第38話 王宮突入②
王宮の正門は分厚い鋼鉄製の扉が備わっており、難攻不落と言われる要衝だった。古来より戦乱に巻き込まれても、この門を破られた例は数えるほどしかない。城壁の上には弓兵や鉄砲隊が集まり、必死に矢や銃弾を放ってくるが、革命軍の士気は揺るがない。
火砲の類はこの世界において貴重だが、一部の領地や商人から提供された攻城用の火器や破城槌を駆使し、パルメリアの部隊は門を破壊する態勢を整える。
「ここが勝負どころね。ガブリエル、破城槌を守る部隊を指揮して。ユリウス、包囲を崩さないように側面と背面の警戒を続けて」
「承知しました。……みんな、いっきに叩き込め!」
ガブリエルの声と同時に、巨大な丸太に鉄板を巻きつけた破城槌が運び出され、十数人の屈強な義勇兵が勢いを付けて正門に衝突させる。ごうん、という鈍い音が夜空にこだまする。
王宮内部からも「守れ、絶対に門を破らせるな!」という必死の叫び声が聞こえる。正門上部から煮え立つ油や火矢が降り注ぐが、革命軍は地面に落ちていた金属板や大盾を活かして防御を固めながら少しずつ前進。繰り返し破城槌を門に打ち付ける。
「くっ……思った以上に堅いわね。でも、このまま叩き続ければ……!」
パルメリアが兵士を鼓舞すると、彼らは気合の声を上げる。「うおおお!」と熱気が伝わり、再度破城槌が振りかぶられる。金属が擦れる音と衝撃波で、まるで大地が揺れるような響きがした。
五度、六度――繰り返し打ち込むうちに、鉄扉の継ぎ目がきしみ始め、大きな歪みが生じる。
「もう少しだ! もう少しで門が崩れるぞ!」
誰かの歓喜の声が上がる。兵たちが力の限り踏ん張ると、その瞬間――バリバリという金属の破壊音が響き渡り、巨大な扉がついにヒビを入れながら動揺した。
それを見逃すはずもなく、革命軍の前衛は一斉に突撃を掛ける。歪んだ扉の隙間から盾を突っ込み、こじ開けるように動かそうとする者たち。弓兵は上からの攻撃を牽制し、ユリウスの部隊が背後から斜めに突き上げる。
騒乱の渦中、とうとう鉄扉の大部分が崩壊し、破砕された破片が地面に転がり落ちる。未だに抵抗を続ける守備兵は必死で反撃するが、多勢に無勢。ここの決戦を狙っていたパルメリアたちは圧倒的な人数で一気に雪崩れ込み、敵を押し流す形で門内の広い空間へ突入する。
鉄扉が破れ、王宮内部に足を踏み入れた瞬間、開けた空間が広がる。かつて緑豊かな庭園や噴水が目を楽しませていたであろう宮廷の中庭も、今は火の手に照らされ、半ば破壊された姿を晒していた。
それでも、ここが王宮の主要部へ通じる重要な回廊であることに変わりはない。敵の最終防衛ラインがここで踏み止まろうと構えを見せる。しかし、その背後には飛び火が届き、混乱が蔓延していることも手伝い、守備兵たちの態度はどこか不安定だ。
しかも、驚くことに、中庭の端には王都の一部市民が集まり、遠巻きながら革命軍を声援していた。城壁の外で退避できずに取り残された者たちが、パルメリアの行動を目撃し、一縷の望みを託しているのだろう。
「頑張れ、パルメリア様……!」
「もうあんな腐った貴族の言いなりにはなりたくないんだ!」
その叫びが、時折混じる兵士の怒声や剣のぶつかる音にかき消されながらも、たしかに革命軍の背中を押していた。
「ここまで市民が……こんな命懸けの場所まで来てしまうなんて」
レイナーが息を呑みながらつぶやく。ユリウスも同様に驚きを隠せないが、同時に胸の奥が熱くなるのを感じる。
「彼らはもう、恐怖に怯えるだけじゃないってことだ。わずかな可能性に賭け、俺たちを信じてここに来ている。……この期待を裏切るわけにはいかない」
ユリウスが拳を固く握る。その視線を感じたパルメリアは、かすかに笑みを浮かべると、「そうね」と短く答えた。自分が立ち上がることで勇気を得た人々がこんなにもいるのだ――その事実が、絶望の多いこの戦いの唯一の光にもなっている。
宮廷中庭を突破すると、広く長い廊下が続いている。その先に控えるのが、大きく二つの道――一つは「謁見の間」へ通じる正面ルート、もう一つは「玉座の間」へ向かう上階段。どちらにも多くの兵が配置されており、革新的な防衛陣が敷かれているように見えた。
しかし、革命軍は分散した形でそれぞれのルートに攻撃をかける。パルメリアは、あらかじめ集めた情報と王太子ロデリックからの機密をもとに、「どちらの道にも少数の敵がいる」ことを把握しており、ユリウスたちと連携を図りながら両方の道を攻略する計画を立てていた。
「ガブリエル、あなたは私と一緒に正面の道を確保して。ここを通れば謁見の間に直接行けるはず。レイナーは階段のほうに兵を回して、もし敵がそこから回り込もうとしても抑えられるように」
