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悪役令嬢、追放回避のために領地改革を始めたら、共和国大統領に就任しました!  作者: ぱる子
第一部 第4章:暴かれる腐敗

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第31話 決戦前夜①

 夜の闇が深まり、しんとした静けさに包まれたコレット家の執務室。その奥まった位置にある重厚な扉を開けると、まるで幾重もの結界に守られたかのように厳粛な空気が流れ込んでくる。


 普段は広々とした空間に書類や本が整然と並べられているだけのこの部屋も、今宵は意味合いが違っていた。華やかな舞踏会の記憶や、暗殺未遂の混乱からわずかな時間しか経っていないにもかかわらず、既に「次なる一手」をめぐる緊張感が満ちているのである。


 革張りの椅子に腰掛けたパルメリア・コレットは、机上に広げた領地の地図と、いくつもの報告書に視線を落としていた。その顔は静かながら、決して揺るがぬ意志がうかがえる。


 彼女の周囲には、共に改革を支えてきた仲間たち――レイナー・ブラント、クラリス・エウレン、護衛のガブリエル・ローウェル、そして革命派リーダーのユリウス・ヴァレスが集まっている。どの顔にも緊迫した影が落ちていた。


「ベルモント公爵派が再び動き出すのは確実ね。あの大量の証拠を握った以上、わたしを黙らせようとあらゆる手を使ってくるでしょう」


 パルメリアは書類から顔を上げず、静かに口を開く。


 先日、彼女たちはベルモント公爵の横領と密貿易を示す決定的な証拠を手に入れた。それは王宮内の汚職にまで繋がる、王国を根底から揺さぶる爆弾と言っても過言ではない。このまま隠し持つのは一案だが、どこかで公爵派が先に強行策に出る可能性を否定できない。


 このまま受け身では危険が増す――そう判断したパルメリアが、今こそ攻めに転じる時が来たと直感したのは、ごく自然の流れだった。


 深夜の静寂を切り裂くように、クラリスが一枚の報告書を取り出す。資料には、王宮内の官吏や近衛騎士に潜む公爵派の内通者が列挙され、さらに軍の一部にも彼らの影響が及んでいると示されていた。


「これが事実なら、もし彼らが軍を動かそうと決断した場合、かなりの兵力を王都周辺に集められます。わたしたちが持つ証拠を公表する前に、一気にこちらを制圧することだって考えられるでしょう」


 クラリスは軽く息を吐き、淡々と分析結果を述べる。


「制圧となれば、戦争に近い状態が起こり得る……。王国の内紛なんて、誰も望んじゃいないのにね」


 レイナーが眉をひそめる。幼馴染のパルメリアを気遣うだけでなく、民衆を巻き込む大規模な衝突を懸念していた。


「それでも、ただ黙っていては公爵派の思う壺だろう。暗殺だろうが軍事力だろうが、相手はあらゆる手を使ってくるに違いない。ここは先に仕掛けるべきだ」


 ユリウスが低い声で主張する。


 革命派として、彼は力で体制を打破する道も辞さないと考えている。しかし、パルメリアの路線は可能な限り無駄な血を流さず、腐敗を正面から糾弾し、王太子ロデリックとの協力体制で公爵派を追い詰めるというものだ。


 かつて、彼女とユリウスは互いに抱く理想の違いを巡って対立しかけたこともあった。けれど今は、「腐敗を撲滅する」という最終目的のため、手を取り合う段階に至っている。


「わたしも、これ以上いつ襲われるか怯えながら守りを固めるだけでは、じり貧だと思うわ。王太子殿下の協力を得られるタイミングを見極めて、一気に公爵派を糾弾したい」


 パルメリアが言葉に力をこめる。


 ガブリエルがそれに応じるように剣を置き、敬礼の姿勢を正す。


「パルメリア様のご決断が下るなら、わたしはどんな危険にも立ち向かいます。コレット家の護衛騎士として、覚悟はできております」


 軍事的なリスクの話になると、全員の表情が重くなる。きらびやかな社交界の争いと異なり、軍同士の衝突は文字通りの戦争を意味するからだ。多くの民が犠牲になる恐れは、決して小さくない。


 だからこそ、パルメリアは決断の重みを痛感していた。王太子ロデリックが動き、王都を巻き込んで公爵派を一網打尽にする――それが可能になれば理想的だが、彼がすべての兵や官吏を掌握しているわけではない。むしろ王宮内にも公爵派がはびこっているという報告がある以上、状況は混沌とするだろう。


