第34話 奇襲の計画③
翌日の未明、まだ薄暗い空気のなかで、コレット領のあちこちが慌ただしく動き出した。射撃の訓練をする者、応急の防壁を組み上げる者、罠を確認して回る者――人々は奇襲作戦のための最終準備を進めている。
ガブリエルとレイナーは義勇兵たちをまとめ、作戦通りにそれぞれの持ち場へ散っていくよう指示を出していた。どの顔にも迷いがないとは言えないが、それでも今こそ闘うと決めた以上、引き下がる余地はないのだ。
「ユリウスの革命派からの連絡では、都市部での陽動開始は早くても明日の夜らしい。つまり、こっちの奇襲はその前に起こすのがベストだわ。敵が混乱し始めたタイミングと合わせて攻撃できれば、一気に優位を取れる」
パルメリアは計算された時間差を利用し、王国軍が分散せざるを得ない状況を作り出そうとしている。まるで周到な手品のように、複数の要素が同時に動けば、数では勝る王国軍といえど指揮が追いつかなくなるはず。
それでも本当の勝負はこれからだ。どれほど緻密な作戦を組み立てても、戦場では予想外の出来事が必ず起こる。予断を許さない。
決戦の朝を迎え、パルメリアは仲間たちを前に、奇襲作戦の最終確認を進めていた。広げられた地図を前に彼女が要点をまとめていくと、深い森や崖、そして都市部へと分かれる複数の部隊の動きがはっきりと見えてくる。
まずは、ガブリエルが率いる義勇兵が、地形を知り尽くした猟師や斥候の案内を受けて森林へと進軍することになっていた。彼らは森の奥深くに潜み、王国軍の後衛や側面を狙って短時間の奇襲を仕掛ける。混乱を起こしてすぐに姿を消すという戦法で、敵が多勢の兵力を活かしきれないように追い詰めるのだ。
ガブリエルの落ち着いた声が「森の地形を利用すれば、必ず短時間のうちに大きな混乱を与えられる」と説得力をもって語ると、集まった義勇兵たちもうなずきながら決意を新たにしている。
次に、レイナーや地元の農民から選ばれた戦士が崖の上に陣取る。そこでは落石の仕掛けがいくつも用意され、騎兵や重装歩兵の隊列を切り崩すのが狙いだ。険しい地形を活用することで、装備や兵力に勝る王国軍に対して効果的な阻止線を張ろうとしている。
レイナーは慣れ親しんだ土地の地形を把握する農民たちと協力しながら、崖上で周到に準備を進めると、彼らの間に「やり方次第では大軍を相手に一歩も引かずに戦えるはずだ」という心強い空気が流れていた。
一方で、ユリウスの革命派は都市部で陽動作戦に打って出ることになった。王都周辺や大きな都市で同時に動きを起こすことで、補給路や連絡網を混乱させ、敵の増援を遅らせる作戦だ。さらに、王国軍の指揮系統を乱す効果も見込めるという。
ユリウスの瞳には強い炎が宿り、「ここが勝負どころだ。都市部での蜂起は、敵の意表を突くに違いない」と語る言葉に、革命派の面々も士気を高めていた。
最後に、パルメリア自身は中央に設営される仮拠点に残り、クラリスと共に全体の連絡と指揮を担当することが決まった。苦戦する部隊があれば、すぐに援軍を派遣し、負傷者や物資の不足があれば後方支援を手配する。各方面の作戦が同時に動き出すため、情報の集中管理と臨機応変な対応こそが、少数精鋭で挑むこちら側の勝利の要となる。
クラリスは救護所の設置場所や補給ルートの確保に余念がなく、パルメリアは彼女の働きを頼もしげに見守りながら「すべてが順調に進めば、この奇襲作戦は大きな戦果を得られるはず」と確信を深めている。
こうして、それぞれの部隊が得意とする地形や戦法を最大限に活用し、圧倒的兵力を誇る王国軍を混乱へと誘い込むプランが整えられた。作戦説明の終了を告げるように、パルメリアは地図から視線を上げ、仲間たちの顔をひとりひとり見渡す。
勇猛なガブリエル、冷静沈着なクラリス、熱い意志を燃やすユリウス、信頼深いレイナー……それぞれが自らの役割をしっかりと認識し、敵を迎え撃つ準備を整えていた。部屋の空気には緊張が漂いつつも、仲間たちの覚悟と結束が明確に感じられる。
