第38話 王宮突入①
王都の外壁が炎の海と化していた。
濃厚な煙が冬の冷たい大気を塗り潰し、街の各所では絶え間なく鐘の音が響く。都市を包む空気は騒然としており、動揺した市民たちは家の中に閉じこもるか、広場へ避難するか、いずれにしても全員がこれまで体験したことのない「戦争の足音」に怯えていた。
この王都は、長い歴史の中でも幾度かの内乱や政変を経験しているが、今回のように街全体が燃え上がり、しかも「革命軍」という形で領民や農民、さらには下級貴族が主体となって攻め寄せるのは初めてだった。彼らの掲げる「改革」という旗印は、この短い期間で急速に支持を集め、市街地の至る所に革命派の志士が集っている。
その先頭に立つパルメリア・コレットは、飛び交う火の粉をかき分けながら、呆然と立ちすくむ市民に向けて静かに声をかける。
「危ないから、ここから先は下がってください。もし身の安全を求めるなら、少し離れた広場に義勇兵がいますので、そちらへ行って」
返ってくるのは怯えた表情や戸惑いの声。パルメリアはそれらを受け止めつつ、言葉を続ける。
「私たちは王宮に向かいます。……この国に巣食う腐敗を終わらせるために、どうしても通らねばならない道なの」
彼女が手を振り、周囲の者たちが動き出すのを見届けると、ガブリエルがさっと前に進む。今やコレット領の義勇軍の中核を担う騎士となった彼は、仲間たちとの打ち合わせで決めた通り、先頭に立って敵の防衛線を切り崩す役目を負っている。その目には、不退転の決意が宿っていた。
「パルメリア様、準備はよろしいでしょうか。王宮正門前には、強固な防衛線が敷かれているはずです」
ガブリエルは鎧の合わせ目を確認しながら尋ねる。そこへユリウスが合流し、軽く息を整えつつ周囲の状況を把握する。彼の背後には多数の革命派兵士が控え、皆がそわそわと落ち着かない様子を見せていた。
「俺たちは、別働隊を率いて路地から王宮の側面へ回り込む。正面だけに意識を向けると痛い目に遭うからな」
ユリウスの声は若干うわずっているが、その内に燃える闘志は明らかだ。民衆の怒りと希望を背負い、この戦いを勝利へ導くために、彼もまた必死に走り続けてきた。
レイナーも到着し、緊迫した空気の中でポツリとつぶやく。
「王宮に突入するだなんて、昔は想像もしなかったな……。けれど、ここまで来た以上、最後までやり抜くしかない」
その言葉に、仲間たちは一様にうなずく。背後には義勇軍の一部が待機しており、まだ敵の守備隊との交戦が続く別の区画を支えるために駆け回っている者もいるが、パルメリアたちは「最終的に王宮を落とす」という最大の使命を担っていた。
暗い夜空に、火の粉が舞う。王都の城壁を乗り越えた革命軍は、城下町を踏破しながら、次々と敵兵を排除していた。武装した農民や商人、下級貴族が力を合わせ、名門騎士団とも互角に渡り合う。それだけの士気と結束が、ここにはあった。
そんな中、コレット領の部隊が特に目立っている。かつて「傲慢で冷酷」と評されていたパルメリアが、最前線に身を置き、血と泥にまみれながら進軍を指揮している姿は、多くの兵士と市民に衝撃と勇気を与えていた。
「隊長、もうすぐ王宮が見える場所まで来ました!」
ひとりの兵が興奮を含んだ声で報告する。彼は元々コレット領で農作をしていた若者だったが、今では義勇兵として剣を握る立場になっている。その目には恐怖よりも「新しい世界を切り拓くんだ」という高揚感が宿っていた。
パルメリアはその若者に目を向け、微笑みを返す。
「ありがとう。でも、ここからが本番よ。王宮が見えるということは、それだけ警戒も厚いはず。気を緩めず進みましょう」
