴水は砲弾により崩れ落ち、水が広場一帯にあふれ出している。庭木は折れ、花壇は踏み荒らされ、かつての美しさは見る影もない。宮廷の壁には炎が舞い、夜闇を血のような赤い光で染め上げていた。
パルメリアは倒れた兵士を助け起こしながら、険しい表情で前線を見渡す。顔には汗とすすがにじみ、疲労の色が浮かんでいるものの、その瞳は強い決意を宿していた。
「ここまで来ても、まだ激しい抵抗があるわね。……ガブリエル、負傷者の回収はどう?」
彼女が問いかけると、騎士団の指揮を執っていたガブリエルが泥だらけの鎧を鳴らしながら報告する。
「クラリス率いる救護班が後方で臨時の医療拠点を設置しています。負傷者も次々に収容しており、なんとか回復を続けられそうです。ただ、思った以上に王宮守備隊は手強い相手ですね……」
その口調には焦りよりも、冷静な分析がうかがえる。革命軍とともに長く戦い抜いてきたガブリエルは、どんな苦境にあっても動揺を見せない騎士として仲間たちから厚く信頼されている。
パルメリアは安堵の笑みをかすかに浮かべつつ、先へ進む視線をゆるめない。
「わかったわ。前線が崩れないように、レイナーと連携を取って。これから、私たちの最終目標――謁見の間へ向かう。抵抗がどれほど激しくても、ここで後退はありえない」
そう言い放つと、ガブリエルは静かにうなずき、そっと拳を握って決意を示す。
「……了解しました。どんな苦戦でも、パルメリア様を王宮の最深部へ案内いたします。絶対にあなたを一人にはしません」
彼の声が戦場の闇に溶け込むと同時に、パルメリアは身を翻して炎の揺らめく大廊下へ突入する。一歩でも早く謁見の間に到達し、ベルモント公爵をはじめとする保守派の中心人物を封じ込めなければならない――それがこの戦いの要だ。
王宮内部に続く大廊下は、高い天井から豪奢なシャンデリアが吊るされ、床には赤い絨毯が敷かれている。かつては王族や貴族たちが優雅に行き交い、壮麗な宮廷生活の象徴だったはずだ。しかし今、この空間は血と火と剣戟の音が交錯する修羅場と化していた。
パルメリアが大廊下に足を踏み入れると、無数の敵兵が待ち伏せしていたかのように彼女の小隊を取り囲む。ベルモント公爵派の精鋭だが、表情には明らかな焦燥が浮かんでいる。
すでに革命軍は、ここまで何度も守備陣を突破してきた。彼らには戦略や士気の面で強みがあり、保守派が築いた防御網は次第に崩されているのが現状だ。
「このままでは……王国が滅びる! 早く討ち取るんだ、あの娘を!」
敵兵のうち一人が悲壮感漂う声を上げ、パルメリアへ真っ先に斬りかかる。しかし、彼女の傍らからガブリエルが素早く前に出て、その一撃をはじき飛ばした。
「邪魔立てはさせない。ここを通らせてもらうぞ!」
ガブリエルの声には鋼のような硬さが宿っている。背後の兵たちも一斉に剣を構え、敵に立ち向かう。激しい衝突が大廊下に鳴り響き、天井のシャンデリアがかすかに揺れる。
さらに、レイナーが後方から合流し、敵の側面を崩すように突撃をかけた。長槍を持った敵兵たちが混乱し、一気に崩れ始める。
「行ける……この程度の守備なら、突破は不可能じゃない!」
レイナーが確信を込めた声を上げると、パルメリアはその言葉にうなずき、周囲の仲間に合図を送る。
「奥へ進むわよ。ここで手こずっていては、ベルモント公爵に逃げられるかもしれない――」
そんな言葉を放ちながら、彼女は先頭を切って駆け出す。敵がいくら多くても、焦りと混乱から指揮系統が崩れたままでは力を発揮できない。むしろ革命軍は長く戦い抜いてきた経験から連携が深まり、短時間のうちに大廊下の半分以上を制圧してしまう。
だが、廊下の奥にはさらに頑強な扉が立ちはだかっていた。そこは、王室や貴族が謁見の間へ通る際に使う「黄金の扉」。きらびやかな金の装飾が目に痛いほどだが、その背後には危険な気配が満ちている。
パルメリアたちが黄金の扉に差し掛かると、周囲の兵が一旦立ち止まった。扉の前には、ベルモント公爵に仕える近衛騎士たちが集結しており、その表情は一様に凄惨な決意を示している。