「よし――それぞれの場所で、心おきなく力を尽くして。私も後方から最善を尽くすわ」
パルメリアが静かにそう言葉を締めくくると、一同はそれぞれの任務へと散り、来たる決戦に向けた準備を最後まで念入りに進めていった。
ガブリエルは静かに胸に手を当て、レイナーは小さくうなずき、クラリスは書類を脇に抱えて笑みを浮かべる。ユリウスは「じゃあ、俺は一足先に出るぞ」と言い残し、革命派の仲間を連れて颯爽と拠点を離れていった。
残された面々も、今ややるべきことは明確で、躊躇している時間はない。パルメリアの目はどこまでも真剣で、その横顔を見つめる人々に勇気を与える。
「大丈夫。私たちなら、必ずやり遂げられるわ。皆が力を合わせれば、あの王国軍だって怖くない」
パルメリアの宣言に、周囲から「おうっ!」という力強い返事が返ってくる。いつの間にか集まっていた義勇軍の若者たちが、彼女に向けて拳を突き上げる姿は、かつての疲弊した村の面影を打ち消すほど活気にあふれていた。
(これが、私が望んでいた未来の形の一つかもしれない。……たとえ今は戦の危機にあるとしても、みんなで立ち上がる力があれば、必ず道は開ける)
そう思わずにはいられないほど、彼女の胸中は熱い思いで満たされていた。数多くの苦難を乗り越え、改革を進めてきた先にあるのは、この一大決戦――そして、その先に待つ新たな世界だ。
王国軍がコレット領へ突入する日は間近だ。森のなかに潜んだ義勇軍、峠や崖に待機する農民戦士、都市部で陽動を準備する革命派――そのすべてが連携し、タイミングを合わせて一斉に動く。まさに嵐の前触れのような緊張感が領内を包んでいる。
パルメリアは自室の窓から外を見やりながら、そっとつぶやいた。
「奇襲が始まるまで、あとわずか。……皆、どうかご無事で」
彼女の声は届かないかもしれないが、その祈りは領内のあちこちで同じように交わされている。猟師は森で弓を抱え、鍛冶屋は最後の仕上げとして武器を磨き、農民は土の匂いを感じつつも長柄の武器を手に取り、商人は物資運搬の最終確認をしている。
誰もが不安を抱きながら、しかし信念を胸に刻んでいる。奇襲は成功しなければならない。それが、彼らが築き上げてきた改革と未来を守る唯一の方法なのだから。
かくして、パルメリア率いるコレット領の面々は、王国軍に対抗すべく“奇襲の計画”を完成させた。圧倒的な兵力を前にしてもなお、地形や各自の得意分野を活かした戦略を立て、少しでも勝機を見出そうとしている。
夜が明けるまでのわずかな時間、彼女たちはそれぞれの持ち場で息を潜め、嵐の前の静けさを感じていた。大規模な戦乱の火ぶたが切って落とされるのは、もう時間の問題――だけど、この奇襲が成功すれば、逆転の糸口は十分にある。
パルメリアは、館の扉を閉めた後、改めて仲間たちを見回した。そこで感じるのは、それぞれが抱える恐れや不安以上に、結束による力強さだった。決して諦めずに未来を切り開こうとする情熱が、彼女を含めた全員の胸を燃やしている。
(さあ、いよいよ始まるわ。これまでとは違う、本当の意味での決戦が。私たちの奇襲が、大軍を打ち破る第一歩となるのよ)
そう心に誓い、パルメリアは一瞬だけまぶたを閉じる。今まで学んだこと、仲間との絆、そして民の声――すべてを背負い、明日の出撃に臨むのだ。
外は風が強まり、雲の流れが速くなりつつある。まるで戦いの激しさを予感させるかのように、大気がざわめき始めている。しかし、もう後戻りはできない。
その夜、コレット領のあちこちで、武器の手入れや最終的な布陣の確認、そしてわずかな休息の時間が持たれる。深い闇の先に白み始める夜明けこそが、奇襲の合図――パルメリアと仲間たちは、固く思いをひとつにしていた。
嵐のような戦いは間もなく始まる。果たして奇襲は成功するのか、それとも圧倒的兵力に押し潰されるのか――誰も予測できないが、ここにいる誰もが信念と行動で運命を切り開こうとしている。いよいよ大きな歴史の転換点が、今まさにその扉を開けようとしていた。