その言葉に若者は大きくうなずき、再び部隊に戻っていく。
やがて、視界の先に巨大な門が立ち塞がる。王宮へと通じる正門だ。周囲の高い城壁には、かつては貴族や王族が往来するための装飾が施されていたが、今は黒々とした鉄格子と弓兵の影が浮かび上がる。敵兵たちは城壁の上から矢を射かけ、革命軍の進軍を阻止しようと必死になっている。
火矢が次々と飛来し、地面に突き刺さったり、時には兵士の盾や鎧に刺さったりする。悲鳴と怒号が交じり合う中、パルメリアは冷静に周囲を見渡し、指揮を執り続ける。
「ガブリエル、弓兵の攻撃を抑えるために、建物の陰を利用して前へ進んで。ユリウスは、路地裏から城壁に取り付けるよう手勢を送って頂戴」
「了解だ。攻撃の手を緩めずに、あの守備隊を分散させる」
ガブリエルが力強くうなずき、ユリウスも熱のこもった眼差しで答える。二人の号令を受けた兵士たちは、それぞれの指示に従い素早く行動を開始した。
こうして、革命軍は真正面からの突撃だけでなく、側面や背後からの奇襲を織り交ぜながら、王宮正門への道をこじ開けるべく奔走する。辺り一帯には破壊された家屋や、折れた街路樹などが散乱しており、それらを巧みに利用して矢を防ぎつつ近づく作戦だ。
正門に至るまでの市街地は、すでに戦場と化していた。建物の壁には焦げ跡が広がり、あちらこちらから白い煙が立ち上る。市民の大半はすでに避難したが、一部の若者や義勇兵が残り、革命軍を手伝うべく物陰から石を投げたり、弓矢を用意したりしている。
そこにはレイナーの交渉が大きく関わっていた。彼は外交的な才を活かし、王都内の一部商人や職人ギルドを説得して、攻め入る革命軍への協力を取り付けていたのだ。敵対する保守派の貴族たちとは一線を画し、民衆の側につく選択をしたそのギルドたちは、いまや市街の各所で援助活動を行っている。
「レイナー、いつの間にこんなにも多くの協力を……」
パルメリアが深い息をつきながら感嘆すると、レイナーは照れくさそうに肩をすくめた。
「大げさに聞こえるかもしれないが、彼らもずっと貴族の横暴に苦しんでいたんだよ。改革を望んでいた人間は、思った以上に多いみたいだ」
そして再び笑みを引き締め、「これで思う存分、王宮に攻め込めるはずだ」と付け加える。
ガブリエルは市街地の混乱の中、先陣を走りながら攻撃の指示を出していた。その背筋には傷が増えているものの、「後退しよう」という意志は微塵も感じられない。むしろ、彼の騎士としての覚悟がさらに研ぎ澄まされているように見えた。
「パルメリア様、こちらの路地は突破しました! 正門前まであと少しです。ですが、敵の守備隊がかなり頑強で……」
「わかったわ。もうひと押し必要ね。ユリウスの部隊はどうなってるかしら?」
パルメリアがあたりを見回すと、ユリウスが率いる側面部隊が高台から合図を送っているのが見えた。「包囲は完成しつつある」という合図だろう。王国軍は正門付近に大半の兵を集中させているため、背後や側面からの攻撃に対応しづらい状態に陥っている。パルメリアが描いた戦略どおり、敵は分散され、十分に兵力を活かせていないのが明らかだった。
「今よ、全軍一斉に前へ! 敵を追い詰めるわ!」
パルメリアの声が響く。焦土と化した市街を駆け抜ける義勇軍は、一挙に加速し、盾を構えた守備兵をまるで川の流れのように押し流していく。ユリウスの別働隊も強烈な攻撃を加え、守備兵は四散し始めた。
「くっ……革命軍め、一体どこまで……!」
「もう無理だ、下がれ……ッ! 下がれー!」
怒号と悲鳴が入り混じり、血の匂いと煙が一層濃くなる。それでも革命軍は進み続け、ついに巨大な正門が視界に入った。




