第36話 蜂起の連鎖②
一方、これほど迅速に民衆の蜂起が広がることを想定していなかったベルモント公爵派は、軍の再編成を繰り返しながらも、各地で分断され続ける状況に陥っていた。
兵站が途絶して物資が回らず、ある部隊は飢えに苦しんで戦意を失う。別の部隊は、山道や川辺でゲリラ的な奇襲を受け、大きな損失を被る――そうした報告が本拠地の司令部に次々と届き、指揮官たちは叫び声を上げながら額を押さえる。
「どうして、あのコレットの領地ごときが……こんなにあちこちを揺るがすとは……!」
「民衆の蜂起など、一時的な暴動だと思っていたが、これほど大きな潮流になるとは。公爵様にご報告を……」
だが、ベルモント公爵そのものは、いまだ王国上層部での権力を保持しており、大軍を動かせる地位にある。いよいよ彼が本腰を入れて王都の官僚機構を総動員し、徹底的な鎮圧を宣言する可能性が高まっていた。
その脅威を前にしても、すでに全国規模で燃え上がる「改革の焔」を消すのは容易ではない。パルメリアたちが得た一連の勝利と、彼らを慕う多くの地方勢力の支持は、もはや保守派にとって無視できない脅威へと変貌していたのである。
義勇軍本部では、連日連夜の作戦会議と報告書の検討が行われていた。パルメリアは仲間たち――ユリウス、ガブリエル、クラリス、レイナーらとともに、地図の上で新たに蜂起した地域や連携可能な領地を確認しながら、翌朝までに打つべき手を模索し続ける。
王国全土を巻き込む闘争が、こんなにも急激に拡大するとは想像していなかったが、現実は既に自分たちの想定を超えている。
休憩中、パルメリアはふと窓辺に立ち、夜空を仰ぐ。遠くから届く星明かりがかすかに部屋を照らすなか、胸のうちで静かな思いが湧き上がった。
(私たちの初期の計画は、せいぜいコレット領を守り切る程度しか見込んでいなかった。けれど、人々はそれ以上の変化を欲していたのね……。この大きな波を止める権利は誰にもない。私もその先頭に立ち続けるわ)
驚きと喜び、そして重責を背負う覚悟が混ざり合って、胸が熱くなる。慣れない作戦指揮の疲れで体は重く、まぶたが少しずつ落ちていきそうになるが、まだやるべきことは山積みだ。
そんな彼女の状態を察し、そっと近づいてきたのはガブリエルだった。彼は静かにパルメリアの横顔を見つめ、穏やかな声で言う。
「少しは休息をとってください。あなたが倒れてしまえば、皆が不安になります」
思いやりを込めたその言葉に、パルメリアは微笑みで応じる。いま休むべきか否か――彼女にとって難しい判断ではあるが、無理をすれば自分だけでなく周囲にも負担がかかるのは分かっている。
室内を見渡すと、クラリスが書類の山を抱えて必死に兵站と医療支援の調整を行い、レイナーは複数の若い義勇兵と地図を睨みながら訓練計画を考え、ユリウスは地方から届く連絡を整理している。この光景は、まるで小さな王国が生まれつつあるかのようにも見える。
(皆がこうして力を合わせている。その姿は決して独善的なものではなく、一人ひとりが未来を勝ち取ろうとしている証――)
彼女は深く息をつき、そこに広がる活気を頼もしさと共に味わった。蜂起の連鎖はあまりに急激だが、その分、彼女たちが背負う期待も膨大だということを忘れないようにしなければならない。
蜂起が連鎖的に広がることは、戦況を大きく有利にするが、同時に新たな懸念も生じる。各地の蜂起が暴走し、秩序が崩壊すれば、内乱の火種がさらに拡大するかもしれない。
パルメリアは自分が「改革の象徴」として扱われていることを自覚しているが、革命の名の下に無秩序な暴力が蔓延することは望んでいない。だからこそ、各地で蜂起する人々に対しても、必要なルールづくりや暫定的な指揮系統の整備が重要だと考えている。
とはいえ、現状は一刻を争う事態だ。敵の進軍を食い止めながら、同時に周辺地域の蜂起と連携を図らなければならず、調整作業は混乱の極みにある。
(混乱を乗り越えるには、勢いだけではなく、きちんとした制度や合意が必要……でも、それは今すぐに整えられるわけじゃない。目先の戦いを勝ち抜くことが先決ね)
パルメリアは気を引き締め、急増する課題に立ち向かう覚悟を新たにする。
こうして、コレット領を中心に王国全土で連鎖的に起こる蜂起は、保守派と王国軍の戦線を大きく撹乱し、戦局を急転させる原動力となりつつあった。そのうねりは、パルメリアたちがあえて意図したわけではなく、人々自身の中に蓄積されていた「不満」や「変革への渇望」が自然と噴き出した結果でもある。
王国各地が次々とコレット領側に合流し、あるいは独自の抗戦を始めるなか、パルメリアは「革命派」の中心としてますます注目され、支持を得ていた。遠方の領主や小都市の代表、さらには王都内部の一部貴族からも、水面下で「パルメリアと連携したい」との申し出が相次いでいる。
しかし、それは同時に、ベルモント公爵派や王室の強硬派が最後の手段を取る可能性が増すことも意味する。もはや、この王国が半ば二分されるほどの大激突は避けられない段階に来ているのだ。
パルメリアは仲間との会議を終えて、室内に一人残った。机の上には地図と報告書の山が残り、戦いの現実を突きつけている。
けれど、彼女の胸の内には、不思議と強い闘志が渦巻いていた。試練はこれからが本番。だが、各地で立ち上がった人々の存在が、彼女の背中を押し続けている。
(こんなにも多くの人が、変化を信じて動いてくれている。それなら私は、その動きに応えなきゃいけないわ)
椅子から立ち上がり、深呼吸をすると、夜の窓から見える小さな月が彼女を照らしていた。外は闇が深いが、そこには蜂起の「炎」が各地に灯り、人々を照らしている――そうイメージするだけで、心に力が宿ってくる気がした。
やがてパルメリアは、明日への行動を頭に思い描きながら、扉へと向かった。蜂起の連鎖はまだ始まったばかりであり、いずれ更に大きな嵐が王都をも飲み込む日は遠くない。
「もっと大きな変革が起こる。そう信じて、私は進むわ」
その小さなつぶやきは、誰の耳にも届かなかったが、夜を切り裂くような強い意志を宿していた。王国全土を巻き込む壮大な蜂起――その連鎖は、ついに一度きりの革命では終わらない大きなうねりとなって広がろうとしている。
これまで鬱積してきた不満と腐敗への怒りが、今まさに歴史を変える瞬間へと向かい爆発しつつあった。その鼓動が、コレット領から王都へ、そしてさらに遠くの地へと波紋を拡大し、いつか王国の中枢を揺さぶる大地震となるはずだ。
パルメリアが灯す改革の火は、いま燃え盛る炎となり、多くの人々の心を震わせている。蜂起の連鎖は止まらない。むしろ加速し、その先にはまだ見ぬ未来が待ち受けている――。
こうして、コレット領を起点とした各地の蜂起が王国全土へ広がるなか、パルメリアはさらに激化する戦局の只中に立ち、次なる闘いへと歩みを進めていくのであった。




