第38話 王宮突入③
扉が破れた瞬間、煙と血の匂いが満ちた空間に鋭い喚声が響いた。内部にいた守備隊の一部がパルメリアらに向けて槍を突き出すが、既に態勢を整えていたガブリエルが横から剣を叩きつけ、斬撃で応じる。
ユリウスの部隊も同時に後ろから突撃し、包囲を完成させた。挟み撃ちにあった守備隊は形勢の不利を悟り、武器を放り出して命乞いを始める者が続出する。
「降伏します……命だけは……」
「もう抵抗は無意味だ……!」
絶望を吐露する声があちこちで聞こえる。パルメリアはそんな彼らに「これ以上無用な戦いは望まない」と告げ、降伏を受け入れる姿勢を示した。一部に頑なな者がいても、流れを変えることはもはや不可能だった。
「これで正面は突破。……あとはあの奥、謁見の間ね」
パルメリアは奥に続く広間の戸口を見据える。そこが王宮の最深部へ通じる入り口の一つ――おそらくベルモント公爵や保守派の重鎮たちがそこに集結しているだろう。
激戦を経て、ここまでに多くの血が流れた。パルメリアも金色の髪が煤で汚れ、頬や腕には浅いが痛々しい傷がいくつも走っている。にもかかわらず、その目には揺るぎない炎が宿っていた。
レイナーが肩で息をしながら声をかける。
「パルメリア……大丈夫か? いくらなんでも無理をしすぎだ」
「ええ、大丈夫。あなたこそ大丈夫なの? 随分と怪我をしているわ」
お互いの傷を気遣い合う二人。クラリスが救護袋を抱えて駆け寄り、素早く応急処置を施す。
「こんな状況でも休む時間なんてないですよね。でも、せめて傷口が開かないように巻いておきます……」
クラリスの冷静な対応に少しだけ安堵を感じながら、パルメリアは目を伏せる。まもなく訪れる最後の戦いに備え、心を落ち着かせようとするが、胸の鼓動は高まるばかり。
ガブリエルは周囲の兵を再編成し、扉の周囲を警戒させていた。ユリウスは部下たちと情報交換を行い、「どうやら他ルートでの抵抗はほぼ鎮圧された」との報告を受ける。市街地から続いてきた乱戦が、今この瞬間に頂点へ達し、静まり始めているのだ。
義勇軍が王宮正門を突破し、守備隊の大半を下した今、ベルモント公爵ら保守派の命運は風前の灯火に近い。だが、ここがゴールではない。この革命が意味するのは、古い体制をただ壊すだけではなく、民衆が自らの未来を選び取る道を切り拓くこと――そのために、パルメリアたちは最後の障壁を乗り越えねばならない。
謁見の間の向こうには、王権を振りかざし腐敗を蔓延させた者たちが集結しているはず。そこを制圧しなければ、改革を妨害する動きは今後も続くだろう。加えて、王宮自体が混乱しきっている現状では、多くの人々が不安の渦中にある。彼女たちが迅速かつ的確に行動を起こし、安定と秩序を取り戻す必要があった。
(目の前にあるのは、長い歴史の象徴たる王宮。私がここで立ち止まれば、きっとまた血生臭い争いが繰り返されるに違いない。ならば、ここで片を付けるしかないわ)
パルメリアは深い呼吸をして、周りにいる仲間たちの顔を一人ひとり見つめた。そのどの瞳にも、「共に戦う」という強い意志が映し出されている。ガブリエル、ユリウス、レイナー、それぞれが役割を担い、傷を負いながらも決して屈していない。
「さあ、行こう。もう後戻りはできないけれど……私たちは、どんな犠牲を払っても、この国の未来を変えるわ」
その宣言に、仲間たちは声を揃えて答える。「おおおおお……!」と湧き上がる雄叫びが、広い廊下にこだまする。
こうして、パルメリア・コレット率いる革命軍は、王宮最深部へ突入するための体勢を整えた。もはや保守派に残された道は限られている。古い支配を象徴する者たちが最後の悪あがきを見せるのか、それとも――