「了解です。正面は私たちが押さえます。どうか気をつけて」
ガブリエルが短く返事をすると、レイナーも「階段の部隊は僕に任せて」と続ける。ユリウスは既に別ルートから合流を仕掛ける予定で、数名を連れて先行している。
こうして義勇軍は複数のルートに分散しながらも、迅速に連携を維持し、敵兵を少しずつ包囲していく。保守派の兵たちが必死に抵抗を試みる声が、廊下中にこだまするが、革命軍の士気は揺るがない。大地を揺るがすほどの足音と呼び声が、まるで新時代の胎動を象徴しているかのようだった。
廊下を進むにつれ、王宮の内部装飾が次第に豪華さを増していく。壁には繊細なレリーフが施され、天井からはシャンデリアが吊り下げられ、絨毯が足音を柔らかく吸収する。だが、その絢爛さとは裏腹に、ここは血みどろの戦場であり、床には散乱する武器や貴族の衣服が落ち、所々に紅い痕が残されている。
そんな凄惨な光景にも、パルメリアは目を背けない。自分たちが求めているのは、ただ勝利することではなく、このような血の連鎖を断ち切り、腐敗を根絶して新しい未来を築くこと――そう強く心に刻み続ける。
「謁見の間はもう目と鼻の先……けれど、最後の防衛線も相当手ごわいはず」
ガブリエルが言う通り、廊下の先には厚い扉が閉ざされており、その周囲に鎧をまとった騎士たちが待ち受けている気配がある。一部の兵士が静かに耳を傾けると、扉の向こうから低い会話や金属が擦れる音がかすかに聞こえる。
「どうする? 強行突破か、何か策を講じるか……」
レイナーが問うと、パルメリアは周囲を見回す。敵兵は一箇所に固まっており、扉の周りを固めている様子だ。おそらく、その中には高位の貴族やベルモント公爵本人がいるだろう。
「奇襲が有効そうだけど……扉が厚いわね。このまま突っ込めば、かなりの損害が出る。ユリウスたちが外側から陽動を仕掛けているなら、合わせて挟み撃ちにできるかもしれない」
「了解だ。僕は階段側にいる兵たちと合図を取り合って、同時に突撃をかけるよう段取りする」
レイナーが急ぎ兵士たちに指示を伝える。ガブリエルは大盾を構えつつ、扉前の敵兵といつでも斬り合えるよう態勢を整えた。パルメリアの後ろには、負傷しながらも立ち上がる兵や、心配そうに見つめる市民の姿もあるが、誰もが「この先こそが勝負」と悟っている。
やがて、廊下の遠くから小さな閃光が上がる。それがユリウスの合図だった。外や他の回廊で陽動を続けている部隊が、準備を完了したことを示している。
パルメリアは大きく息を整え、心の中で数多くの仲間の顔を思い浮かべる。コレット領で苦楽を共にした人々、命を賭して戦場に散った仲間たち、そのすべての思いを背負って、今ここに立っているのだ――もう迷いや躊躇はない。
「みんな、聞いて。私たちは、決して無闇に血を流したいわけじゃない。けれど、王宮の奧にいる者たちが、この国を破滅へ導いた張本人よ。ここで止まるわけにはいかない。……最後まで共に来てくれる?」
その言葉に、ガブリエル、レイナーはもちろん、周囲の兵士や志願者たちが声を揃えて応える。「もちろんだ」「あなたについていきます」と、矢継ぎ早に声が上がり、廊下全体が熱い決意のオーラに包まれる。鼓動が高まり、衝突の衝撃が間近に迫るのを誰もが実感していた。
「合図と同時に扉を破る! ……行くわよ!」
パルメリアの号令を受け、破城槌を携えた兵が大盾を構え、扉へ突進する。敵兵が弓矢や槍を構えて迎撃しようとするが、ガブリエルが盾を高く掲げてそれらを防ぎ、レイナーが横合いから牽制の斬撃を繰り出す。兵士たちは鼓舞の声を上げつつ、一気呵成に扉へぶつかる。
ごうん――と低い音が響き、扉がわずかにきしむ。内部の敵兵が扉を押さえ、必死で抵抗するが、既に彼らは追い込まれている。背後から聞こえるユリウスらの足音がその恐怖を増幅させ、守備隊の士気を削いでいるのが明らかだった。
「もうやめてくれ、降伏する! 私たちには関係のない戦いだ!」
うろたえる声が扉の向こう側から聞こえてくるが、中にはまだ命懸けで貴族の命令を遂行しようとする兵もいる。そういった者たちの悲壮な決意が、激しい衝突を生み出していた。
破城槌が二度、三度と打ち付けられると、扉の金具が悲鳴を上げ、固定用のかんぬきが外れはじめた。扉の隙間からは、豪華なシャンデリアと赤じゅうたんの一部が見える。そこはまさしく、王が要人を迎えるための空間――謁見の間へと続く前室だ。
「もう少し……もう少しで破れるわ! 全員、押して!」
パルメリアの声に革命軍が呼応する。わずかな隙間を盾や剣でこじ開け、力任せに扉を押し込む。ガブリエルが気合を込めて扉を蹴飛ばすと、ついに大きな破裂音を伴って扉は内側へ崩れ落ちた。




