第28話 領地成功の広がり①
暗殺未遂を乗り越え、仲間たちとの結束をいっそう強固にしたパルメリアは、改革をさらに加速させていた。
王都での舞踏会は波乱の幕を一時的に閉じたが、その余波はコレット公爵領のみならず、周辺領地や地方都市へと静かに波及しつつある。パルメリアが打ち出した農業改革や識字教育が結実し、まるで灯がともるように村々へ広がり始めたのだ。
かつてコレット公爵領は、天候不順や度重なる虫害、そして保守派貴族による搾取体制の影響で疲弊していた。
道路はひび割れ、人々は若い者から順に領地を離れ、残された農民たちも荒れ地のような畑を前に、ただ途方に暮れるしかなかった。
だが今、同じ村の風景は見る影もないほど様変わりしている。排水路や輪作の導入によって畑にはかつてない活気が戻り、念願だった行商の往来も盛んになり始めた。つい数か月前まで生気を失っていた人々が、明るい表情で畑を耕し、収穫物を市場へと運んでいる。
「こんなに大きな作物が採れるなんて思わなかったわ!」
「お嬢様が提案した農具も使いやすいですよ。土がかき混ざりやすくなって、ずいぶん手間が減りました」
ある晴れた昼下がり、畑で働く農民たちの声が響く。彼らは嬉しそうに収穫物を抱え、笑顔を交わし合っている。その姿に、村を回っていたパルメリアは胸の奥が熱くなるのを感じずにはいられない。
彼女は何度か現地を視察し、直接農民たちから話を聞いては改善策を共に考えた。その効果が今、目に見えて表れ始めているのである。
(ここまで来られたのは、私だけの力じゃない。村人たちが協力してくれたからこそ、改革が実際に形になったんだわ)
この光景を目の当たりにするたびに、パルメリアの決意はますます強くなっていく。彼女の改革は「追放回避」のためだけではなく、本当にこの領地――そして国の人々を救うための行いだと、日ごとに確信を深めていた。
パルメリアの改革が徐々に成功を収めているという噂は、短いあいだに周辺諸国や他領地にまで広まりつつあった。
ある日の朝、コレット家の門前に、見慣れない馬車が次々と到着した。華やかな紋章を掲げるもの、あるいは素朴な農夫の荷車のようにも見えるもの――さまざまな出自の人々が集まってくる。
「これは……コレット公爵令嬢にお目通りできるのかしら。私たちは隣領のリバンス伯爵家から派遣された者です」
「私は農民代表として、お嬢様のやり方を学びに参りました。どうかご指南いただきたい」
玄関ホールで応対する使用人たちは、一度にこれほど多くの来客が押し寄せるのは前代未聞だと戸惑いながらも、次々と案内の段取りを組んでいく。
その噂を聞きつけたパルメリアは、慌ただしくなる使用人たちを落ち着かせ、館内の会議室を臨時で開放し、視察の目的や人数を把握するよう指示を飛ばす。
「大丈夫よ。彼らを一度にお通しするのは難しいから、順番にお話を伺うわ。オズワルド、あなたは案内役をお願いできる?」
「かしこまりました、お嬢様」
家令のオズワルドが深く一礼し、さっそく馬車や荷車を所定の場所へ誘導し始める。
すると、パルメリアの元へまずやってきたのは、隣領の若い伯爵だ。まだ二十代前半ほどの男性で、領地を受け継いだばかりらしく、どこか不安げな表情で周囲を見渡している。
「コレット家の令嬢にお会いできて光栄です。私の領地でも農地改革を検討しているのですが、なかなかうまくいかなくて……。お宅の成功例をぜひ参考にさせていただきたい」
「ようこそ。私にわかる範囲でよければ、何でもお答えしますわ。こちらへどうぞ」
パルメリアは伯爵を会議室へ案内し、具体的な土壌改良や害虫対策、商人との交渉術などを説明する。時折、伯爵の表情は驚きに満ち、何度もうなずきながらメモを取っている。
次に訪れたのは、三十代ほどの農民代表らしき男性だ。肌は日に焼け、逞しい腕が印象的だが、どこか緊張している様子が見受けられる。
「お嬢様、私は……遠方の村から参りました。このあたりで、収穫が増えて皆が飢えずに済む方法があると聞きまして」
「あなたの村は、どのような土地なの? 水は十分にあるのか、あるいは乾燥が激しいのか……。教えていただければ、一緒に考えましょう」
パルメリアは微笑みを向けながら、紙とペンを取り出す。学舎で鍛えられた「文字を使う習慣」は、こうして領民たちとのコミュニケーションにも生きているらしい。農民代表は少したじろぎながらも、懸命に自分の村の状況を語っていく。
「実は、近年は日照りが続いて畑の水が干上がりそうで……。排水路どころか、水をどう確保するかも課題でして」
「なるほど、灌漑設備が必要ですね。もし坂道に沿った水路を作れれば、比較的少ない水量でも循環できるかもしれません。私の領地では、クラリスという学者の助けを借りて設計しましたの」
「学者、ですか……。そんな方が協力してくださるなんて、想像もつきませんでした」
その言葉に、パルメリアは「意外でしょう?」と小さく微笑む。貴族と農民が対等に話し合い、さらに学者が加わって具体的な技術を提供するなど、この国ではあまり前例がなかった。しかし、だからこそ、この取り組みが成功したときのインパクトは計り知れない。
それだけではない。改革の成果が目に見える形で表れているのは農業だけではなかった。
村々では識字教育が進み、子どもたちが自分の名前を読み書きできるようになったばかりでなく、簡単な算術も学んでいる。ある村では、文字の読み書きができるようになった十代の少年が、近隣の市で行商を始める計画を立てているという噂まである。
「昔なら、領主様にまかせっきりで、われらにできることなんてなかった。今じゃ、少しずつだけど自分たちで変えられる気がしてきたよ」
そんな声を聞くと、パルメリアは胸の奥で小さく拳を握りしめる。かつて「悪役令嬢」と噂された存在が、今や領地の人々を導き、新たな道筋を示している。
もちろん、保守派の目がこれで大人しくなるはずもない。しかし、パルメリアに協力を申し出る貴族や農民がこうして増えているのは事実だ。外圧だけでなく、内部からも改革を進める動きが強まれば、ベルモント公爵派のような腐敗勢力とも堂々と渡り合えるようになるだろう。
館のあちこちでは、訪問者たちが口々に「こんな方法があったのか」「まさか学舎を自前で用意して子どもに文字を教えるなんて」「書類が整然としていてわかりやすい!」と驚きの声を上げている。
さらに、一部の視察団はパルメリアに「実際の農地を直接見たい」と申し出る。そこで彼女は家臣たちに依頼し、小規模な視察コースを設けることにした。馬車で少し移動すれば、輪作の施された区画や改良された農具の実物を見ることができる。
「これが輪作か…。土壌を休ませるだけでなく、作物の相乗効果を狙うとは…」
「この農具、軽いのに頑丈だ。どこで入手しているんだ?」
現地で農民たちに話を聞き、試作された農具を手に取る貴族や農民代表たちの目には、生き生きとした好奇心が宿る。彼らは片端から質疑を行い、農民とのやり取りを詳しくメモしていく。
その様子を見守りながら、パルメリアはレイナーやガブリエル、クラリスたちとともに小さく微笑みを交わす。かつては「高慢な貴族令嬢」とささやかれた自身が、こうして領民や他領地の人々に「役立つ知識」を教える立場になるとは、思いもしなかった。