「どうしても動乱が避けられないなら、せめて民衆に被害が及ばないよう配慮したい。でも、それはわたしの独断だけでは成り立たない。改革に賛同する貴族や各地域の領主、王太子殿下、さらにはユリウスたち革命派……多方面と足並みを揃えなきゃならない」


 パルメリアは苦渋に満ちた表情で、地図の端を指し示す。


 そこには王都を取り囲む複数の領地や軍の駐屯地が記されており、危険なルートや封鎖される可能性のある街道もマーカーで示されている。どこか一つでも連携が崩れれば、公爵派が先に軍を差し向け、望まぬ戦乱が勃発しかねない。


 レイナーは苦々しい面持ちで地図を見つめる。


「僕たちは守りながら攻める、そんな芸当が果たしてできるのか……。民衆の支持がなければ、いくら殿下や革命派と組んでも厳しい戦いになるよ」

「民衆の支持なら、すでに高まっているはずだ。コレット領の改革が成功しているのは大きな追い風になる。周辺の村や町でも、パルメリア・コレットの名が希望の象徴として語られている」


 ユリウスの声には確信がある。革命派の仲間たちが各地の情勢を探っている以上、民がこの改革をどう受け止めているかを肌で感じているのだ。


「だからこそ、ここで公爵派の腐敗を暴き、国の仕組みを変える絶好の機会だ。悠長に構えていれば、敵の攻撃を受けるだけだぞ」


 幾つもの意見が飛び交う中、パルメリアは深く息を整える。それぞれの考えが真っ向から食い違うわけではないが、動乱を最小限に抑えたい気持ちと、先に攻勢をかけてでも主導権を握らなければならない現実が、激しく揺れ合っている。


 だが、彼女がこの場でまごついていては何も決まらない。ここにいるのは皆、自分を信じて行動してくれる仲間たちだ――そう自覚したとき、自然とパルメリアの唇から言葉がこぼれた。


「もう、じっと様子をうかがうだけではいられないわ。腐敗を断ち切るためには、いずれ真っ向から公爵派と衝突する日が来る。だったら、わたしたちから仕掛けるしかないと思うの」


 彼女の声は静かだが、部屋の空気を一瞬で張り詰めさせるほどの重みがあった。


 そのまなざしを受けて、ガブリエルは騎士としての決意を再度示す。


「パルメリア様がお進みになるなら、わたしはどんな激流でもお供いたします。コレット家の騎士として、それは当然の義務であり、喜びでもあります」


 レイナーもまた、幼馴染としてパルメリアを支え続けてきた立場から、確かな意志をのぞかせる。


「リスクは大きいけど、あなたが戦うなら僕も援護するよ。国がどうなるかは、もう他人事じゃないし……何より、あなたを見捨てるわけにはいかない」


 クラリスは冷静なまなざしで資料を見直しながら、短くうなずく。


「私も学者として、その過程を支えていきたいです。たとえ大変な危機が訪れても、分析と情報収集で最大限サポートいたします」


 そしてユリウスが、これまでよりわずかに柔らかい表情で彼女を見やる。


「腐敗を放置すれば、何も変わらない。血を流さない道があるなら、それに賭けてみたい気持ちもあるんだ。……信じてるよ、パルメリア。俺たちもできるだけ協力する」


 こうして仲間たち全員の意思が出揃ったところで、パルメリアは机上の地図を片手で軽く叩く。そこには王都や各領地だけでなく、保守派の影響が強い領域も含めて、複雑な線が引き込まれていた。


「わたしたちが仕掛ける以上、公爵派は全力で迎え撃ってくるでしょう。だけど、相手が軍を起こす前に、殿下と手を組んで腐敗を公に糾弾できれば、彼らもむやみに兵を動かしにくい。逆に言えば、その一瞬を逃すと、こちらが押しつぶされる……」


 パルメリアは自らに言い聞かせるように話す。


 周囲には誰一人として楽観的な者はいない。彼女がこれほど強い意志を持ち始めているとはいえ、敵は国内屈指の大貴族・ベルモント公爵であり、その派閥は宮廷の要職にも深く根を張っている。下手を打てば国全体の混乱を招きかねない。


 それでも、ここにいる誰もが「今こそ動くべき時」と感じていた。守りに徹しているだけでは状況が悪化するばかりで、すでにあちこちで小競り合いや謀略が絶えないのだ。


「わたしは、この国を変えるためならば、戦わなければならない時もあると思う。民衆の力だけに頼るにしても、彼らに余計な苦しみを与えたくはない。だからこそ、王太子殿下や仲間たちと共に、腐敗を突き崩す決断をするのよ」


 パルメリアの言葉は、揺るぎない覚悟となって室内に響き渡る。

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