第27話 暗殺者の襲撃③
夜もかなり遅くなり、パルメリアが用意された簡素なベッドに体を預ける頃、外ではガブリエルたちが焚き火を囲み、夜番の打ち合わせをしているらしい。レイナーは馬をつないで休ませ、ユリウスの仲間たちは怪我人の処置を行っている。
思えば、パルメリアはひと晩にして、王宮の舞踏会から暗殺者の襲撃、さらに仲間との合同行動という大きな波を経験したことになる。通常なら、とてもではないが心が持たないだろう。
だが、胸に確かに感じるのは、この夜を乗り越えた者同士の絆だ。レイナー、ガブリエル、ユリウス、そしてクラリス――立場や方法は異なるが、皆がパルメリアを守り、同時に大きな理想へ向かって歩んでいる。
(こんなにも、私に力を貸してくれる人がいる。だからこそ、挫けるわけにはいかない。ベルモント派の腐敗がどれほど根深くても、王宮がどんなに歪んでいても、必ず改革を進めてみせる)
パルメリアはゆっくり目を閉じ、深呼吸をする。意識が冴えてしまい、すぐには眠れそうにない。それでも体を横たえるだけで、心と体が少しずつ落ち着きを取り戻すように感じる。
戦いの余韻がまだ肌に残っている。あの刺客の鋭い刃、襲撃者たちの威嚇の声、そして仲間たちが奮戦する音――それらが一瞬で蘇り、胸がざわつく。しかし、不安や恐怖ばかりではない。自分が守られたのは、決して偶然ではなく、周囲の支えと結束の賜物だと強く感じられるからだ。
「……私はもう一人じゃない。皆がいる限り、どんな恐怖も乗り越えられる」
かすかな声で自分にそう言い聞かせていると、ドアがそっと開き、クラリスが静かに入ってきた。彼女も疲れたのか、足取りが重い。それでも瞳には、確かな意志の光がある。
「この薬を飲んで休まれてはどうでしょう。気休めかもしれませんが、少しは安眠を助けてくれるかと」
「ありがとう、クラリス。本当に助かるわ」
パルメリアはカップを受け取り、そっと口をつける。優しい薬草の香りが鼻をくすぐり、心がほっと解けるような感覚をもたらす。
「それと、先ほどユリウスたちが言ってました。あの捕らえた刺客、どうやら依頼人の情報は話しそうにないと。短時間で口を割るのは難しそうです」
「そう……。まあ、すぐに明かしてくれるわけがないわね。けれど、彼らが動き出したってことは間違いない」
クラリスの報告に、パルメリアは冷静にうなずく。やはり簡単には真相を手に入れられないとわかっていても、絶望ではなく確かな手応えを覚えるのは、今夜の襲撃が「相手の焦り」を明確に示したからだ。
何もかもがめまぐるしく変化する一夜だった。華麗な舞踏会で情報を収集し、闇に紛れた暗殺者を退け、仲間たちが一丸となってパルメリアを守った。それを思い返すと、胸の奥が熱くなる。
レイナーの必死の奮闘、ガブリエルの冷静な剣さばき、ユリウスの大胆な奇襲……そしてクラリスの献身。それらが一つになった時、自分の命が守られた。
もし彼女が改革を決意せず、一人で立ち向かおうとしていたら、今夜のような危機を乗り越えることは到底不可能だったろう。いや、そもそも舞踏会に出席して腐敗の証拠を探しに行こうなどという発想すら生まれなかったかもしれない。
(彼らのおかげで私は生きている。この命、無駄にはできないわ)
パルメリアは枕に頭を沈めながら、強くそう心に誓う。
闇は深い。だが、仲間がいるならば、この孤独な戦いも決して絶望では終わらない。今夜の襲撃は、その絆をますます固める結果にもなったのだ。
「パルメリア様、どうかゆっくりお休みください。夜番は私たちが交代で行いますから」
クラリスはそう言って一礼し、部屋を出て行った。扉が静かに閉まると、部屋に残るのはパルメリア一人。
深夜の空気が、すこしずつ軽くなっているようにも感じる。まるで、新しい夜明けが近づいている証のように――
(私たちは、どんなに脅威が迫ろうと止まらない。ベルモント派だろうと、名も知らぬ陰謀者だろうと、必ず乗り越えてみせる)