(待っていなさい、ベルモント公爵。あなたがこの国を蝕んできた事実は、すべて暴かれることになるわ)
パルメリアは唇を引き結び、大きな一歩を踏み出す。それは数えきれない犠牲の上に成り立つ革命の真髄を証明する一歩でもあった。豪壮な王宮の白壁に炎の色が映え、夜明け前の闇を紅に染め上げる。激戦を勝ち抜いた者たちの息遣いと、これから始まる最終決戦への鼓動が重なりあうなか、時間が不気味なほどに伸び縮みするように感じられる。
奇妙な静寂が一瞬だけ廊下を支配する。先ほどまでの激戦が嘘のように、風の音すら途切れるこの感覚――まるで世界が深呼吸をしているかのようだった。
兵たちは一斉に息を止め、パルメリアの指示を待っている。炎や血の匂いはなお漂い続け、誰もがこれからの戦いが文字通り「最終衝突」になると理解していた。
ガブリエルは鎧の継ぎ目を改めて確認し、レイナーは剣の柄ににじむ汗を拭い、ユリウスは深く息をついて静かに拳を握る。クラリスが後方で負傷兵に簡易包帯を施しながら、パルメリアへと視線を送った。
(私たちが求めてきたものは、ただ勝利することではない。人々が自由を得て、誰もが幸福を追求できる未来……。そのために、どれだけの血を流さねばならなかったとしても、今さら引き下がるわけにはいかない)
パルメリアはそう自分に言い聞かせながら、奥に続く道――謁見の間――を見据えた。ここを制圧すれば、この革命は事実上の勝利を収められるだろう。同時に、新たな責任が生まれることもわかっている。王家の行方、貴族の処遇、民衆の生活をどう立て直すのか。やるべきことは山積みだ。
「……行きましょう。これで終わりにするのよ、この国を痛めつけた古い支配を」
彼女の言葉を合図に、ガブリエルが先頭を切って進み、レイナーとユリウスが後に続く。クラリスと兵たちもすかさず散開し、周囲を警戒しながら一歩ずつ奥へ向かう。
そうして、革命軍は王宮の最奥、謁見の間を目指してゆっくりと動き始める。そこに待ち受けるのは果たして何か――敵か、それとももう残る敵はいないのか。誰にもわからない。だが、血と炎に包まれたこの戦乱を終わらせるためには、最後の扉を開ける以外に道はない。
外の空にはわずかに東の空が白み始め、夜明けが近いことを告げていた。王宮突入という壮大な戦いは、ここからが正念場。パルメリアたちの鼓動はさらに高まり、熱い血が全身を駆け巡る。もう迷いなど存在しない。彼女たちが求めるのは、腐敗を根絶し、新しい秩序を打ち立てること。多くの命が犠牲になったこの戦いを決して無駄にしないためにも、最後の一撃をこの手で下すのだ――
こうして、パルメリア・コレット率いる革命軍は市街戦を勝ち抜き、ついに王宮へ突入した。鉄壁と言われた正門を破り、激烈な戦闘を繰り返しながらここまでたどり着いた彼女たちの前には、「謁見の間」への重厚な扉が待ち受ける。そこには、腐敗の首魁であるベルモント公爵や、最後の抵抗を続けようとする保守派の面々がいるに違いない。
敵の守りは強固でありながら、その士気は既に崩壊寸前。革命軍は市民や下級貴族、農民、商人など、これまで虐げられてきた人々の底知れぬ力を結集していた。その勢いを止めるのは容易ではない。
火の粉が空を裂き、夜の帳が明ける寸前の王都に、怒号と歓声が交じり合う。その混沌の中で、パルメリアは仲間たちと共に最後の障壁へ挑もうとしていた。血にまみれ、傷を負いながらも、その歩みは決して止まらない。
――「最終決戦」は、まさに今、この次の瞬間に幕を開ける。
だが、物語はこれで終わりではない。次なる一手で「革命」の成果を確かなものとし、腐敗した保守派を完全に打倒する――その先にこそ、新時代が待ち受けるのだ。