王国を治める要人を守ることが彼らの至上命令であり、たとえ革命軍が多数を誇ろうとも、この扉を簡単には明け渡さないだろう――それが、誰の目にも明らかだった。
「これが本当の最後の防衛線、というわけね……」
パルメリアは手の中の剣を握り直す。疲労は頂点に達しているが、ここでの一戦を乗り越えなければ最終目標である謁見の間に入ることは叶わない。
ガブリエルが、彼女に声をかける。
「この先に敵の本丸がいます。皆もわかっているはずです――ここを突破すれば、王国の命運を一気に変えられる」
その言葉にレイナーが応じ、槍を一度地面に突き立ててから固くうなずく。
「怖がっている暇なんてないさ。パルメリアが掲げる理想を、俺たちは何としても実現しなきゃ……!」
さらにユリウスが別方向から合流し、苦笑を浮かべる。
「こんなに熱い騎士や兵がいるなんて、王室も想定外だったろうな。さて、あの扉をこじ開けるとしよう」
闘志を滾らせる仲間たちに、パルメリアは深く息を整えてから静かに口を開く。
「――行くわよ、みんな。ここで立ち止まる理由なんて、もう何一つない!」
目の前に構える近衛騎士たちは優れた装備と技量を誇るが、すでに全体の保守派が崩壊しかけている影響か、その表情はどこか不安げに揺らいでいる。革命軍が彼らより数で勝り、なおかつ士気も高いことを理解しているのだろう。
パルメリアの合図とともに、革命軍は黄金の扉へ突撃を開始。近衛騎士たちは盾と長槍を構えて必死に抵抗するが、すでに多数の戦闘をくぐり抜けてきた革命軍の動きは鋭く、一見バラバラに見えるかもしれないが彼女の指示が的確に浸透しており、個々の兵が役割を把握し連動する形で攻撃を仕掛けていた。
「前衛は盾を高く掲げて! 後方の者は槍で上から押し込むように突くのよ!」
パルメリアの細やかな指示が大廊下に鳴り渡り、兵たちがその声に従って一斉に動く。敵の近衛騎士が剣を閃かせ反撃を加えるが、複数の革命軍兵が同時に対応し、仲間を援護し合いながら少しずつ敵陣を崩していく。
さらに、ユリウスの手勢が扉の左右に回り込み、攻撃の角度を増やす。近衛騎士たちは包囲される形になり、思うように陣形を保てなくなった。
「ここまでか……!?」
「ぐっ、引くな! まだ耐えろ――!」
必死に抵抗を試みる声が上がるも、革命軍が優勢を崩さないまま押し切り、数分も経たぬうちに黄金の扉への侵入路が確保されてしまった。
ガブリエルが先頭を切って敵の剣を弾き飛ばし、レイナーが横合いから突き飛ばすことで近衛騎士の一団を崩す。残った敵兵はパルメリアたちに刃を向けるものの、次々に捕縛されるか降伏に追い込まれていく。
「もはや戦う意義なんてないわ。降りなさい……命までは取らない」
パルメリアが低く言い放つと、傷だらけの近衛騎士たちは剣を落とし、息を荒げながら床にひれ伏した。こうして黄金の扉付近の抵抗はあっけなく終わり、革命軍が完全に掌握する形となる。
「大丈夫ですか? パルメリア様」
ガブリエルが息をつきながら彼女に問いかける。パルメリアは額に浮かんだ汗を拭いながら微笑を返す。
「ええ、まだやれるわ。……ここが最後の砦でしょうから、気を抜けないようにして」
レイナーもその会話を聞き、「よし、先に行くぞ!」と駆け出す準備を整える。周囲の兵たちがうなずき、武器を再度構え直した。
一方、ユリウスは耳を澄まし、謁見の間の奥から聞こえてくる物音を探っている。激しい衝突の残響や破壊音が背後から遠ざかりつつある代わりに、前方からは低いうめき声や怒声がわずかに漏れ聞こえていた。
「……どうやら、まだ中に抵抗勢力がいるようだな。ベルモント公爵自身が指揮を執っている可能性が高い」
「そうでしょうね。それに、あの男は簡単に逃げたりはしないはず。自分の権力を誇示するためなら、最後まで往生際悪く足掻くと思うわ」
パルメリアは冷静に分析しながら、深く息を吸い込む。謁見の間こそ、国王や重臣たちが公式の場として利用し、古くから多くの政治の決定が行われてきた場所。そこを制圧できれば、王国の運命を一気に転覆できる。
大廊下を抜けて黄金の扉を開くと、厚みのある扉がきしむ音を立ててゆっくりと開かれた。その先には、高い天井と赤絨毯の敷き詰められた謁見の間が広がっている。