まぶたを閉じると、暗殺者の剣の閃きや、仲間たちが駆けつける光景が鮮明によみがえる。悲鳴や金属音がまるで耳の奥に残響を刻んでいるかのようだ。だが、そのすべてが「生き延びた」という確かな実感へと変わり、胸に力を与えてくれる。
こうしてパルメリアは、長い夜を通して己の生存と仲間の忠誠を改めて実感し、明日に向けて深い決意を刻み込む。
外では、レイナーが愛馬の手入れをしながら、まだ瞼を落とせずにいる。何か考えごとをしているのか、遠くを見つめる目には複雑な光が宿っていた。
ユリウスは刺客を見張る仲間と低い声で何事か語り合い、ガブリエルは道の先を確認しに行くと言って再び馬にまたがった。クラリスは別室で実験道具をチェックしており、少しでも負傷者の応急処置に使えないか検討しているようだ。
誰もがそれぞれの分担をこなし、パルメリアをはじめとする仲間の安全を確保している。その様子は、いまや単なる「寄せ集め」ではなく、確かなチームワークに裏打ちされた結束の証でもあった。
(すべては、腐敗を断ち切り、人々を救うため――こんな襲撃に怯えているわけにはいかない。私は前へ進む)
パルメリアは再度、拳を軽く握り込み、目を閉じる。ほんの少し眠れるなら、明日からの行動に全力を注げる。
遠くで夜鳴き鳥の声がかすかに響き、夜露にぬれた草の香りが部屋に漂ってくる。こんな状況でも、自然は確かに存在しており、命は連綿と続いているのだと思うと、不思議な安心感が生まれた。
やがて、東の空がうっすらと白み始めるころ、この激しい一夜はようやく終わりを迎えようとしている。襲撃者を捕らえた仲間たちの疲労は激しいが、それでも明日の朝になれば、また新たな一日を迎えることになる。
パルメリアの胸には、疑問と確信が入り混じった熱が宿っていた。疑問とは――襲撃の背後にいるのが本当にベルモント公爵派なのか、あるいはまったく別の陰謀なのか。確信とは――自分たちがこの国を変える道を選んだ以上、どんな妨害も必ず越えてみせるという決意。
闇が深いほど、夜明けは輝きを増す。そんな格言が本当なら、ここから先の道のりはさらに厳しくなるだろう。それでも、パルメリアは立ち止まるつもりなど少しもなかった。
(王宮の闇、貴族社会の腐敗、そして未知の陰謀者まで…すべてを相手に戦わなきゃならない。けれど、私にはレイナーがいて、ガブリエルがいて、クラリスもいる。そしてユリウスという危うい存在も、ひとつの力になろうとしている。それなら、どんな逆境でも勝機はあるはず)
そう心に言い聞かせながら、パルメリアは穏やかな呼吸を続ける。
もうすぐ夜が明ければ、次の行動を始めることになるだろう。この襲撃を受けた事実をどう扱うか、捕えた刺客たちからどのように情報を引き出すか――考えるべきことは山積みだ。
しかし、ひとまずはこの一夜を無事に超えた。それだけは、紛れもない成果だと言える。
(私は……私はまだ負けていない。改革の道は険しいけれど、必ず最後までやり遂げる)
暗殺者の刃を退けた今、パルメリアは自分の選んだ道にかすかな確信を得る。
次に何が待ち受けようと、今の彼女には恐れる理由などない。どんな絶望が襲ってこようとも、この改革を成功させ、人々を救うために立ち上がった決意は揺るがない――そう胸に誓いながら、パルメリアは静かに瞳を閉じ、短い眠りへと落ちていった。
夜が明けるころには、この一夜の出来事が新たな結束を生み出し、やがて「腐敗を暴く」という大きなうねりへと繋がっていくとは、まだ誰も知らない。
だけど、パルメリアの中にある強い光は確かに示していた。仲間たちと共に歩めるならば、どんな陰謀も跳ね返すだけの可能性があるはずだ。
今はただ、束の間の安らぎの中で、その輝きを信じ、次の戦いへ備えるのみ――
こうして、暗殺者の襲撃という大きな危機を越えたパルメリアたちは、改めて結束を強め、重なる意思と決意を確かめ合う。腐敗を根絶し、この国を変えるための長い道のりは、まだ始まったばかり。だが、夜の闇を切り裂くように、彼らの連携は一層固くなり、朝日の中へと歩み始めようとしていたのだった。




